死者との結婚(その7)
ファミレスの真向いのスナックバーの扉を開けると、カウンターの中のバーテンダーがこちらを向いた。
明らかに昨夜のバーテンダーではなかった。
目つきが鋭いのは同じだが、昨日のバーテンダーの蛇のようなからみつく目ではなかった。
それに、この男のほうがだいぶ若い。
スツールに座っただけで料金が派生しては困るので、カウンターから離れて立ち、
「きのう、こちらの店で飲んだのですが、連れの女の子が財布を店内で落としたそうです。調べていただこうと思いまして・・・・」
下手に出た。
「財布だって?知らんよ」
若いバーテンダーは、手をひらひらさせて追い払おうとした。
「きのうのバーテンさん、・・・ええっと、左下が銀歯のバーテンさん、何か言ってませんでした?」
「おい、お前、何かさぐりに来たな」
不意に、男は狂暴な狼のような顔に変わった。
これ以上は無理だった。
あわてて扉を閉め、退散した。
・・・昨夜のバーテンダーのように追ってくる気配はなかった。
きのうと打って変わって、初夏のさわやかな夜の風が吹いていた。
ゆるやかな坂を下り、突き当りのT字路を右に折れたところが昨夜入ったビジネスホテルだった。
エントランスはブルーシートで被われ、周囲には黄色い規制線の帯が張られていた。
『ホテルって、さすがに部屋の中にはないだろうけど、エントランスや廊下やホールに、道路側にも山ほど防犯カメラがついている。まして、ビジネスホテルの体裁はしていても、立地からして時間貸しのラブホテルだろうから』
警察がまだ押収してなければ、HPの予約サイトか警備保障会社のシステムに入り込み、防犯カメラの映像がチェックできるのではないかと思った。
このビジネスホテルの先にもラブホテルは数軒あった。
さっきのスナックバーは、この辺のホテルに向かう男女の待ち合わせポイントなのだろうとどうでもいいことが頭に浮かんだ。
「昨夜いちばん長く桜子と接触していたのは僕だ。君の言うミダス王の法則によれば、僕が最も重いゴールドの罰を受けることになる」
駐車場に向かいながら可不可に話しかけると、
「現に、放火で焼け死にそうになったではないですか。ガソリンでなくてよかったですね」
可不可は呆れたように言い返した。
焼死というのは大げさだが、犯人がそこまであらわな殺意を持っていなかったということか?
やはり、可不可が言ったように、桜子がホテルを出る時にふざけて放火の真似事でもしたのだろうか?
・・・甘い夜を過ごしたせいか、桜子にはどうしても甘い見方になってしまう。
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