第11話 楽しいクラス


 お昼。

 リナからの助けを求める視線が痛すぎたので観念することにする。


「ちょっと攫(さら)ってくるわね」


「ま、しゃあないわな」


「さすがに可哀想ですしね」


 珍しく温かなお見送りを受けてリナの元へ。地獄で仏に会ったかのように目を輝かせるリナと、なぜか色めき立つクラスメイトたち。


 なにやらスマホのフラッシュが一気にたかれたのだけど、私の顔なんて見慣れているだろうに写真撮ってどうするのかしら?


「リナ。約束通りお昼にしましょう」


「! う、うんそうね! 約束通りお昼にしましょう!」


 何という下手な演技。ほんとにドラマがきっかけで大人気アイドルになったのかしら?

 あぁ、台本は読めてもアドリブはダメだとか?


 リナが元気よく立ち上がるのとほぼ同時、クラスメイトの斎藤さん(美少女)が遠慮がちに声を掛けてきた。


「あ、あの、杏奈ちゃん。私たちも一緒にお昼――」


 斎藤さんの言葉が終わる前にリナの腰へと手を回し、引き寄せる。


「ごめんね、今日は独り占めさせてね?」


 ――爆発した。

 まるで爆発したかのように色めき立った。クラスメイトのみならず、廊下で様子をうかがっていた生徒たちまでもが。



「い、いきなりのイケメンモードですって!?」

「くっ! 今日は珍しく大人しかったから油断していたわ!」

「もう! 中身はアレなのに顔は良いわよね! 中身はアレなのに!」

「ちょっとアリサが鼻血出したわよ!」

「放っておきなさいよいつものことなんだから!」



 イケメンモードって何やねん。中身がアレって何やねん。鼻血出したのに放置されるアリサは……まぁいつものことかしら。


 ツッコミたいことは多々あったけれども、ちょうどよく注目が集まっていたので利用させてもらうことにする。お姉ちゃんなんだから困っている妹を守らなくちゃね。


 リナの腰に回した左腕をさらに引き寄せる。肩と肩が密着するくらいまで。


 そして、空いた右手でリナの頬を優しく撫でた。


「あと、部活の勧誘は遠慮してね? ――リナは、生徒会(わたし)がもらうから」


 ――爆発した。

 まるで爆発したかのように黄色い悲鳴が上がった。次いで鳴り響くシャッター音。フラッシュもたかれて眩しいことこの上なし。



「こ、この女たらし!」

「実の姉まで守備範囲なの!?」

「顔が良ければ何でも許されると思っているの!? まぁ許すけど! 顔が良いから!」

「ちょっとアリサが倒れたわよ! とても幸せそうな顔で!」

「いつものことじゃない! 保健委員! 保健委員はどこ!?」



 女たらし扱いはいつものこととして。

 ちょっとアリサのことが心配になる私であった――いややっぱりいつものことかしら。あの子は顔の良い人間(つまりは私)に弱いのだ。





 歓声の上がる場所から少し離れて。

 相も変わらず女をたらしている親友にハルカが呆れたような冷たい目を向けた。


「ほんま、杏奈は顔の良さの使いどころを間違うとるよな」


「ある意味有効活用していますけれどね」


 くすくすと楽しげな笑みを浮かべる佐那。決め顔をする親友や、突然のことに混乱しつつも顔を真っ赤にするリナ、騒がしいクラスメイトたちに、鼻血を出しながら倒れたアリサの姿……。なるほど確かに端から見ている分には楽しい状況だろう。


 ただ、今後の展開によっては楽しんでばかりもいられないのが悩ましいところか。


「まさかリナちゃんを生徒会に誘うとは思いませんでした」


「誘うっちゅうか誘拐やなあれは……。ま~部活勧誘を止めさせるなら一番手っ取り早いんやろうけど。杏奈も意外と姉バカというかシスコンというか」


「ずっと離ればなれで会おうにも会えなかったみたいですから仕方ないですよ」


「ただの美しい姉妹愛なら歓迎なんやけどなぁ。……どない思う? もしかしたら『ライバル』になるかもしれんで?」


「さすがに実の姉は……と思いますけれど、杏奈ちゃんですからねぇ」


「杏奈やもんなぁ」


 変なところで絶大な信頼を寄せられる杏奈であった。


「平穏な生活は望むべくもなし、と」


 ハルカが肩をすくめるのと同時、スマホに着信があった。苦手な相手用に設定した着信音に眉をひそめながらハルカがスマホを起動させる。


「……あちゃ~、もういろんなSNSにアップされとるみたいやで。『待宵リナが転校してきた!』とか『双子のツーショット!』ってな感じに」


「また騒ぎになりそうですね。マスコミが押し寄せてきたのはリナちゃんがデビューした頃でしたっけ?」


「杏奈が雷落として大変やったよなぁ」


「あのときはただの『そっくりさん』ということで不自然なまでに落ち着きましたけど……どうするんです? 今回も何とかしてあげるんですか?」


「何とかしてあげるって……。うちは何もしとらんって。あのときは『待宵リナ』自体があんま有名にならんかったから鎮静化しただけで」


「確かにあのときのリナちゃんはそれほど話題にはなりませんでしたね。毎年毎年コンテストをやっていて『国民的美少女』が誕生するのだから当然かもしれませんけれど」


 今回はどうでしょう、と。なにやら含み笑いをする佐那に対し、ハルカは降参とばかりに両手を挙げた。


「なんもせんでええやろ。杏奈なら自分で何とかするやろし」


「……それは、まぁ、そうですね」


 やはり変なところで絶大な信頼を寄せられる杏奈であった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る