第8話 リナ
「……で? 一体どういうことなんですか?」
学園長用の革椅子を軋ませながら私は目の前の二人に問いかけた。
正確に言えば『目の前』というか『目の下』だけど。なにせ二人は揃って床に正座をしているのだから。
前もって断っておくけど私が強要したわけではない。ニコニコと微笑みながら革椅子に座ったら自然と二人が正座をしたのだ。It's不可抗力。not強要罪。
正直、咲良ちゃんにだけお説教するつもりだったので待宵リナに正座されても困ってしまうのだけれども。まぁしてしまったものはしょうがない。各々の判断を尊重しましょう。not強要罪。
「……ふふふ、見たかいリナちゃん。だから杏奈ちゃんは怒らせちゃいけないんだよ」
「何という威圧感……。まるで芸能界の大御所を前にしたかのよう……」
小声でそんなやり取りをする二人だった。椅子に座っただけなのにひどい言いぐさである。
「…………」
わざとらしく背もたれを軋ませると『びくぅ!』とばかりに真正面を向いて背を伸ばす二人。そこまで怖がられるとちょっと傷つくというか、ちょっとだけ癖になりそうというか……。
なにやら脳内で『ドSやなぁ』『ドSですよねぇ』という囁きが聞こえた気がしたけれど、きっと気のせいだ。あの二人にはそんなテレパシーとか魔法的な特殊能力はない。と思う。
私は微動だにしない咲良ちゃんと待宵リナに向けて微笑みながら口を動かした。
「学園長(・・・)。芸能学科は計画の素案があっただけで、実際には存在しないですよね? なぜ待宵リナが芸能学科に編入できるのですか?」
「が、学園長じゃなくて咲良ちゃんって呼んで欲しいなぁ、なんて」
「うん?」
「んぐっ。……今をときめく大人気アイドルであるリナちゃんが入学してくれれば、来年度はリナちゃん目当ての受験生も期待できるし、リナちゃんから評判を聞いた事務所の子とかも入学してくれるかなぁと思って。芸能学科は入学生がいなかっただけで準備はできていたってことにしちゃった♪」
学園長としての権力を乱用したと。
意外と腹黒い咲良ちゃんであった。まぁ本人(待宵リナ)がいる前で口を滑らせている時点で詰めが甘いというか根は善人というか……。
「……いやぁ杏奈が恐いから自白しちゃっただけなんじゃ?」
ボソッとつぶやく待宵リナであった。こんなアイドル級の美少女を捕まえて恐いとか冗談が下手である。アイドルはできてもお笑い芸人は無理そう――案外できるかしら?
いや『お笑い芸人待宵リナ』の可能性は一旦置いておくとして。
「咲良ちゃん。権力を使って無理を通していると恨みばかり買ってしまいますよ? そもそもあなたは子供みたいな見た目からして舐められやすいんですから、権力じゃなくて人徳で人を引っ張っていけるようにしないと後々苦労するのでは? 今はまだお父様が健在ですから黙ってついてくる人も多いですけれど……」
「わぁい高校二年生(としした)からのガチなお説教だー……。正論過ぎて何も言い返せません。真に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる咲良ちゃんだった。今の彼女は正座しているので、まごう事なき土下座である。金髪美少女(学園長)に土下座させるとかなんだこの特殊プレイ?
現実から目を逸らすように私は待宵リナに視線を向けた。
「で? 待宵リナさんはなぜうちに? うちなんて都心から離れていて仕事もしにくいでしょう?」
「それはそうなんだけど、ちょっとトラブルがあって今の学校に通いにくくなっちゃってねー。事務所に相談したらこの学校を紹介してもらえたのよ」
咲良ちゃんの実家は色々手広くやっているらしく、たしか芸能事務所も経営していたはずだ。その線で紹介してもらったのだろう。
何を隠そう咲良ちゃんは私なんて足元にも及ばないほどのお嬢様なのだ。
今は私の足元で正座しているんだけれどね。
「それで転校を前提に事務所が色々調べたら杏奈が通っているじゃないの! これはもう運命よね! 妹を想う私の心が奇跡を呼び寄せたのよ! ――離ればなれになった姉妹が感動の再会! 時にはぶつかりながらも着実に育まれていく姉妹の絆! そんなときに巻き起こる大事件! はたして二人はこの難局を乗り越えることができるのか!?」
ドラマの見過ぎである。いや待宵リナの場合は出演しすぎである、かしら?
「感動の再会ねぇ? 昨日のアレはどこからどう見ても大失敗でしたけれど、待宵リナさんはどう考えてます?」
「ノーカウントで」
都合よすぎである。
たとえノーカウントにしたところで、さっきの『感動の再会リターンズin学園長室』も大失敗だったのが泣けてくるわね。
「あとね杏奈。そろそろフルネームで呼ぶのは止めてほしいかなぁって。ちょっと他人行儀過ぎない? 敬語じゃなくてもいいからね? まぁお姉ちゃんに対して敬意を表したい気持ちは理解するけれども!」
「はっ」
「鼻で笑われた!?」
「というかいつまで姉ぶっているんですか? 明らかに私がお姉ちゃんでしょう?」
「い、いやいや戸籍上は私がお姉ちゃんだし……」
「わかってない。わかってないですねリナ(・・)。戸籍なんかで姉妹のあり方を定義できるはずがありません。それまでの生き様やら人徳やらお姉ちゃんっぽさやらで姉か妹かを決めるべきです。――つまり、どこからどう見ても私が姉。お姉ちゃんです」
「くっ、そこまで自信満々だとそういうものだと思えてきたわ……。でも私は諦めない! 杏奈に姉と認めてもらって、杏奈から『お姉ちゃん大好き♡』と言わせることが私の人生最大の目標なのだから!」
「……お姉ちゃん大好きー」
「奪わないで人生最大の目標!? せめてもっと感情込めて! 棒読みはやめて!」
せっかく『お姉ちゃん大好き』と言ってあげたのに。贅沢な姉(仮)である。
ちなみに。
せっかくフルネームじゃなくて『リナ』と呼び捨てにしたというのに気づいていないみたいだった。今度からまたフルネームで呼んでやろうかしらね。
私が密かに決意をしていると扉がノックされた。先ほどリナが登場した職員室へ繋がる扉だ。
返事がないのを了承と捉えたのかドアが開かれる。登場したのはうちのクラスの担任、須賀先生だった。いつも眠そうな目をしているけれど決めるときはピシッと決める。そんな先生だ。
「学園長。転校生について少し確認していただきたいことが――」
須賀先生はまず学園長の椅子に座る私を確認し、続いて床に正座する咲良ちゃんを見て、そして深々とため息をつきながら天井を見上げた。
「――学園長。私は理解のある教師を目指していますから『女同士で~』とか『学園長と生徒が~』などと言うつもりはありませんが、せめて特殊なプレイはご自宅でやっていただけると……」
「特殊なプレイって何かな!? 私と杏奈ちゃんはそんな関係じゃないよ! まだ!」
まだって何やねんまだって。
よしんば恋人になる未来があったとしても、土下座プレイは遠慮させていただきたい私である。
誤解されて慌てたらしく咲良ちゃんは前後不覚に立ち上がろうとして――足が痺れたのか盛大にずっこけた。鼻からビターンと。ちょういたそう。
床の上でぴくぴくする咲良ちゃんと、そんな彼女をゴ〇ブリのように見下す須賀先生。なんだこの地獄絵図?
「……杏奈。一体全体どうしてこうなったんだ?」
「え? 私に聞きます? ……まぁ、咲良ちゃんがアホだったんでお説教していたらこうなりました」
「そうか、アホならしょうがないな」
「えぇ、しょうがないですね」
なにやら床から『しょうがなくないよ~……』という音が聞こえたけれどきっと家鳴りの一種でしょう。
やれやれと須賀先生が首を横に振る。
「学園長。当事者であるはずの私が先ほど初めて学年主任から教えられたのですが……待宵リナは私が担任するクラスに編入ということでいいんですね?」
もう先ほどまでの(咲良ちゃんの)痴態をすべて忘れて用事を済ませるつもりらしい。
「う、うんそうだよ。ビックリさせようと思って黙ってたんだ~」
「仕事で驚かせてどうするんですか……。一応確認しますが、子供の成長を考えると双子は別のクラスにした方がいいとされていますし、同じクラスにそっくりな人間がいると教師や同級生が間違えやすいという問題があります。それでも杏奈と一緒のクラスでいいんですか?」
「うんいいよ。だってその方が楽しそう――あだだだだっ!?」
言葉の途中で咲良ちゃんにアイアンクローをめり込ませる須賀先生だった。さすが親戚同士だと容赦ないわね。
アイアンクローを継続しながら須賀先生がこちらに首を向ける。(見た目だけなら)金髪美幼女を片手アイアンクローで持ち上げながらこっち向かれるともはやただのホラーである。
「杏奈。聞いたとおりだ。学園長先生は今まで離ればなれだったお前たちの境遇を考え、これからは少しでも多くの時間を過ごせるよう同じクラスにしてくださった。学園長先生のお心遣いを忘れないようにしろよ?」
あ、はい。そういう建前にするんですね了解しました。
「そ、そうだったんですか! なんというお心遣い……!」
そしてリナはすっかり騙されて感涙の涙を流していた。あなた大丈夫? そんな純情で芸能界を生き抜けるの?
お姉ちゃんとして心の底から心配する私。今度家族会議をするべきかしらと本気で考え始めてしまったけれど、ホームルームの時間が近づいてきたので教室に戻ることにした。もちろんアイアンクロー継続中の咲良ちゃんは見なかったことにして。
ちなみにリナはあとで須賀先生と一緒に来るらしい。
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