第7話 学園長と、転校生





「そういえば昨日報告書を書いていて気づいたんですけど」


 登校中に佐那がそう切り出した。


「生き霊が取り憑くってことは、相応の執着があるはずなんですよね。憎しみがあるとか、こっぴどく振られたとか。ひどいときには一方的な逆恨みということもありますし。昨日は倉持さんにその辺の事情を尋ねるのを忘れてしまいまして」


「なんや? 報告書を書くのに必要な情報なんか?」


「いえ、その執着の原因を取り除かないとまた生き霊が寄ってくるんじゃないのかなぁとですね」


 ただの幽霊なら成仏させればそれで終わりだけど、生き霊は本人が生きている限り飛んでくるという話だったわよね?


「……杏奈にボコボコにされたからもう寄ってこないんとちゃうか?」


「……その可能性も大ですけどね」


 ボコボコにとは失礼ね。私はただ正義の鉄拳(ヤクザ直伝)を振るっただけなのに。


「正義のヤクザとかイマドキ流行らんとちゃう?」


「仁義などより金儲けと聞きますものね」


 お爺さまが聞いたら嘆きそうな感想だった。是非も無し。


「そうねぇ。佐々木さんに頼んで連れてきてもらう?」


「……う~ん、その辺の事情を根掘り葉掘り聞くために時間を割いてもらうというのも……。それに倉持さんは杏奈ちゃんのこと怖がっていましたし」


 佐那の言葉のナイフが深々と胸に刺さる私であった。こ、怖がられてなんかないもんね! ちょっと安全マージン多めにとられているだけで!


「それを怖がられていると言うんや」


「杏奈ちゃんってときどき日本語が不自由ですよね」


 じゃかぁしいわぼけー。しまいにゃ泣くぞわれー。


 ツッコミつつ校門に到着。すると、見計らったかのようなタイミングで全校放送が鳴り響いた。



『生徒会長の神成杏奈さん。学園長がお呼びです。至急学園長室へお越しください』



 鈴が鳴ったかのような可愛らしい声。放送部員のものじゃないというか、ずいぶんと聞き慣れた声である気がする。具体的に言えば朝礼とか、学校行事の時の挨拶とか。


「……あの声、学園長やよな?」


「あの人もたいがい可笑しな人ですよね。杏奈ちゃんほどじゃないですけど」


 さすがの私も放送室をジャックするほどじゃないと思いまーす。


 学園長のアホさ加減はいつものこととして。全校放送までされて無視するわけにもいかないので私はハルカたちと一旦別れ、学園長室に向かうことにした。





「――姐さん事件です」


 誰が姐さんか、誰が。


 学園長室にいたのは女子高生くらいに見える美少女だった。うん、女子高生……いや女子中学生かしら? 下手すれば女子小学生に見えてしまうかもしれない。まぁとにかく背の小さな金髪美少女だ。


 何を隠そうこの似非(えせ)ロリ――じゃなかった、背の小さめな方こそ我が校の学園長・咲良ちゃんなのだ。


 学園長なのでもちろん大人。子供にしか見えなくてもきっと大人。自分のことを『咲良ちゃんって呼んで!』と要求してきても立派な大人なのだ。たぶん。


 そんな咲良ちゃん、ときどき私のことを姐さんと呼んでくるけれどもちろん『(株)神成組』の関係者というわけではない。きっと悪ふざけの一環なのでしょう。


「咲良ちゃん、今日は一体何をやらかしたんですか?」


「……あのね杏奈ちゃん。やらかしたこと前提で喋るのは止めてもらえないかな? 今日は何もやらかしてないよ! 今日は!」


 いつもはやらかしている自覚があるらしい。


「さて、前々から杏奈ちゃんに相談しているように、うちの学園にも芸能学科を創設しようと準備してきた訳なのですよ」


 あ、本気だったんですか? またいつもの思いつきですぐに飽きるものとばかり……。


「なんか有名人が通っているような学校も、基本は普通科と同じにやらせて芸能活動で単位が足りないときに融通するくらいでいけるみたいだし、そんなに簡単なら芸能人を入学させて宣伝した方がいいよね実際」


 この学園長、世間を舐めすぎである。そもそもうちの学校は都心から離れていて、芸能活動もしにくいのだからわざわざ入学してくる奇特な芸能人もいないでしょうに。


「ふっふ~ん、いるんだなぁそれが」


 無い胸を張る咲良ちゃん。なんだか嫌な予感がする。芸能活動がやりにくくなるというのにうちの学校を選びそうな変人――いや奇人――いや見た目だけなら美少女アイドルに心当たりがあるような、ないような……。


「では紹介しよう! 今日から赤城学園☆芸能学科に編入してきた待宵リナちゃんです!」


 咲良ちゃんの大声に呼応したかのように学園長室から職員室に繋がる扉が勢いよく開いた。……今まで職員室で待機していたのかしら? 大人気アイドルが? こんなアホすぎるやり取りのために?



「――さぁ! 妹よ! お姉ちゃんの胸に飛び込んできなさい!」



「…………」


 懲りずに腕を広げる大人気アイドルに向けて、私は、言った。


「登場セリフがワンパターンすぎません?」


「ぐふっ!」


 アイドルらしからぬ呻きと共に片膝を突く待宵リナだった。もう帰っていいですか?





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