第11話「~Awakening~(そして、キミは覚醒した)」
「わけわかんねぇこと言ってねぇーで、さっさとバナナを受け取りやがれ!!」
瞳は大きく叫んだ。
そんな瞳に負けじと、桐生院翔子も叫ぶ。
「断る!今日の私は、黄色がアンラッキーカラー!だから、そのバナナを近づけるな!!」
「んなこと知るか、バナナを受け取れ!そして、肉を食わせろ!!」
「肉はやる!!だが、バナナはいらん!!」
「うるせぇ!バナナ、受け取れ!!」
「断る!肉を食え!!」
「やかましい!バナナ、受け取れ!!」
「黙れ!肉を食え!!」
風月は混乱した。
瞳と翔子……。この二人の会話の意味そのものが迷走し、暴走している。
もはや、常人には理解不能な領域だ。
なので、風月の思考回路は既にショートしていた。
バナナをやるから肉を食わせろと叫ぶヤンキー。
肉を食わせてやるから、バナナを近づけるなという少女。
……。
一体、なんなんだ、これは?
何故、この二人は言い争っているんだ?
考えれば考えるほど、風月の心は徐々にブラックホールのようなドス黒い闇の中へと飲み込まれていく……。
「……ッッ!!?」
だが、風月はギリギリで踏みとどまる。
頭の中に渦巻く混沌をシャットダウンし、しっかりと気を持ち直す。
ここで、風月がしっかりしなければ、このバナナヤンキーと肉少女の無意味な争いと混沌が続くだけ。
風月は両手で思いっきり、自分の頬を叩く。
私が!私が、この状況をなんとかしなければ!!
いつもは長い物に巻かれ続け、周囲の流れに身を任せるがままだった鹿取風月。
しかし、彼女は生まれて初めて自分の意思で運命に抗う。
風月は大きな声で叫んだ。
「や、や、やめて!!二人とも!!やめてよ!!バナナとか、お肉とか、そんな言い争い、無意味だよ!本当に無意味だよ!!二人とも、まずは落ち着いて冷静に話し合おうよ!!!」
その叫びは、風月の心の底からの願いと祈りであった。
しかし……。
「バナナもらえって言ってんだろ!!このアマぁ!!」
「肉を食えと言っているんだろうが!!この怪奇バナナ女!!頭の中までバナナなのか!!?」
「……」
風月の願いと祈りは、瞳と翔子の耳に1㎜も届いていなかった。
「バナナ受け取れ、コラァ!!」
「肉を食え!俗物が!!!」
「……」
しかも、未だにゴールの見えない言い争いを瞳と翔子は続けている。
……精一杯の叫びを聞いてもらえなかった……。
風月の頭の中でカチン!と、なにかがキレる音がした。
「……」
風月は手に持っていた弁当箱の包みを床に置いた。
そして、まるで真っ白な仮面でも被ったかのように無機質で無表情の風月が、瞳と翔子の近くへと向かって行く。
今の風月の辞書に、『冷静と理性』という文字はない。
あるのは……『怒り』。
ただ、その一文字だけだった……。
「ん?」
「むっ?」
言い争う瞳と翔子の間に、無言で割って入る風月。
そして……。
ドスッ!ドサッ!
風月はなんの予備動作もなく、瞳と翔子の喉を目にも止まらぬ速さの手刀で突いた。
その速さは、まるでプロボクサーの左ジャブか、剣の達人が居合で鞘から刀を抜刀したかの如く。
瞳の手からバナナが落ちた。
「グハッ!!」
「ゴハッ!!」
瞳と翔子は予想だにしなかった喉への強烈なダイレクトアタックにより、膝から床に倒れ込んだ。
二人の喉に、物凄い激痛が奔る。
「~~~~~~~~ッッ」
「~~~~~~~~ッッ」
喉を押さえ、声にならない苦痛の叫びを上げる瞳と翔子。
あまりの激痛に、二人は屋上の床を転がり回る。
しかも、声帯がやられたのか、喉から声が出ない。
瞳と翔子は悶絶するしか出来なかった。
「ハァ……ハァ……」
風月は眼鏡を光らせ、二人の喉を突いた自分の右手を見つめる。
その姿はまるで、剣の達人が日本刀で一本の長い竹を三つに斬り捨てた後のような風格と威容だった。
鹿取風月……。
彼女は、ついさっきまで、どこにでも居る普通の眼鏡の少女……だったはずなのに……。
風月は眼鏡を光らせながら言う。
「二人とも……お願いだから、静かにして……ね?」
優しく語りかける風月に、瞳と翔子は恐怖した。
瞳と翔子の二人は思った。
言われたとおりに静かにしないと、本当の意味で、この眼鏡から永遠に静かにさせられる!!
瞳と翔子は喉を手で抑え、声を出さずに(というより、出せない)何度も何度も頷いた。
何度も首を上下に振る瞳と翔子の姿を見て、風月は思う。
まさか、私にこんな力があったなんて……。
この混沌とした異様な状況が、一人の少女の秘めたる力を覚醒させてしまったのだろうか……?
* * *
『
破壊力-D (キレたらA)
スピード-E (キレたらA)
射程距離-E
持続力-E
精密動作性-C (キレたらA)
成長性-A
A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ
能力-眼鏡をかけている。
なにかしらのキッカケでキレると、肉眼では追うことのできない超スピードでの手刀を放つことが出来る。
* * *
鹿取風月が殺人級の手刀を放ってから、数分後……。
「……」
「……」
「……」
名門お嬢様学校『聖ダーミアン女子高等学校』の屋上で今、異様な光景が広がっている。
そこでは、金髪で青いスカジャンを着たヤンキー少女が錆びれた椅子に座っていた。
そして、彼女の隣には、眼鏡をかけたショートヘアーの如何にも真面目そうな少女が傷んだ椅子に腰を掛けており、更にその隣には長い黒髪のミステリアスな雰囲気の美少女がボロボロの椅子に足を組んで座っている。
この見た目的にも、性格的にも噛み合いそうにない三人の少女たちは今、煌々と燃える炭火の入った七輪を囲み、焼肉をやっているのだ。
傷んだ机の上に置かれる七輪。
経年劣化した椅子に座る個性がバラバラの少女たち三人。
そして、焼肉……。
あまりにも異様な光景だ。
黒髪の美少女、桐生院翔子は七輪の網の上で焼かれる肉を次々とトングでひっくり返す。
ジュウジュウと音を立て、だんだん色が変わっていく肉を見めながら、無言でバナナを食べる金髪の少女、剛樹瞳。
異様な雰囲気の二人に挟まれ、居心地の悪さと気まずさを感じている眼鏡の少女、鹿取風月。
一体、なにが起きれば、このような異様な光景が生まれるのだろうか?
「オイ……焼けたぞ」
「……お、おう」
焼き上がった肉をトングで掴む翔子。
食べ終えたバナナの皮を床に置き、茶色いタレの入った皿を持つ瞳。
その皿の上に、翔子は肉を置く。
肉はタレに浸かれると、香ばしい匂いと甘酸っぱい香りを放った。
引き続き、翔子は焼き上がった肉をトングで掴み、風月に向ける。
「ほら、お前の分だ……」
「あ、は、はい……」
風月はタレ皿を持って、翔子から肉を受け取る。
タレ皿の中にある肉を見つめる瞳と風月。
翔子も自分のタレ皿に焼けた肉を置く。
そして……。
「い、いただきます……」
風月のこの一言をきっかけに、三人はタレ皿の中にある肉を箸で掴み、口の中へと運んだ。
「……」
「……」
「……」
モキュモキュ……と、口の中で肉を噛む瞳と風月と翔子。
タレと脂が絡み合う肉の芳醇なハーモニーが、三人の口の中で奏でられていた。
だが……。
「……」
「……」
「……」
肉はとてつもなく絶品。物凄く美味だった。
しかし、それ以上に……。
空気が重い……ッッ!
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