第4話 パジャマパーティ(?)
さて大人気アイドルの痴態はまるっと忘れることにして。
「忘れられるんか、アレ?」
「すっごいインパクトでしたよね、アレ」
初対面であろう二人から『アレ』扱いされる妹(暫定)であった。
いつも通りのやり取りをしつつときどき待宵リナ・ショックを引きずりながら歩いていると私の家に到着した。ハルカと佐那も空いている部屋に下宿しているので二人の家でもある。
十字路から十字路にまたがる広大な敷地。
私の身長より遙かに高い塀。その上にはぶっとい針金で編み込まれた有刺鉄線。ときどき見えるのは監視カメラーズ。塀によって見えないけれど、中にはいかにもお高そうな日本庭園と和風建築が鎮座している。
うん、どう見てもヤクザの本邸だった。
「そんでヤクザの孫娘。ほんまキャラ濃いわ」
諦めの悪いハルカであった。
勘違いしないで欲しいのは、ヤクザだったのはお爺さまの代までだということ。今はお爺さまも引退し、組も解散済み。
現在は平和で合法的な資産家をやっているし、町の人からみかじめ料を取ったりもしていない。法令遵守。地域貢献をモットーに活動しております。
「ちまちまとみかじめ料とるよりかフランチャイズ料でガッポガッポ稼いだ方がええもんな」
「合法ならいくら搾り取ってもいいですしね」
もうちょっと言い方というものはないですか?
法律違反じゃないなら何してもええやんという危険思考な二人にツッコミしつつ門をくぐろうとすると、
「――お嬢! おつとめご苦労様です!」
おつとめって……学校を刑務所扱いは止めてもらえません?
一般生活ではまずお目にかかれない深々としたお辞儀をしてきたのは若頭補佐――じゃなかった、うちの会社の常務である政さんだ。オールバックな髪型がいつも通りかっちり決まっている。
左目下の刀傷とちょっと短い小指がチャームポイントのナイスミドルさんだ。
昔の職業はともかく、今は立派な偉い人であるはずなのにこうして私の帰宅時間にはお出迎えをしてくれる。
「姐さんたちも、おつとめご苦労様でした」
自然な動作で私のカバンを受け取ってからハルカと佐那に頭を下げる政さん。ちなみに姐さんとはヤクザ用語だと『自分より貫目(立場)が上の人の、奥さんとか囲っている女性』という意味があったりする。
やだも~政さんったら気が早いんだから~。……じゃなかった。二人は親友であり女の子同士なのだから『姐さん』呼びはどうかと思います。
「ツッコミが雑やなぁ」
「生来の女たらしですから仕方ありませんよ」
そんな女たらしと一つ屋根の下をやっている二人は同意と見なしてよろしいですか? 何がとは言わないけど。何がとは言わないけど。
「実際に手ぇ出してから言えやヘタレ」
「初対面の女の子は抱きしめるくせに。このヘタレ」
ぐふっ。わ、私にも心っていうものがあるのよー?
精神に大ダメージを受けた私を見て政さんが二度三度と頷いた。
「相も変わらずの仲むつまじさ、結構なことでごぜいやす」
このやり取りを見てそういう感想を抱く政さん、器が大きすぎである。お嬢様がからかわれてますよ~?
「へぃ。お嬢の並ぶ者のない偉大さは当然姐さん方もご理解なさっていやすから。それでもなおそういう態度をとられるのはお嬢に甘えているんでしょう」
なんだか政さんからの私の評価が異常に高かった。あと甘えなの? デレ? ツンデレってやつですか? もうちょっと分かり易くデレてくれませんか二人とも?
「うらやましいことですな」
なんだか父親のような微笑みを浮かべる政さんを見ているとそれ以上とやかく言うのは憚られてしまうのだった。
◇
夕食後。
「せや、昨日の待宵リナの番組録画しといたし、一緒に見てみんか?」
ハルカがそう提案すると佐那が嬉しそうに両手を合わせた。
「いいですねぇ。ついでに主演ドラマの方も見ましょうか。お菓子とか持ち寄って。パジャマパーティってやつですね」
見ること決定なの? 自分と同じ顔がテレビに映っているのってものすごい違和感なんだけど……。しかもドラマってことは自分と同じ顔が真面目な表情で演技をしているわけで……なんだそれ絶対恥ずかしいぞ?
でもまぁ楽しみにしている佐那の顔を前にすると反対意見を飲み込むしかない私だった。私えらい。私やさしい。
「えぇなぁパジャマパーティ。この家だとパーティっていうより宴って感じやけどな」
「いいんですよ宴だって。みんな一緒にやればどんな形式でも楽しいですから」
「じゃあパジャマ宴ってことで――」
「――お嬢たち、宴をするんですかい?」
まとまりそうだった話を、偶然通りかかった舎弟――じゃなかった、住み込み社員の一人である伊藤さんが聞きつけたようだ。
「そうと決まりゃあ派手に行きやしょう! おいお前ぇら! お嬢が宴をご所望だ!」
止める間もなく屋敷中に触れ回る伊藤さんだった。
どこにいたのかワラワラと子分――じゃなくて社員たちが集まってくる。
「宴ですかい!?」
「お嬢が宴たぁ珍しいこともあるもんだ!」
「せっかくだから派手に行きやしょう!」
「おう派手に!」
「よし派手に!」
「派手派手に!」
ここの人たち、派手好きすぎである。まぁ背中とか腕とかカラフルで派手だものね。
どこから持ってきたのか誕生日に被るような三角帽子を私に被せる伊藤さん。なんぞこれ?
「御神酒を出せ!」
「三軸を掛けろ!」
「祭壇はどうした!?」
「蝋燭はどこ仕舞った!?」
「寅のところで鯛買ってこい!」
はい皆さん盃事(さかづきごと)の準備をするのは止めなさい。ちなみに盃事とは簡単に言うととても神聖な儀式ね。親子の盃とか襲名披露とか。パジャマパーティからかけ離れすぎである。
いやあれかしら? 現役女子高生が集まってのパジャマパーティはもはや神聖なる儀式に匹敵する貴重さだというウィットに富んだ――ないわね。自分で言っておいて何だけど、ないわね。
私が一人ツッコミしている間にも宴(?)の準備は進んでいき……結果。お爺さまも参加しての大規模宴会となりましたとさ。
ま、まぁ、社員の満足度を上げるレクリエーションだと思えば……ダメね自分を誤魔化しきれないわ。参加者の顔が厳つすぎるもの。可愛い女の子とのきゃっきゃうふふなパジャマパーティの予定が……。
どうしてこうなったのかしら?
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