第5話 生き霊退治(物理)



 翌日。

 昨日の宴ではしゃぎすぎた連中(ダメな大人)の死屍累々から目を逸らしつつ登校。


 待宵リナの登場やら乱痴気騒ぎやらで忘れかけていたけれど、昨日目安箱に入っていた幽霊相談を受けないとね。


 というわけで放課後。ハルカが約束してくれた生徒会室で待っていると、よく生徒会関係でやり取りする先輩の佐々木さんと……見慣れない美少女がやって来た。ちなみに私は基本的にすべての女の子を『美少女』と形容するのであしからず。


「女たらし」


「たらし女」


 たらし女って何ですか佐那さん? ひとを新種の妖怪みたいに言わないでください。役所から『あやかし課』が飛んできたらどうするんです?


 それはともかくとして。佐々木さんと一緒に来たのは明らかに他校の生徒だった。着ている制服が違うし。そもそも私は全校生徒の顔と名前を覚えているし。


 他校の生徒が校舎に入ってきてはいけません。

 なんてことを言うつもりはない。

 なぜなら私は――悩める美少女の味方だから!


「いや悩んでなくても味方するやろ」


「手広く手早いですからね」


 そう私は手広く女の子を助けるし手早く女の子を救うのだ。よく分かっているじゃない佐那。


「もうツッコミが追いつきません」


 見捨てないでー。


 さて。お客さんがいるので冗談はこの辺にして、と。


 佐々木さんによると彼女の名前は倉持さん。中学までの同級生で高校は別のところに進学したらしい。


 快活でいかにも元気いっぱいな佐々木さんと比べてどこか幸薄そうな美少女だった。インドア派なのか全体的に細すぎるくらいにスレンダー。

 今でこそ陰気な雰囲気を纏っているけれど髪にもっと軽い感じのウェーブをかけてナチュラルメイクを施せば街行く人が振り向くレベルの美少女になることでしょう。は~もったいない。幽霊に悩んで余裕がないせいかどうか知らないけどもったいない。


 そんなもったいない彼女を改めて凝視すると……。


 ……見えた。

 カッコイイ表現をすると視えた。


 彼女の背後に“それ”はいた。


 陰険そうな顔した中年男。

 以上。

 何が楽しくて野郎の容姿を語り尽くさなければならないのか。


 というか、なに? こんな中年オヤジがこんなにも美しい少女に取り憑いていると? はい死刑。死んで詫びろ。死んでるけどね。羨ましいぞこの野郎。


 一応佐那に横目で確認をとる。……頷いてくれたので間違いなく幽霊なのだろうこのオッサンは。


 と、私と佐那が軽く頷き合っているとハルカが痛そうに頭を抱えた。その視線はしっかりとオッサン幽霊を捕らえている。


「アカン……完璧に見えとるやん……うちに霊感なんてなかったはずなのに……。やっぱ霊感少女共に付き合ってるとこっちにも悪影響があるんか……?」


「…………」


「…………」


 視線だけで意思疎通をした私と佐那はお互いの肩を組み、ハルカに向けて腕を広げた。そう、このたび見事に『霊感少女』の仲間入りをしたハルカに向けて。満面の笑みを浮かべながら――



「「――ウェ~ルカム・トゥ~・アンダーグラウ~ンド♪」」



「やかましいわ!」


 うんうん大阪人らしいキレのあるツッコミ(大阪人ではない)ね。

 いつも通りのやり取りをする私たちを見て目を丸くする佐々木さんと倉持さん。そういえばまだこちらの自己紹介をしてなかったわね。


「改めまして。私はこの学校の生徒会長をやらせていただいている神成杏奈です」


「え? あ、はい。倉持凜です。……えっと、杏奈さん? アイドルの待宵リナさんじゃ、ないんですか?」


 佐々木さんやハルカたちに視線を泳がす倉持さんだった。私にとっては見慣れた反応に佐々木さんが肩をすくめる。


「私も信じられないけど、別人なのよね。大丈夫、中身は清楚で可憐なリナちゃんとは正反対だから」


 清楚で可憐の正反対ということは……なるほどつまり濃艶な大人の女性で凜々しいと? いや~先輩からそこまで評価されているとはさすが私よね!


「いや『大人の女性』とか杏奈から一番遠い存在やん」


「凜々しいというよりは男勝りとか明け透けと言った方がいいですし……」


「杏奈ちゃんって冗談が下手よね」


 ハルカ、佐那、そして佐々木さんからの辛辣な評価であった。トリプルで来るとちょっと泣きそう。


「そ、それで佐々木さん。今回は倉持さんが被害者ということでいいですか?」


「被害者……うん、幽霊相手にそう言っていいものかどうか分からないけど、被害を受けているのは確かね。最初は視線を感じるくらいで気のせいだと思っていたみたいなんだけど……最近では寝ているときに足を撫でたり風呂場で背中を触られたりするみたいで」


 何と羨ま――じゃなかった。現役JKにおさわりするとはとんでもない存在ね!


「あとは腰にしがみつかれたり、その……乳首を噛まれたりもするみたい」


 乳首と口にして耳まで赤くなる佐々木さんだった。純情ですね~とニマニマしていると佐々木さんから空手チョップされた。ふっ、美少女とイチャイチャしてしまったぜ。


「まぁ私は気のせいじゃないのって言っているんだけど、この子は気にしているみたいだから杏奈ちゃんに相談したってわけ」


「あら? 佐々木さんは信じていないんですか?」


「え、だって幽霊よ? 実体のある妖怪ならとにかく……ねぇ?」


 妖怪って役所じゃ害獣扱いされるくらい身近な存在だものね。人によってはまったく見えない幽霊とはまた違うということかしら。


 でも、いくら霊感がなくてもドロドロとしたものくらいは感じ取れそうなものだけど。


 うん、こういうときは『本職』ね。

 私が佐那に視線を向ける……より先に、佐那はどこからか取り出したお札を佐々木さんの額に貼り付けた。ビターンと。結構な勢いで。


 この場面で使うのだから幽霊が見えるようになる系のお札なのだろう。きっと。そんな便利なお札があるのかどうかは知らないけど。


 なんというか、神社でもらえるお札というよりは陰陽師とかが扱うお札っぽい。佐那の実家って神社じゃなかったっけ?


「使えるものは使えばいいのです」


 悪気なんて微塵もなさそうな佐那だった。巫女なのにいいのかしらね?


 いきなりお札を貼られた佐々木さんは文句を付けようとしてきたけれど……それより先に、横にいる倉持さんから流れてくるドロドロとしたものに気がついたようだ。冷や汗を流しながらゆっくりと横を向く。なんだかホラー映画の一場面を見ているよう。


「ぴっ!?」


 あらまぁ可愛らしい声。私がニヨニヨしていると佐々木さんがキッと睨め付けてきた。


「あ、杏奈ちゃん! 何よあれは!?」


「まぁ、幽霊じゃないんですかね?」


「正確には生き霊ですね」


 生き霊らしい。本職が言うのだからきっとそうなんでしょう。正直違いなんて分からないけれども。

 やっぱりこういうのは専門家に任せた方がいいわよね。


「で、佐那。アレはどうすればいいの?」


「そうですねぇ。生き霊だと本体から『飛んで』来ていますから、今ここにいるものを祓っても効果が薄いですよね」


 祓ってもまた本人から生き霊が飛んでくるということかしら? 何となくゴ○ブリを連想する私だった。一匹見たら三十匹……。


「バ○サンとかないの?」


「バル○ン? ……なるほど、一回お祓いをしてから結界を張り、それ以上飛んできても跳ね返せるようにすると」


 なにやら私のボケがヒントになったようだ。でもなぁ、ちょっとまどろっこしすぎない?


 横目で被害者の倉持さんを確認。すると、私を煽るように背後の生き霊が倉持さんの耳を舐めた。


「ひっ!?」


 怖気が走ったのか小さく悲鳴を上げる倉持さん。


 よし、ぶっころがす。

 理屈など知ったことか。

 可愛い女の子を怖がらせる存在には『ケジメ』つけさせないとね。


 私は倉持さんを安心させるために微笑みかけながら彼女に近づいた。そう、怖がらせないため。なのに幽霊相手より怖がっているのはどういうことですか倉持さん?


「こういうときの杏奈の笑顔って恐いよな」


「し~、本人は優しく笑っているつもりなんですから」


 こんな美少女(アイドル級)を捕まえてひどい言いぐさであった。

 しょうがないのでさらに笑顔を深めながら私は倉持さん&幽霊との距離を縮め、そして――



「――生徒会長パンチ!」



 ぶん殴った。

 幽霊を。

 握り拳で。


 腰を入れたおかげか小気味いいほど派手に吹っ飛ぶ中年幽霊であった。


「……なんや、視えるようになって改めて思うけど……幽霊をぶん殴るってどないな理屈なん? 普通は物理攻撃なんて効かんのとちゃうんか?」


「それは……えぇ、『杏奈ちゃんだから』としか答えようが……」


 私の活躍を大絶賛する親友二人の声を聞き流しつつ私は幽霊に追撃をかけた。こういうときに情けをかけると後々タマをとられるというのがお爺さまの教えだ。


「生徒会長キック!」


『ぐっ!?』


「生徒会長アッパー!」


『げぼっ!?』


「生徒会長☆踵(かかと)落とし!」


『がはっ!?』


 トドメの踵落とし(ついでに踏みつけ)をくらったオッサン幽霊はサラサラと光の粒子になりながら消えていった。ふっ、ちょろいもんよ。


 ちなみにど派手に踵落としをしたけどスカートの中身は見えていないと断言しておきましょう。私は健全な生徒会長だからね。


「健全な生徒会長はまず踵落としをしないやろ?」


「それ以前に幽霊を殴らないかと」


 親友二人の大賞賛をスルーしつつ私は倉持さんを振り向きつつ腕を広げた。恐い幽霊はいなくなりましたよ安心して胸に飛び込んできてくださいと。


「…………」


「…………」


 倉持さん。そして佐々木さんはドン引きしていた。倉持さんは明らかに私から距離をとり、佐々木さんは乾いた笑みを浮かべている。


 あれおかしいわね? こういうのって『幽霊を倒してくれるなんて素敵! 結婚して!』とか『友達を助けてくれてありがとう! 結婚して!』ってなるパターンじゃないの?


「そら、幽霊ぶん殴る非常識を前にしたらなぁ」


「普通の人はドン引きしますよね。しかも踵落としまでして……」


 スカートの中は見せなかったんだからセーフでしょう?


「思考がヤクザやよなぁ」


「現役女子高生の思考じゃないですよね」


 悩める生徒の問題を解決したのになんで冷たい目で見られているのかしらね、私?



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