第13話 肝試し
「で? 一体どうしたの舞弥ちゃん?」
「は、はい。オバケが出たんです! 大変です! 呪い殺されちゃいます!」
「大丈夫よ幽霊なんて寄ってきたらアイアンクローを喰らわせてやればいいんだから。人間より柔らかいから簡単につぶせるわよ? プチッとね」
「……いえ、それができるのは会長だけだと思います」
真顔で突っ込まれてしまった。解せぬ。
「えっとですね。昨日の夜に肝試しをしたんですよ。旧校舎で」
「……はい、解散」
「ま、待ってください! 見捨てないでください!」
「やっかましいわ! ただでさえ最近は幽霊関係の相談ばかり来て『生徒会じゃなくてお祓い屋に改名したら?』とか言われちゃってるのに、自分から肝試しに行って取り憑かれちゃうような子の面倒まで見切れないわよ! 一週間くらい怖い思いをしなさい!」
「取り憑いてるんですか!? 取り憑かれてるんですか私!? 助けてくださいよ会長!?」
舞弥ちゃんが涙目ですがりついてくると、
「……なんやかんや言うて、一週間経てば助けてやるんやな?」
「まぁ、杏奈ちゃんが美少女を見捨てられるはずがないですし」
「というか普通に幽霊がいること前提で話が進むのね……」
「……え? もしかして、杏奈には霊感があるの? 双子の私にはないのに……いやないことを喜ぶべきかしら?」
「大丈夫やリナはん。今現在霊感がなくったって杏奈と付き合うてたらそのうち目覚めるから。実際うちはそうやった」
「全然大丈夫じゃないですよ!?」
ハルカ、佐那、委員長、そしてリナのやり取りを横目に舞弥ちゃんの両肩を掴む。
「大丈夫。取り憑かれてはいないから。……これから取り憑かれるかもしれないしシャンプー中に後頭部を触られたり寝ているときに足を掴まれたりされるかもしれないけれど」
「止めてくださいよお風呂入れなくなるじゃないですか! 寝れなくなったらどうしてくれるんですか!?」
「解決策としては私が一緒にお風呂に入って、一緒に寝る――あいたぁ!?」
ハルカに空手チョップされ、佐那に脇腹を突かれ、委員長に尻を叩かれた私だった。物理的なツッコミが来るのは珍しいので後輩へのセクハラは一発アウトということなのでしょう。
結構なダメージを喰らったけどそれでも顔には出さず舞弥ちゃんに微笑みかける。
「い、今の時点で取り憑いていないなら私ができることはないわ。後々辿って(・・・)寄ってくるかもしれないけれど。心を強く持って、何にも負けない気持ちを持って、そしてアイアンクローを喰らわせてやりなさい。たいていの幽霊はそれだけで成仏 (物理)するわ」
「だからそんなことをできるのは会長くらいなんですって!」
舞弥ちゃんが半泣きになってしまったので詳しい話を聞くことにする。
なんでも一人で肝試しをやっていた終盤、旧校舎に立ち入ったら聞こえてきたらしいのだ。……赤ん坊の泣く声が。
「…………。……え? それだけ?」
「そ、それだけですよ! メッチャ怖かったんですよ!? この学園広いから近くの民家から聞こえてくるわけないし! 旧校舎に赤ちゃんなんているはずないし! アレは絶対幽霊ですよ私をお母さんだと思って取り憑いちゃうんですよ!」
「というか一人で肝試ししたの? 友達いないとか? おねーさんちょっと心配になってきたんだけど?」
「しょ、しょうがないじゃないですか桜は肝試しとか興味ないし! 『幽霊なんていないわよ』なんてバカにされたら幽霊の一つや二つ見つけなきゃ“負け”じゃないですか!」
どういう理屈やねん。
それで本物(?)と遭遇してビビってるんだから世話ないわね。やっぱり一週間くらいビビりながら過ごした方がいいのでは?
◇
子泣きじじいのようにすがりつかれてしまったので舞弥ちゃんの依頼を受けることにした。つまりは旧校舎を調べて、もし幽霊がいたらどうにかして欲しいと。
時間は夜。場所は旧校舎。装備品は懐中電灯。普通は校門も閉まっている時間だけれども学園長に話したら『肝試しとか青春だよね!』という理由で許可は出た。
舞弥ちゃんは敷地内の寮生活なので、昨日は寮を抜け出して旧校舎まで向かったらしい。
本日の参加者。私、ハルカ、佐那、そしてなぜかリナ。
ハルカと佐那は下宿人だから門限なんてないけど、リナはいいのかしら? 国民的アイドルが転校初日に夜遊び(?)とか……。
私の心配をよそに。
リナは私の腰に抱きついていた。
その足は生まれたての子鹿のようなガクガクブルブルだ。
「お、おおおお姉ちゃんだものね! い、い、妹を守らなきゃ!」
その砕けた腰で何からどう守るというのか。
「……リナってもしかして幽霊怖いの?」
「こ、こ、怖くなんてないわよ!? ただちょっと武者震いしているだけで!」
そんなガクブル武者がいたら真っ先に討ち死にするわ。
まぁ(芸能人とはいえ)心霊関係では一般人なリナが怖がったりするのは理解できるのだけれども。なぜだか今日は佐那も蒼い顔をしている気がした。
「佐那? 顔蒼いけどどうしたの? まさか本物の幽霊がいるとか?」
「いえ、今のところは視えませんけれど、実際出てきたら嫌だなぁとですね」
「?」
佐那は幽霊退治の専門家でたいていの幽霊は問題なくお祓いできるはずだけど。
首をかしげる私に佐那は小さくため息をついた。
「……赤ちゃんの幽霊ということは、水子ですからね」
赤ちゃんとか幼子の幽霊を水子って言うのだっけ? たしかうちのお墓にも水子の供養塔が立っていたはず。
「最近は胎児とか新生児のことを指す言葉ですけど、元々は乳児期や幼児期に亡くなった子供のことも水子と呼んでいたんですよね。どちらにしろほとんどの場合言葉が通じないですし、悪意もないですから精神的にキツいんですよね」
「ふ~ん」
さすがに水子の相手はしたことがない私だけれども、たしかに。赤ん坊にアイアンクローしたり踵落としを喰らわせたりするのは気が引けるわね。
「……普通は幽霊(人型)相手も気が引けると思うけどなぁ」
「杏奈ちゃんなら水子相手でも容赦なくやりそうですよね」
佐那は私のことを何だと思っているのかしら? 血も涙もある美少女よ私?
正面玄関から旧校舎に入る。もちろん電気はついていないしどことなくホコリっぽい。木板の廊下が立てるギシギシという音をBGMに佐那の解説が続く。
「昔の水子はそれほど厄介な幽霊じゃなかったんですよ。……医療も未発達で、経済的な問題で赤ちゃんが死んでしまうことが多かったですし。そういう『惜しまれた死』の場合はきちんと供養もされていましたもの」
まるで現代の水子が厄介みたいな言い方ね?
「……最近はどうしようもない死因よりも、中絶による死亡の方が多いですし。そういうことをする人って供養もしないのがほとんどで……。やったとしても胡散臭い霊感商法でちゃんとできていなかったり……」
佐那が残念そうに、無念そうに首を横に振る。
「親に捨てられて。親に殺されて。生きることができなかった幼子たちが、それでも『お母さん』を求めて彷徨うのが水子です。“説得”での成仏は難しいですし、無理やりお祓いするのも心苦しいんですよね」
「…………」
親に捨てられて――、そう考えると、水子というのは私と同じなのね。ただ、私はちょっとだけ運が良かっただけで。
『――――』
不意に。
心臓が飛び跳ねた。
聞こえたのだ。
廊下の曲がり角の先から。
赤ん坊の泣き声が。
「……えぇ? 今の、うちの聞き間違いやないよな?」
「私にも聞こえましたね」
「あば、あばばばばばっ」
もう失神しそうなほど怖がっているリナだった。事務所からNGが出るレベルの顔面崩壊っぷりだ。
私はそれほど赤ん坊相手をしたことがないけれど、それでも間違いなく赤ん坊の泣き声だろうというのは分かる。
しかし、妙なのは。
どうにも一定間隔というか、同じ泣き方を繰り返しているように聞こえるのだ。まるで録音をリピート再生しているかのような――
少々思うところがあった私はリナをハルカと佐那に預けてから懐中電灯の光を頼りに廊下を進み、泣き声のする方に近づいた。
「あ、あ、杏奈が取り憑かれちゃう!?」
裏返った声を上げたリナが私に手を伸ばす。けれど、腰が抜けたのかその場から動ける気配はない。
そこまで幽霊が怖くて。この展開を怖がっているというのに。それでもなお私の心配をしてくれているのは――正直、嬉しさとくすぐったさがあった。
ここまで心配してもらって逆に心苦しさがあるけれど。残念ながら、今回は幽霊ではなさそうだし大したこともなさそうだ。
視界に移るのは背中を丸めた女性。漫画でしか見ないような丸い眼鏡と、所々焦げたり汚れたりしている白衣がトレードマーク。
幽霊ではないし、ましてや水子でもない。良くも悪くも見慣れてしまった問題児だ。
「――柳田先輩。こんな時間に何をしているんですか?」
私が声を掛けると柳田先輩は『びっくぅ!』と驚き、慌てて立ち上がろうとして、足がもつれたのか背中から地面に倒れた。びたーんと。ものすごく痛そうだ。
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