第6話 お爺さまたちと





 一件落着。ということにしておきましょう。なんだか倉持さんは幽霊に取り憑かれていたときより怖がっている気がするけど、きっと気のせいだもの。


「まぁ、生きとる人間の方が恐いって言うしなぁ。具体的に言えば物理攻撃とか」


「自分の顔のすぐ真横を『生徒会長パンチ』が通過しましたものね。怖がって当然ですよ」


 そういえば、倉持さんの背後に取り憑いていた幽霊をぶん殴ったのだから、彼女のすぐ側を鉄拳が通過したことになるのか。くっ、私ともあろうものが美少女を怖がらせてしまうだなんて……。


「ところで気になるんやけど、幽霊は消えたら成仏ってことでええんやろうけど、生き霊の場合はどうなるんや?」


「生き霊は生気とか気力とでも言うべきものを使って飛ばしていますから、祓った場合は本体にも少しくらいダメージがあるでしょうけど……ぶん殴った場合はどうなるんですかね? ちょっと前例がなくて分からないです」


 ふふふ、佐那。美少女が『ぶん殴る』とか口走っちゃいけないわよ? イメージを大切にしましょう、イメージを。


「生き霊をぶん殴っている人にとやかく言われたくないです。どう報告すればいいんですか、これ……」


 幽霊とか妖怪関係の事件は実家だか本庁だかに報告しなきゃいけないんだっけ? まったく真面目ちゃんよねぇ。報告書なんてテキトーに仕上げちゃえばいいのよ。私は生徒会活動でそれを学んだわ。


「とんでもないことほざいとるでこの生徒会長」


「そろそろ不信任決議案出されてしまうのでは?」


 生徒会にそんな制度があるとは初耳だわ……。


 やれやれと佐那が肩をすくめる。


「まぁ、生き霊がぶん殴られたのですから、本体にも相応のダメージが行っているでしょうね」


 マジで? 幽霊だと思って容赦なくボコっちゃったんだけど? 私って言っちゃ何だけどヤクザの孫娘だから荒事が大得意で、手加減とかも時空の彼方に放り投げちゃった系の美少女(か弱くはない)なんだけど?


 …………。


 ま、まぁ! 美少女を怖がらせて泣かせたのだから多少の痛みには目をつぶってもらいましょう!


「あんだけ派手にボコられるとなぁ……」


「生身の方もきっとまともに動けないですよね……」


「まっ、杏奈に関わってしまったのが運の尽きやな」


「やはり巻き込んだ方が可哀想なことになりましたね」


 なぜか幽霊の方が同情されていた。解せぬ。


 まぁ終わったことをとやかく言ってもしょうがなし。事件も解決したので帰路につくことにしましょうか。


 報告書の内容に頭を悩ます佐那にときおりアドバイスしつつ順調に家へと到着した。また待宵リナが襲撃(?)してくるかもと気を張っていたのでちょっと拍子抜けだ。


「さすがの待宵リナも実家に突撃する勇気はないかぁ」


「思いっきりヤクザの家ですものね。カチコミに来たらビックリですよ悪い意味で」


 美少女がカチコミとか言わないでください。あとヤクザの家じゃないから。元ヤクザの家だから。


「――お嬢、おつとめご苦労様です」


 門をくぐると政さんがいつも通りの挨拶をしてくれた。働いている人に毎日お出迎えしてもらうのは気が引けるのだけれども、政さんの仕事場はこの家だし、車で送り迎えしてもらうよりはマシなので口をつぐむ私である。


 佐那たちに挨拶してから政さんがスススッと近寄ってきた。


「お嬢、おやじ――会長がお呼びです」


「お爺さまが?」


 ちなみに『会長』とはヤクザ的な意味ではなく、一般企業(うち)の会長という意味である。……政さんはヤクザ的な意味で会長(組長)と言っている気がするけれども。


「へぃ。若頭もお待ちです」


 社長と言いなさい、社長と。若頭とか誤魔化しようがないじゃないの。


 若頭――じゃなくて社長ということは叔父様もいるのか。現役社長でお忙しい方なので節目の日とかじゃないと顔を出さないはずなのだけど。


 今日は何かあったかしらと頭を悩ましてみてもパッとは思いつかなかった。


「いや、ふつーに待宵リナのことじゃないんか?」


「事情はよく知りませんが、双子なら家族ということになりますからね」


 お爺さまにしてみれば待宵リナは孫娘で、叔父さまにしてみれば姪っ子になるのか。ちょうどいいから色々聞いてみましょうかね。





「お爺さま、ただいま戻りました」


 ふすまを静かに開けながら頭を下げる私。私はヤクザじゃないので普通の挨拶をしますよ。


「いや正座しての挨拶は普通じゃないからな?」


 遠くの方でハルカがそんなツッコミをしていた。律儀な子である。

 ちなみに家族水入らずということでハルカと佐那は遠慮してしまった形だ。私にしてみれば二人も『家族』なんだけど、まぁ無理して連れてくることもないでしょう。


 お爺さまの私室には二人の男性が待ち構えていた。一人は老年ながらもただならぬ威圧感を発している白髪の男性。私のお爺さまである神成源十郎だ。若い頃は白刃を赤く染めたこともあるみたい。


 今では白い髪色も昔は銀髪だったらしく、まぁつまり私の髪色は祖父譲りということになるのだろう。


 もう一人はいかにも人好きのする笑顔を浮かべた中年男性。私の叔父で、父の兄にあたる源太叔父さまだ。見た目だけなら人も殴れなさそうな優男だけれども、お爺さまの息子なのでその辺は察して欲しいところ。


「やぁ杏奈ちゃん、久しぶりだね」


「お久しぶりです叔父さま。お元気そうで何よりです」


「ははは、医者に叱られたからそろそろ油ものは控えないとね。杏奈ちゃんも元気そうで安心したよ」


「えぇ。良い友人にも恵まれていますので」


「昔と比べて丸くなったものね。いいことだよ」


 ぽんぽんと自分のお腹を叩きながら快活に笑う叔父さまであった。


 それは性格が丸くなったということですよね? 顔の輪郭が丸くなったということじゃないですよね? いやどちらにしても失礼だけど。私は昔から公明正大な性格をしているし。

 顔の輪郭は……最近ハルカと佐那に付き合っての間食も増えたから可能性は否定できないけれど。


 私が自分の頬をムニムニしていると叔父さまは『そろそろ杏奈ちゃんに代替わりする準備をしないとかなぁ』とほざきおった。


「いや代替わりって何ですか代替わりって。私は極道なんてやりませんよ?」


 お爺さまと叔父さまはヤクザという言われ方が嫌いなので極道という言葉を使う。


「大丈夫。うちの組は解散済みだし、合法的で平和的な一般企業の三代目だから」


「……私まだ高校生ですよ?」


「とは言ってもね、杏奈ちゃんもあとちょっとで成人だ。今から準備しておいた方がいいと思うな」


「いえそもそも何で私が継ぐことになっているんですか? 叔父さんもまだお若いですし、子供もいるんだからそちらに継がせればいいでしょう?」


「ははは、僕は杏奈ちゃんが大人になるまでの繋ぎとしての若頭――じゃなくて社長だからね。もしもこのまま居座って、自分の子供に継がせでもしたら冗談じゃなく若い衆からぶち殺されるよ」


 なにそれ恐い。

 私そこまで人望無いと思うから大丈夫じゃないですか?


「…………」


「…………」


 なんだか二人から凄い目で見られてしまった。真っ昼間に人面犬に遭遇したかのような。あるいはカッパにキュウリを盗まれたかのような。

 あれ私何か間違えた? でも盃を交わしたわけでもないし、『会長の孫』という理由だけで皆がそこまで慕ってくれるとは思えないし……。


「…………」


「…………」


 無言で見つめてくるの止めてくれません?

 なんだかバツの悪くなったのでわざとらしく咳払いをした。


「ごほん、叔父さま。今日はそんな話をしに来たのですか?」


「あぁいや今日は別件でね。例の待宵リナちゃんだったかな? 彼女が接触してきたと聞いて駆けつけてきたんだよ」


「あ、そうなんですか……?」


 待宵リナがいくら大人気アイドルだからといって、カタギの女子高生なのだ。今となっては大企業の社長さんとなった叔父さまがワザワザ出張ってくるほどの話でも無いと思うのだけれども。


「若い衆にも話を聞いたよ。以前から待宵リナちゃんに間違われて迷惑していたんだって? これ以上杏奈ちゃんに迷惑を掛けるようなら所属事務所の方にも『話』を持って行かないとならないからね」


 話ってなんですか話って。ヤクザ的な交渉しか連想できないんですけど? やめてくださいねうちはもう立派なカタギなんですから。


「大丈夫です、そこまで迷惑はしていませんから。話の種にもなることですし。……それに、事務所にどう話を付けるおつもりで? これだけ似ているのだから間違われるのは仕方がないですし……まさか『神成杏奈は待宵リナとは無関係です』と声明でも出させますか? むしろそっちの方が週刊誌とか寄ってきそうなんですけど」


「むぅ……。ハルカさんの『実家』の方で何とかならないかな? 杏奈ちゃんのためなら協力してくれるのでは?」


「最初から頼りにするのはどうかと思いますし、そもそも頼るほど困ってないですもの。現状維持でいいのでは?」


「……そうだね、杏奈ちゃんがそう言うなら……」


 未だ納得してなさそうな叔父さまだけど、たぶんこれ以上とやかく言ってくることはないでしょう。その辺はきちんと尊重してくれているのだ。


 私は順繰りに叔父さま、そしてお爺さまに視線を向けた。


「差し支えなければ教えていただきたいのですが……待宵リナとは、本当に私の双子なんですか?」


 私からの問いかけに叔父さまもお爺さまに目線を向けた。知らない、というよりは話していいのかという確認の目だろう。

 二人分の視線を受けてようやっとお爺さまが口を開く。


「ふむ、そうさなぁ。あのドラ息子は飛び出してから電話の一本も寄越さずに逝っちまいやがったし、わしはその待宵リナってのに会ったこともないから確かなことは言えねぇが……」


 縁側から庭を眺めつつお爺さまはため息交じりに続けた。


「銀色の髪をした双子が生まれたって話は小耳に挟んだし、離婚したあとは母親が“片割れ”を連れて行ったと聞いているからな。杏奈の『ふぁんたじぃ』な来歴も加味すれば、まず間違いねぇだろう」


 ひとの人生をファンタジー扱いはやめてもらえません? ハルカといい、私のことを何だと思っているのか……。


 ここでハルカ&佐那がいれば『ファンタジーの塊やん』とか『摩訶不思議が人間の姿をとっていますよね』とでもツッコミしてくれるところ。ちょっと寂しく物足りない。私は二人無しでは生きられない身体になってしまったのねー。


 ボケに対するツッコミはもちろんなく。叔父さまが話を引き継いだ。


「事情を知っているであろう待宵リナちゃんの母親も亡くなったからね。杏奈ちゃんがどうしても気になるのなら先方に話を通してDNA検査という手もあるけど?」


 えぇ、何それ大げさ。自分だけならとにかく相手にも迷惑かけちゃうのは……。


 日本人的な思考で気が乗らない私。だけれども、叔父さまはどうやら違う風に勘違いしてしまったらしい。


「……あぁそうだね。『もしも』を考えると恐いよね。今のは聞かなかったことにしてほしい」


 もしも待宵リナと姉妹じゃなかったら。

 もしも赤の他人だったなら。

 お爺さまや叔父さまの口ぶりからすると、どちらかが『偽物』になってしまうわけであり。


 まぁ、その場合は私が偽物ってことになるんでしょうねー。


 私ってちょっと特殊な事情持ちだからねーその時はその時で考えればいいかーと軽く考えていると、お爺さまがわざとらしく咳払いした。


「ま、どうでもいいことだ。わしは杏奈を孫として可愛がっていて、杏奈はわしをお爺さまと呼んでいる。ならば血がどうとか姉妹がどうとかは気にする必要はねぇわいな」


 たとえ違っても家族であることに変わりなし。

 その辺は血縁じゃなくても盃で親子兄弟になれる極道独特の感覚なのかもしれない。


 しかし、ちょっと耳が赤くなっているのは照れているんですかお爺さま? 叔父さまも『あの鬼ごろしがねぇ』と苦笑しているし。


 お爺さまに睨まれた叔父さまが私に話を振ってくる。


「少なくとも、戸籍上は間違いなく姉妹だからね。ただのそっくりさんというわけではないよ。だから、あまり気にしすぎないことだ」


「……えぇ、そうですね。あまり気にしないようにしましょう。どうやらあの子は私から『お姉ちゃん』と呼ばれたいみたいなのでまた近いうちにやって来るでしょうけれど。そのときは仲良くしたいと思いますのでご了承ください」


「……まぁ、本物の姉妹かどうかはとにかく、杏奈ちゃんが仲良くしたいならこちらも止めるつもりはないよ。なかなかに愉快そうな子だとは聞いているからね」


 やはりあの奇声を発しながらの疾走は噂になってしまったらしい。なんてこったい。


「双子は似ると言うし……そう考えれば間違いなく姉妹なんだろうね」


 叔父さまに生暖かい笑顔で言われてしまった。さすがの私も奇声を発しながらの疾走はしないんですけどね。やはり迷惑料請求するしかないかしら……?






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