死者との結婚(その17)
やっとカフカの「変身」を読み終えた。
グレゴール・ザムザの悲惨な人生の結末を、これから先のじぶんの人生に重ね合わせて胸塞がれる思いがした。
しばらく暗い天井の片隅を見上げてぼんやりしていると、コール音がして携帯の画面に「たすけて」のひらがな4文字が表示された。
「どこ?」
恋焦がれる恋人のメッセージに、震える手で携帯を握りしめて瞬時に折り返した。
「かわごえ」
桜子は退院して家にもどったのだろうか?
どうしたらいいのか何も考えられなかった。
ただ胸の激しい動悸が止まらない。
GPSの矢印はたしかに川越あたりを指している。
「退院したの?」
「とっくに」
「よかったね」
「なにが?」
「退院できて」
「よくない」
「どうして?」
「いえにいるとちちおやにころされる」
これでは、ひと晩中交信を繰り返す果てしないチェーンメールのやりとりになりそうだ。
・・・それはそれでいい。
「まさか。君のお父さんでしょ」
「おかあさんのさいこんあいて」
「教祖だよね」
「いんちきしゅうきょう」
「いんちきねえ」
「ひどいいんちき」
「そうなの?」
「おかあさんはあいつにころされた」
「まさか」
「わたしもころされる」
これは、おだやかではない。
「おねがいたすけにきて」
時計を見ると、0時35分だった。
電源を切った可不可は、目を閉じてスフィンクスのようなかっこうで部屋の片隅で寝そべっていた。
桜子のGPSの位置情報と鍬形の教会の住所情報を重ねるとぴたりと合った。
家をそっと抜け出すと、ガレージからオンボロ車を引き出し、ともかく川越目指して車を走らせた。
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