第12話「風邪をひいてる時に食べる焼肉って辛いよね」
風月は肉を食べているはずなのに、肉の味を全く感じなかった。
美味しい物を食べているはずなのに、まるで味のないのガムを噛んでいるか、匂い付き消しゴムでも噛んでいるのかのようだ。
空気が……空気が重いッ!!
風月は心の中で叫ぶ。
やはり、怒りに身を任せ、自分が二人に地獄突きなんかをしてしまったのが良くなかったのだろうか?と風月は困惑する。
何故、自分は地獄突きなんかをしてしまったのだろうか?
あんなことをしなければ良かったのでは?
でも、あの地獄突きのおかげで、二人は喧嘩をやめ、大人しくなった……。
それで、今こうしてお肉をご馳走になっているし、結果オーライ!ではないのだろうか?
いや、でも、空気が重くなったのは、明らかにあたしのせいではないのだろうか……というか、あたしのせいだ、絶対……。
うわあああ……。
味のしない肉を噛みながら、風月は脳内で一人反省会を行っていた。
そんな時。
「……んまぁあいい!!!」
屋上に漂う重い空気を引き裂くかのように、瞳は歓喜の声を上げた。
その声に驚く風月と翔子。
肉をゴクン!と飲み込む瞳。
「やべぇ!超、うめぇ!!この肉、超うめぇなオイ!!」
興奮しながら、叫ぶ瞳。
その姿に目が点になり、呆然とする風月。
すると……溜息を吐き、呆れた表情の翔子の口が開く。
「……それはそうだ。何故なら、この肉は最高級Y県米村牛の高級和牛だからな……。レベルが違う」
翔子は薄っすらと笑みを浮かべた。
「おおー!さすがは、Y県の米村牛!!やっぱ、Y県は最高だな!!……それでY県って、どこだ?」
素っ頓狂な瞳の言葉に、風月は椅子から滑り落ちそうになる。
「ここ、M県の隣の県だ……そんなことも知らんのか、貴様は?」
「ああ。知らねぇ」
「威張るな……」
キッパリと言い切る瞳に呆れたつつも、微笑む翔子。
「おい、それより、肉をもっと焼いてくれ!」
「図々しいヤツだな、貴様は……」
渋々ながらも、足元に置いてあったクーラーボックスの中から肉を取り出す翔子。
そして、七輪で熱した網の上に次々とトングで何枚もの肉を置いていく。
手際良く肉を焼いていく翔子の姿を見つめる風月。
心なしか、風月には翔子の雰囲気が初めて会った時よりも柔らかく見えた。
「オイ、眼鏡のお前……」
「……」
数秒間、フリーズする風月。
もしかして、眼鏡のお前って、おまえのことだろうか……?と考えていると。
「お前だ、お前……この中で眼鏡は、お前だけだろう……」
確かに、この三人の中で眼鏡は風月だけだ。
そのことに気づいた風月は。
「あ、え!?あっ、は、はい!!ああっ!そうですね!!眼鏡は私ですね!私は眼鏡ですね!は、はい!!す、すみません!!」
思わず、大きな声の早口で畳みかけるように、何故か謝罪をした。
翔子はそんな風月を見て、やれやれ……と言う。
「……そういえば、お前の名前、聞いてなかったな……。改めてだが、私の名は
自己紹介をする翔子。
風月は深く息を吸い、呼吸を整え、自らを落ち着かせる。
「わ、私の名前は、か、鹿取風月です……。よ、よろしくお願いします……」
唇を震わせながら、自己紹介をする風月。
「鹿取、風月か……。変わった名だな……」
「……ハハハ。よく言われます……」
翔子の言葉に、風月は苦笑いをするしかなかった。
だが……。
「良い名だ……」
「え」
翔子は微笑みながら言う。
驚く風月。開いた口が閉じれない。
「なんというか……こう、優しい響きの良い名だな……」
美しい顔立ちの翔子にそう言われた風月は、思わず顔が紅潮してしまう。
ほのかに微笑む翔子のその表情は、風月にとって、この世の何よりも美しく見えた。
これで二度目だ……。
人から、自分の名前を褒められたのは。
最初に自分の名を褒めてくれた一人目は今、隣で焼肉をがっついているが……。
風月は嬉しかった。
小、中学校の同級生たちや、親戚からも「変だ」と言われ続けた自分の名前を、人から「良い名前だ」と言われることが。
顔を真っ赤にしたまま、風月は翔子に感謝の気持ちを告げる。
「あ、ありがとうございます。桐生院さん……」
すると、何故か、翔子はクスクスと急に笑い出す。
「?」
風月には何故、翔子が笑い出したのかがわからなかった。
しかし……。
「フフッ」
翔子の笑いにつられ、風月も思わず笑い出す。
風月と翔子。
二人は意味もなく、理由もなく、互いに顔を見合って、笑いあう。
何故か、二人とも不思議と温かい気持ちになっていた。
……しかし、そんな和やかな雰囲気を引き裂くように……。
「おーい!桐生院!!肉、焦げてんぞ!!」
瞳が網の上に指を差して叫ぶ。
翔子は笑うのをやめ、慌ててトングで肉を裏返す。
そして、翔子は瞳を睨んだ……。
「オイ、貴様!見ていたのなら、自分でひっくり返せ!!」
「えー。だって、面倒だったし……」
「ひっくり返すぐらい、誰でも出来るだろ!バカか、貴様は!?」
「あん?」
飄々としていた瞳の表情が、一気に険しくなった。
「オイ、お前……今、あたいのことをバカって言ったか?」
「バカにバカと言って、なにが悪い?」
顔を顰めながら、翔子は言った。
「なんだと、コラ……」
もの凄い剣幕で睨みあう瞳と翔子。
「あわわわ……」
風月の赤く染まっていた頬が、だんだん青くなっていく。
さっきまで和やかな雰囲気だったのに、瞳と翔子がまた喧嘩を始めそうだ。
ヤバイ……。あたしは、また地獄突きをしなければならないのか……?
そう思った風月は、この状況を変えようと大きな声を出した。
「あっ!あの!!桐生院さん!!!」
「なんだ!?鹿取!?」
「ひっ!!」
物凄い剣幕で、風月の方に顔を向ける翔子。
翔子の勢いに風月は少し怯んだが、今はなんとかこの状況を変えることを優先した。
「あ!あの!そ、そういえば、なんで桐生院さん、屋上で焼肉をやっているんですか?」
その言葉は風月にとって、苦し紛れに出た精一杯の言葉だった。
しかし、屋上に入ってきた時から、ずっと抱えていた疑問でもあったので、状況を変えるために、空気を変えるために、風月はその疑問を翔子にぶつける。
何故、立ち入り禁止の屋上で、七輪と高級和牛を用意してまで、昼休みに彼女は焼肉をしていたのか?
風月の問いに対し、翔子は実にシンプルで単純な一言を放つ。
「……教室で焼肉をやったら、煙たくなるだろう?」
風月は頭を抱えた。
「どうした、鹿取……。頭でも痛いのか?」
実際に頭が痛かった。
そもそも、なんで、学校で焼肉するんだよ……家でやれよ……と、風月は翔子に言いたかったが、そんなことを言う気力はない。
そして、風月は再び、ある結論を出す……。
ああ……この人も、やっぱり、アホなんだ……と。
鹿取風月、15歳。
諦めと悟りの境地をこの歳で知る。
一方で、瞳は網の上にある焼けた肉をすべてを食べ終えていた。
それに気づいた翔子は叫ぶ。
「ああっ!貴様、いつの間に!!?」
肉を食し、満足げな表情を浮かべる瞳。
風月の目から涙が零れた。
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