第3話 本人登場
今日は一日同級生やら先輩やら後輩やらから『双子の妹なの?』と聞かれて大変だった杏奈ちゃんである。いつか待宵リナに会ったら迷惑料請求しましょう。大人気アイドルなんだからいっぱいくれるでしょう。たぶん。
固く決意した放課後。普通の生徒が部活や帰宅にいそしむ中、私は一応生徒会長なので役員であるハルカ・佐那と一緒に仕事をすることにした。とはいっても今は急ぎの用事はないので目安箱の確認くらいだけれども。
「……加えて生徒会長。やっぱキャラ濃いわ杏奈は」
朝のことをまだ引きずっているハルカだった。しつこい女はモテないわよ?
「ハルカちゃん、ほら、変人は自覚がないとよく言いますし……」
相変わらず毒舌な佐那だった。もうちょっと容赦しないとモテないわよ?
「…………」
「…………」
なぜだかジトーッとした目で見つめられてしまう私だった。えっと、なんかごめんなさい? やっぱりモテるとかモテないとか話題にしちゃいけないわよね、うん。冗談だとしても。
「……ま~杏奈の鈍さはいつものことやしな。目安箱の確認しよか」
「乙女心を爆砕するのもいつものことですしね。さっさと確認して帰りましょう」
爆砕って何やねん。いつ爆砕したねん。おもわずハルカみたいなエセ関西弁になってしまう私だった。
二人が仕事モードに入ってしまったので私も目安箱に入っていた紙を確認する。
「え~っと、部室棟の電球が切れています? 用務員さんに連絡しておきましょう」
「ん~、生徒会長が待宵リナちゃんの双子って本当ですか? やて。わざわざ目安箱に入れんでも直接聞けばええやん」
「まぁ杏奈ちゃんは黙ってさえいれば『高嶺の花』だから声を掛けにくい人もいるんじゃないですか?」
「そろそろダメ人間っぷりも周知されてそうなものやけどなぁ」
「それならそれで『近寄りたくない』と判断されている可能性もありますし」
友情って何だっけ?
私が友情と人生について考えているとハルカが面白そうな声を上げた。
「お、またこの手の相談が来とるで。友達が幽霊に取り憑かれているので助けてくださいやて」
「また? うちは生徒会であってお祓い屋じゃないのだけど?」
「ま~霊感少女が二人もいるもんな。しゃあないやろ」
「……あの、私を霊感少女扱いされるのはちょっと……これでも一応『本職』ですし」
少しだけ不満そうな顔をする佐那だった。いや前髪で目元が隠れているから表情は分かりにくいけど、親友である私には分かるのだ。
ちなみに佐那の実家は神社であり、実家や本庁関係の手伝いをするときは巫女服を着ている。現役女子高生巫女。何という萌えの暴力か。
そんな『本職さん』がいるおかげか我が生徒会にはけっこう幽霊関係の相談も来るのだ。……うちの学校が古戦場&墓地跡に建っているのも一因かもしれないけれど。
「いや相談が来るのは杏奈のせいやろ」
「杏奈ちゃんのせいですよねぇ」
なるほど私の人徳&心の広さ&人の良さが生徒たちからの相談を引き寄せていると? ちょっと照れるわね。
「杏奈のこの無敵なポジティブさは何なんやろなぁ」
「自称人生経験が豊富らしいですから、そのせいじゃないですか?」
自称じゃないし。実際経験豊富だし。なにせちょっと前まで親の決めた許嫁がいたくらいだし。
まぁ相手の浮気で破棄されたんだけれどね。未成年のくせにズッコンバッコンと。私には一切手を出さなかったくせに。やっぱり野郎はダメだわ。滅びればいい。
それに比べて女の子はいいわよねぇ柔らかくてモチモチですべすべで。うんうん私が女の子好きなのは婚約破棄がトラウマになっているからで仕方のないことなのだそうなのだ。
「いや生まれつきやろ」
「いっそ前世からなのでは?」
いっそって何よいっそって。前世とかファンタジー過ぎである。
「存在自体がファンタジーのくせによく言うわ」
「何から何まで奇奇怪怪ですものね」
あなたたちは私のことを何だと思っているのかしら? こんな“普通”な私を捕まえて。
「ま、ええわ。依頼した生徒には明日の放課後空けておくよう伝えといたから、今日はもう帰ろか」
スマホをいじりながらそんなことをのたまうハルカだった。当然のように依頼人の情報を把握して、当然のように連絡先も確保しているらしい。さすが『情報屋』を自称する中二病――ごほん、顔の広さよね。
◇
親友二人とのんびり女子高生らしい無駄話をしながら帰宅する。二人は色々あってうちに下宿しているので、夕食後のプライベートな時間以外は無駄話をしていることになる。
親友相手とはいえ、我ながらよく飽きないものだ。
「杏奈と一緒だと飽きないからなぁ」
「杏奈ちゃんと一緒だと飽きないですからねぇ」
それ。いい意味よね? 珍獣を見ていると飽きない的な意味じゃないわよね?
「……ノーコメントや」
「……黙秘権を行使します」
友情って何だっけ?
「あ、そうや。待宵リナのファンだっていう子に話を聞いたんやけどな。待宵リナって本当に凄い人気らしいで?」
「ふ~ん」
最近は『テレビで不意打ちそっくりさん登場』を避けるためにテレビを見なくなってきたのであまり実感のない私だった。
あ、でも、そんなに大人気なら迷惑料も快く払ってくれそうよね。払ってくれそうじゃない?
「即物的やなぁ」
「俗物ですよねぇ」
佐那、佐那、俗物はもはやただの悪口だからね?
「ま、杏奈って意外と金にがめついもんな」
「お嬢様らしからぬ、というやつですね。ほんとに待宵リナさんとは正反対みたいで」
お金は大事なのよ?
しかしまぁ興味が薄いとはいえ正反対とまで言われてしまっては気になってしまう。
「待宵リナってそんなに私と正反対なわけ?」
「なんでも清楚で謙虚、下品なことは絶対に口にはせず、大声で笑うこともなく、ドラマがヒットして大人気アイドルになった今でもファンサービスやスタッフへの気遣いを忘れない。と、ファンの子によるとほんまに聖人君子みたいな子らしいで?」
「絶対キャラ作ってる……と考えてしまうのはスレすぎかしらね?」
「ま~、芸能人やしな。あんま信じすぎんのもどうかと思うけど。……で、今やってる連続ドラマで人気爆発と」
「私も見てますけど、良いドラマなんですよ~。生き別れの妹を探す姉が主人公なんですけど、妹を思っての独白シーンが鬼気迫る演技で一気に話題になったんです」
あ~はいはい実際に生き別れの妹がいるからこその演技でしたって展開ね? わかるわ。
「スレとるなぁ」
「スレてますねぇ」
あなたたちほどじゃないわよ?
と、深い友情によって築き上げたいつものやり取りをしていると――
不意に、車道を走っていた車が私たちの真横で徐行し、少し手前で止まった。
黒塗りの高級外車。一昔前の『ヤクザ屋さん』の高級幹部が乗っていそうな車だ。まぁ防弾ガラスじゃなさそうなので一般車だろうけど。
高級外車の後部座席のドアが開き、誰かが降りてこようとして――後ろを走っていた車からのバッシングを受けて慌ててドアを閉めた。一車線しかないものね。道の真ん中で停まっちゃいけません。
「なんや、乗ってる車は高級なのに締まらない奴やなぁ」
「もしかして危ない人かもしれないと思いましたけど、そんなこともなさそうですね」
この二人が私以外に毒舌するのは珍しかったりする。いつもは猫を被っているからね。
高級外車は(後続車に押される形で)どこかへ行ってしまったのでとりあえず家路を急ぐことにする。
「杏奈がまた何か巻き込まれるんかなぁ?」
にやにや、に~やにやと目を細めるハルカだった。この反応、もしやあの車から降りてくる人が誰か知っているのでは? 普通ならありえないけど『自称情報屋』だからねぇ。前科がありすぎるのだ前科が。
「可哀想ですよね。巻き込んでしまった人が」
どういう意味かしら佐那? 普通は巻き込まれる私が可哀想なんじゃないの? なんで加害者(?)の方が可哀想になるのかしら?
「だって杏奈やし」
「だって杏奈ちゃんですもの」
どういうことやねーん。
ツッコミながら角を曲がると、さっきの高級外車がコンビニの駐車場に止まっていた。後部座席のドアが開き、誰かが降りてこようとする。
面倒くさそうだから見ないふり。
「――やっと会えたわね!」
なんというか、鈴を鳴らしたような声というか、それだけで美少女と分かる声だった。
面倒くさそうだから見ないふり。
「え? ちょっと!?」
見ないふり。聞こえないふり。
「ま、待ってよ! 神成杏奈でしょうあなた!?」
名前を呼ばれてしまった上、佐那からも『ちょっと可哀想ですよ』とたしなめられたので仕方なく立ち止まる私。そのまま半眼で声の主へと視線を向ける。
見たことのある顔だった。
具体的に言えば鏡を見るたびに目にしてしまう顔。そっくりさん。双子疑惑。然(さ)もありなんという似通(にかよ)い具合。
国民的アイドル。
待宵リナ。
――息を飲むような美少女だった。
風に揺らめく銀髪はまるで月の光を閉じ込めたかのように妖しく光り輝き。シミ一つない肌は白磁すら上回る美しさ。紺碧の瞳はブルーサファイヤのような光を孕みつつ、朱の差した唇が強烈なアクセントとなっている。
……と、彼女の美貌を褒め称えてみたものの。そのままずばり『そっくりさん』である私を褒め称えることに繋がるという罠だった。なんだこの自画自賛。さすがの私も恥ずかしくなってきた……おのれ待宵リナ……。
「な、なんだか理不尽な恨みを抱かれている気がするわね?」
「気のせいですよ。えっと、待宵リナさんですか?」
「えぇ! そうよ! 今をときめく超人気アイドル☆待宵リナとは私のこと!」
なにやら奇っ怪なポーズを決める待宵リナだった。あなた『清楚で謙虚なアイドル』じゃなかったんですか?
私が心の中で呆れているとハルカが参ったとばかりに自分の頭を叩いた。
「……あちゃ~、こりゃ間違いなく双子やわ。中身までそっくりやん」
「あの無意味なまでの自信満々さ。杏奈ちゃんと同じ“血”ですよね」
納得しないでくれません? 私もさすがにあそこまでじゃないと思うんですけど?
「鏡見ろ」
「鏡見てください」
鏡見たらアイドル級の美少女が映るんだけど?
私たちがいつも通りすぎるやり取りをしていると、待宵リナが私に向けて両手を広げてきた。
「さぁ! 妹よ! お姉ちゃんの胸に飛び込んできなさい!」
え? 嫌です。
私は可愛い女の子を抱きしめる趣味はあるけど、抱きしめられる趣味はない。解釈違いです。
きっぱり拒絶すると待宵リナは『ぐふっ!』と唸ってぷるぷる震え始めたけれど、しばらくすると何とか復活したようだ。
「……さぁ! 妹よ! お姉ちゃんの胸に飛び込んできなさい!」
めげない人だった。
なんかもぅ一回くらい抱きしめられてもいい気がしてきたけれど……その前に。『待宵リナ』に対して、どうしても言っておかなければならないことがある。
私が強い目で見つめたせいか待宵リナはたじろぎ一歩下がった。
「な、なにかしら? やっぱり今さら私なんかがお姉ちゃん面するのは――」
「――今日。ひたすらに『妹なの?』と聞かれ続けました。後輩から同級生、先輩はもちろんのこと先生方から学園長に至るまで……。ひとのことを妹、妹と……。ここに本人がいるのなら丁度いいです。ハッキリ言っておきましょう」
「な、なにかしら?」
先ほどまでの自信満々な様子はどこへやら。不安げに背中を丸める待宵リナだった。
もはや涙目になっている彼女に容赦することなく私は叫んだ。
「どう見ても! 私が『姉』でしょうが! 常識的に考えて!」
私の方が(たぶん)身長も高いし! 胸も(おそらく)大きいし! 人間的な器は圧倒的に大きい! 気がする! ほらどう考えても私が姉! お姉ちゃんですっ!
「……いや、本人前にしてまず叫ぶことがそれでええんか? もっと何かあるんとちゃうか? 両親のことか、生き別れのこととか……」
「ま、まぁ、初対面(?)の人に迷惑料請求するよりはマシですけど……」
親友たちが小声でつぶやく中、待宵リナはショックを受けたように両膝をついた。
「わ、私が妹……? お姉ちゃんじゃない……? そんな、バカな……」
うつろな目で呟きながら、とうとう両手を地面につく待宵リナであった。
ふっ、勝った。
勝利とはいつも虚しいわね。
「勝ち負けの問題なん?」
「似たもの同士と言いますか……間違いなく『姉妹』ですよね。どちらが姉か妹かは置いておくとして」
いやだから私が『姉』だって。待宵リナが膝を屈したのだから確定でしょう。
ちなみにここで言う『姉』に血縁は関係ない。何というか……そう、魂。魂の姉なのだ。自分でもよく分かってないけれど。
「……くっ! 私は負けない! 負けるわけにはいかないの!」
少年漫画の主人公みたいなセリフをほざきながら再び立ち上がる待宵リナ。その不屈な闘志は正直好ましいかも。
いやコンビニのお客さんとか通行人とかが集まってきて、
『あれは杏奈ちゃんと……まさか、待宵リナ?』
『本当に瓜二つじゃん』
『姉とか妹とか言っているよ』
『やっぱり姉妹だったんだね』
とか話している現状は全然好ましくないけれど。うっわぁ、数日後には噂が町中に広まっていそう……。
今後の学校生活やら日常生活に不安を覚える私。そんなこちらの苦悩など知りもしないで待宵リナはビッシィっと私を指差してきた。
「私は負けない! いつか、いつか『お姉ちゃん大好き♡』と言わせてみせるからね!」
大声で宣言してから「うわぁああああん!」と夕日に向かって走り出す待宵リナ。まるで(コメディ)ドラマのワンシーンだ。
ちなみに乗ってきた車は置き去りに。あのまま走って帰るつもりかしら?
最後まで締まらない子だ。
やっぱりアレが私の姉とかないわね、うん。
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