第9話「桐生院翔子の世界(ザ・ワールド)」
この学校の屋上が『立ち入り禁止』になっているのは、経年劣化による腐食や錆、あるいは思わぬ破損などによって、使われなくなった机と椅子、ロッカーや棚などが置かれているためだ。
それらは処分するのに費用が掛かるのと、ゴミ捨て場に置いておくには数が多く、場所を奪うので、屋上に積み重ねて置くということで、とりあえず処理している。
言ってしまえば、屋上はこの学校における不燃ゴミ置き場となっていた。
だから、ここに立ち居られたりすると、積んでいる机や椅子、ロッカーなどがなんらかの拍子で崩れる可能性があって危険なので、この学校では屋上の立ち入りを禁止にしているのだ。
……しかし今、そんな劣化した机や椅子、ロッカーなどが山のように積まれた屋上に三人の生徒が居た。
そのうちの一人は、ボロボロになった椅子に座り、ささくれた机の上に七輪を置いて、なんと焼肉を焼いている……。
* * *
屋上に居た少女は、焼肉を焼いていた。
ただ、それだけのことだ。
しかし、この学校において、その行為は校則違反。もはや、犯罪レベルの行為である。
その少女は切れ長の目をし、肌はきめ細やか。かなり整った美しい顔をし、そして、なにより黒くて長い艶やかな髪の毛が印象的だ。
彼女は風月と同じく、この聖ダーミアン女子高等学校の制服を着ている。
この学校に居て、この学校の制服を着ているのだから、彼女もこの学校の生徒のはず……。
だが、まるで童話の挿絵か、美術館の絵画から出て来たかのような不思議な存在感を彼女は放っていた。
そんな彼女を見て、風月は息を飲み込む。
だ、誰だろ……この、美少女は?
風月がそう思っていると、その黒髪の美少女は七輪の網の上で、白と赤が入り混じる霜降りの牛肉を焼いていた。か細く美しい右手にトングを持って。
牛肉は火に炙られ、煙を放ち、徐々に赤みを無くし、焼き色がついていく。
そして、牛肉からは香ばしくも芳醇な匂いを放たれる。
その匂いに、瞳は、もはや口からあふれ出るヨダレを止めることが出来ない。
な、なんて旨そうな肉なんだ……ッッ!?
瞳の目と心は、肉に釘づけだった。
黒髪の少女は程よく焼かれた牛肉をトングで掴み、茶色いタレの入った皿の上に肉を置く。
すると……。
「ん?」
!?
黒髪の少女は、屋上の扉の前に立っているスカジャンと眼鏡の少女二人の存在にようやく気づいた。
黒髪の少女は、瞳と風月に視線を向ける。
不思議なオーラを放つ少女の眼力に、思わずたじろぐ風月。
だが、瞳の方は少女の手にある牛肉から1㎜も目が離せないでいた。
「……」
だが、黒髪の少女はいきなり現れた瞳と風月を見ても微動だにせず、眼中にないという感じだ。
黒髪の少女は視線を再び、牛肉の方に戻す。
そして、そのまま、右手をトングから割りばしに持ち替え、タレ皿の上に置いた牛肉を割りばしで掴む。
黒髪の少女は今、これからまさに牛肉を口の中に入れようとしていた……だが、その時!!
「ちょっと、待ったぁ!!!」
瞳が大きな声で叫んだ。
その大きな声に、黒髪の少女は手を止める。
風月は瞳の声に驚いた。同時に、近距離で大声を出されたので耳がキンキンとした。
「……」
黒髪の少女は、再び視線を青いスカジャンのヤンキー少女に向ける。
少女の目は、さっきとは異なり、ナイフのように鋭い。
彼女の眼には怒りが籠っていた。
それはそうだ。
これから、牛肉を口の中に入れようとした瞬間、見知らぬスカジャンのヤンキーに止められたのだから。
「……」
気品ある不思議なオーラを怒りのオーラに変え、瞳を刺すように見つめる黒髪の少女。
そんな彼女の怒りを感じ取った風月は震えた。
怒ってる!メッチャ、怒ってる!!
それは、火を見るよりも明らかにわかるお怒り具合だった。
しかし、瞳は一切、怯んでいない。
瞳はじーっと、黒髪の少女が箸で掴んでいる牛肉を見つめる。瞳の口からは、ヨダレがずっと流れ続けていた。
そして、ようやく、黒髪の少女の口が開いた。
「……一体、なんの用だ、私と同じクラスの剛樹瞳?」
!?
風月は黒髪少女のまさかの言葉に驚愕した。
この黒髪の少女が、瞳のクラスメイトだって!?
……だが、よく考えると、そんなに驚くようなことではない。
すると、今度は瞳の口が開いた。
「……お前は、確か、あたいと同じクラスの名前は確か……
瞳が真剣な表情でそう言うと、少女は即座に、
「私の名前は、
と、顔を顰めながら訂正した。
風月はわざとなのか、真面目に間違えたのかわからない瞳に頭を抱える。
だが、この黒髪の少女の名前は『
き、桐生院、翔子って名前なんだ、この人……。
見た目といい、名前と言い、明らかに普通じゃない感じがする……。
なんていうか、『凄味』を感じるッ!!
風月がそう思っていると、瞳は先程からずっと手に持っていたコンビニ袋を前に突き出した。
瞳の手にぶら下がる白いコンビニ袋は、屋上の風でブランコのように揺れている。
風月と翔子は、そのコンビニ袋に目をやった。
「……剛樹瞳……。お前が、その手に持っている袋はなんだ?」
翔子は冷淡に言う。
それに対して、瞳は……。
「これは、コンビニの袋だ」
「見ればわかる」
即座に返答する翔子。
頭を抱える風月。
「ん?」
風月は瞳の持つコンビニ袋を注視した。
コンビニ袋をよく見ると、薄っすらと黄色いなにかが透けて見える。
「ハッ!?」
この時、風月は瞳の持つ袋の中身がなんなのか気づいた。
あの、黄色い色!
あの、まるで三日月のような形!?
そして、あの重量感!?
も、もしかして……!!
風月の額から汗が流れる。
瞳は袋の中から『ソレ』を取り出す。
三日月のようなフォルムをした『ソレ』は、まるで日本刀のように反り、黄色く輝いている。
そして、瞳は刀のように『ソレ』を持ち、黒髪の少女に突きつける。
風月と翔子は『ソレ』を見て、驚愕した。
瞳が手に持っていた『ソレ』は……。
「あたいのバナナをやるから、その肉を食わせろ」
瞳がその手に持っていた『ソレ』は……バナナだ。
風月と翔子は、まるで時間が停止したかのように動かなくなった。
瞳の持つコンビニ袋の中に入った一房のバナナは7本。最初は9本あったのだが、2本は瞳の胃の中にある。
だが、そんなことはどうでも良い。
このバナナの登場で、屋上の空気は異様……いや、混沌とした空間へと化した。
「……」
瞳からバナナを突きつけられた翔子は言葉を失う。
そして、風月は考えるのをやめた……。
考えたところで頭痛がするだけで、無駄だから……。
バナナを持ちながら、瞳はもう一度、口を動かす。
「このバナナをやるから、焼肉を食わせ」
「断る」
翔子は瞳の言葉を断ち切った。
そして、翔子は先程から手に持っているタレ皿の上にある牛肉を口の中へと運んだ。
「ああっ!!?」
牛肉が翔子の口の中に入った瞬間。
瞳は大きく落胆の声を放った。
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