第10話「その屋上焼肉少女はバナナを拒む」
桐生院翔子は、モキュモキュと口の中で牛肉を味わう。
程よい薄さにスライスされた牛肉は歯ごたえがありつつも、とろけるように歯切れが良く、ジューシーな肉汁が甘辛いタレと絡み合い、少女の口の中で美味のハーモニーを奏でる。
瞳は、そんな翔子を羨ましそうに見つめた。その表情には、落胆と羨望が入り混じっている。
もう、すべてがどうでも良くなった風月は心、ここにあらずだった。
翔子は数回、肉を噛むとゴクンと飲み込む。
「うむ……。さすがはお隣、Y県の米村黒毛和牛なだけある……。赤身、脂身……この食感、舌触り、のどごし……すべてにおいて、完璧。パーフェクトと言っても過言ではないな」
翔子は食した肉のその味に酔いしれる。
一方で、瞳は翔子の姿を見て、悔しさのあまり、ヨダレを流しながら歯を食いしばる。
「オイ、お前!ずるいぞ!!一人だけ、そんな美味そうな肉を食いやがって!!!」
刀の切っ先を向けるかのように、バナナを翔子に向ける瞳。
しかし、翔子は全く動じない。
それどころか、まるで道端に落ちている空き缶でも見つめているかのように冷たい眼差しを瞳に向けていた。
「先程から騒々しいな、剛樹瞳……。これは私の肉だ。私が私の肉を食すのは、私の自由、私の勝手だと思うのだが?違うか?」
全くもって、その通りだ……。
風月はそう思った。
だが、解せないのは何故、立ち入り禁止になっている屋上で、わざわざ七輪を持ってきてまで焼肉をやっているんだ?という点は目をつぶるとして……。
ぐ、ぐぅ~。
香ばしい牛肉の匂いに腹の音を鳴らしながら、瞳は叫ぶ。
「おい、てめー、花京院!!さっきから、小難しいこと言ってんじゃねーよ!!タダで食わせろとは、言ってねぇだろ!!バナナやるから、焼肉を食わせろと言ってんだろうが!!」
また、名前間違えてる……。
風月は心の中でツッコミを入れた。
翔子は呆れた表情で口を開く。
「私の名は桐生院翔子だ……。花京院典明でも、『法皇の
翔子の言葉に対し、風月は全くもって同意しか出来なかった。
だが、瞳はまったく納得できない様子で歯をギリギリと食いしばっている。
バナナを握りしめながら、叫ぶ瞳。
「オイ!てめぇ、バナナをバカにするんじゃねぇ!!バナナはな!なんていうか、高カロリーで!栄養があって!そして、なにより……なんていうか、カロリーがあって栄養もあんだぞ!!」
なに言ってんだ、こいつ……。
風月は、思わず口から言葉を漏らしそうになった。
別に翔子はバナナを侮辱したつもりではないのだが、翔子の言葉が癪に障ったのか、瞳は怒りの表情を露わにする。
何故、バナナのことでそんなに怒るんだ?と思う風月。思い返せば、このヤンキー……。自動販売機にタックルしたのも、バナナオーレが買えなかったからだと思い返す。
そんでもって、昼食はバナナ一房だけ。
一体、何故、瞳はそんなにバナナにこだわるのだ?
なにか、理由でもあるのか?
しかし、なにか理由があったところで、風月にとってはどうでも良かった。
瞳は潰れない程度に優しくバナナを握り締める。
「くっ!ひでぇ女だ……。人の目の前で旨そうに肉を食いやがって……うちらには、たった一口にもやらねぇってか……。なんて、冷たいんだ……。いくら時代が令和になったからって、人はここまで冷たくなれるのかよ……」
言っていることが、メチャクチャだ……。
風月は呆れるを通り越して、もうや頭痛すらしてきた。
時代に関係なく、見も知らぬ金髪スカジャンのヤンキーに肉を恵む人間が果たして、この世に居るのだろうか……?
あと、さりげなく『うちら』と言っていたが、あたしも含まれているのか?
「一口で良いから、肉を食わしてくれよー、なー!なー!」
イ〇ンモールでよく見かける親におもちゃか、お菓子をねだる子供のように駄々をこねる瞳を見て、風月は呆れてもはや言葉が出てこなかった。
翔子の方は呆れるを通り越して憐みの目で、瞳を見つめている。
……すると、翔子は大きくため息を吐いた。
「……ハァ。わかった、わかった……。いいだろ、この肉を食べさせてやるよ……」
翔子は、とうとう折れた。
「マジで!!?」
「ええっ!?」
まさかの翔子の言葉に、瞳は目を輝かせて喜ぶ。
一方、風月は「なんで、なんのメリットもないのに、このヤンキーに肉を食べさせるんだ!?」と疑問に思った……と同時に、「自分もお肉を食べていいの?」と風月は心の奥底で思った。
目をキラキラ輝かせ、瞳は翔子の目の前に駆け寄る。
「おおう。お前。いい奴だなー。桐生院ー!」
今度は間違えずに、瞳は翔子の名前を呼んだ。
すると、翔子は再び、ため息を吐く。
「私の名前は、花京い……桐生院翔子だ……間違えるな……」
……間違えてなかったよね、今……。
そう思ったが、風月は聞かなかったことにした。
翔子の前に立った瞳は、バナナの入った袋を翔子に突き出す。
「よし、それじゃあ、このバナナやるよ。ほら」
瞳は自分のバナナを翔子に渡そうとしていた。
そう言えば、瞳は先に「バナナをやるから肉を食べさせろ」と言っていたので、ちゃんと翔子に自分のバナナを渡すつもりのようだ。
一応、ちゃんと筋を通す瞳に少しだけ感心する風月。
このヤンキー。そういうところはキチンとしているんだなー……。
風月がそう思った、その時……。
翔子は苦虫を潰したような表情で口を開いた。
「……。バナナはいらん……」
翔子は冷たく、バナナを持つ瞳の手を払いのける。
その翔子の冷淡な態度に、瞳はキョトンとしながら……。
「……いやいや、さすがにタダで肉を食わせてもらうわけにはいかねぇーよ。いいから、バナナを受け取れよ」
翔子にバナナを渡そうとする瞳。
しかし、翔子は眉間にしわを寄せ……。
「もう一度言うが、バナナはいらん……。肉はやるが、バナナはいらん」
バナナを持つ瞳の手を、まるで蠅でも追い払うかのように翔子は手で避ける。
だんだん、瞳の顔が強張っていく。
「……。いいから、バナナ受け取れって……」
「断る」
キッパリと切り捨てる翔子。
そんな翔子の態度に瞳は、だんだん苛立ってきている。
「なんだ、お前?バナナ嫌いなのか?」
「嫌いではない……」
「じゃあ、受け取れよ」
「断る」
バッサリ切り捨てる翔子に、瞳は額に青筋を浮かべて叫んだ。
「めんどくせー奴だな、おめー!!いいから、さっさとバナナを受け取って、うちらに肉を食わせろよ!!」
メチャクチャな言い分ではあるが、翔子がバナナを受け取らないことに対して、風月も少々もどかしさを感じていた。
瞳はバナナを持ち、声を荒げて叫んだ。
「なんで、お前、バナナ受け取らないんだよ!!いいから、受け取れよ!!!」
すると、翔子はこう言い放った……。
「……。今日の『ルシオ・フルチ式サンゲ占い』で、アンランキーカラーが『黄色』だったから受け取らない。絶対に受け取らない」
……。
翔子の言葉に、瞳、風月は硬直した。
あんなに荒れ狂っていた瞳が黄色いバナナを持ったまま、なにも言えなくなっている。
風月はもう何度目になるかもわからない程に、また頭を抱えた。
……。
よく考えてみれば、この桐生院翔子という少女……。
立ち入り禁止の屋上に居て、七輪で高級和牛を焼いて食べているという行動の時点でおかしかった……。
そして、ようやく風月はハッキリと確信した……。
ああ……。この人も……アホなんだと……。
これが、この黒髪の少女、『
しかし、ルシオ・フルチ式サンゲ占いとは、一体どんな占いなんだろうか?
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