第8話「所詮、この世は焼・肉・定・食」

 廊下に居た生徒達は、金髪でスカジャンのヤンキーと普通の眼鏡少女が立っている異質な空間から早歩きで去って行く。

 きっと、本能が危険だと感じたのだろう。

 瞳はおにぎりか、パンか、弁当が入っているであろうコンビニ袋を片手に話を始める。


「食堂は混んでたし、自販機の前も人で埋まってたし、図書室で食おうとしたら図書委員から、ここでの飲食するな!って言われるしよー。弁当を食う場所がねぇんだよなー」


 図書室で弁当を食べようとしたのか、このヤンキーは……。


「……あの、瞳さん……」

「ん?」

「普通に自分の教室で食べれば良いのでは?」


 別に食堂や図書室、グラウンドに行かなくても、自分の教室で弁当を食べれば良いだろう……風月はそう思った。

 自分の場合は、周りの目が気になるから教室から出たが、別にこのヤンキーなら人目なんて気にしないだろうと。

 だが……。


「そうなんだけどさー。なんか、あたいが教室に居ると、みんな教室から一斉に出ていくんだよなぁ……。それで、教室にはあたい一人しか居なくなるから、静かすぎて落ち着かねぇんだよなぁー」


 風月は頭を抱えた。

 何故なら、教室から出て行く瞳のクラスメイトたちの気持ちが痛いほど理解できたからだ。


「教室で一人、弁当食うのも味気ないし、どこで食おうかと考えてた時に、お前に会ったわけよ」

「へ、へぇ、そなんですか、アハハ……」


 もはや今の風月には、乾いた笑いしか出なかった。

 すると……。


「……んっ!?」


 突然、瞳が変な声を発した。


「ん?」


 予想外の瞳の声に驚く風月。

 そして、瞳は周辺をキョロキョロと見まわし、まるで犬のように鼻をクンクンと動かす。

 いきなり、不審な動きを始めた瞳を見て、不気味に思う風月。


「……どこだ?一体、どこからだ?」


 目には見えないなにかを感じ取った瞳は、真剣な表情で周囲を精査する。


 こ、このヤンキー……。

 もしかして、ここでは書けないような『モノ』を使用していて、見えない妖精とかが見えるのだろうか……。


 そう思った風月は背筋から冷たい汗が流れる。

 ヤバイ……もし、そうなら、本当の意味で関わらない方が良い……。

 危険を感じた風月は瞳に気づかれないよう、静かに後ずさりを始める。

 すると……。


「屋上か!?」

「ひっ!」


 大きな声を出す瞳。それに驚く風月。

 そして……。


「よし、屋上に行くぞ!!」

「え!?え!?」


 突然、瞳は走り出した。


「え!ちょっと、ど、どうしたんですか、瞳さん!?廊下、走っちゃダメですよ!!」


 理解が追い付かない風月だったが、彼女も瞳の後を追って走り出す。

 一体、何が起きたのか?

 いきなり走り出した瞳の不可解な行動が気になった風月は、とりあえず瞳の後を追って走るのであった。


 ……後に鹿取風月は語る。


「別に、このヤンキーについて行かなくても良かったのに、なんで、あの時ついて行ったんだろう……」

(大那だいな書房刊 鹿取風月著『たまに見えない力にコントロールされているような時がある』より。)



 * * *


 一方、その頃……。

 瞳が居ない教室には、多くの生徒たちが戻ってきて、楽しそうにランチタイムを過ごしていた。



 * * *


「間違いない……。ここだ……」


 瞳の脚は『立ち入り禁止』と書かれた貼り紙の貼られたドアの前で止まった。

 ここは、学校の最上階であり、屋上への入口がある場所だ。

 屋上への入口ドアには、『立ち入り禁止』と筆で力強く書かれた貼り紙が大きく構えていた。


「ハァハァ……」


 風月は呼吸を乱し、瞳から少し遅れて、この場所に到着した。

 廊下と階段を走ってきたというのに瞳は汗もかかず、呼吸一つ乱していない。

 一方。体力に自信がない風月にとって、廊下と階段を走るのがとてもきつかったようでフラフラになり、顔中から大量の汗を流し、そのまま床に這いつくばった。心臓が激しく脈打つ。


「いっ、一体、ど、どうしたん……で、ですか……ゲホッ!」


 息切れ切れに話す風月。

 真剣な表情でドアを見つめながら、瞳は口を開く。


「ここだ……。ここから、『匂い』がする……」

「に、匂い……?」


 風月は呼吸を落ち着かせ、ヨロヨロと立ち上がり、自分の鼻に神経を集中させた。

 すると、なんとも言えない香ばしい匂いが鼻孔に入ってくる。


「……?あ、本当だ……凄い良い『匂い』がする……」

「だろ?」


 風月も瞳が感じ取った匂いに気づいた。

 この『匂い』は、この屋上から発生しているようだ。

 ……しかし、何故、瞳は一階に居たはずなのに、屋上からのこの匂いに気づいたのだろうか?


 このヤンキー……ゴリラではなく、犬なのか?


 風月は汗をハンカチで拭いつつ、そう思った。 

 鼻をクンクンと動かし、ドアの向こうから流れ出る『匂い』を嗅ぐ瞳。

 本当に犬みたいだ。


「いい匂いだな、オイ……。こりゃあ、間違いない……『肉』が焼ける匂いだ……しかも、かなり上質な牛肉が炭火で焼かれている……。それに、甘辛く調合されたタレも良い香りを放ちやがるぜ……」


 饒舌に語る瞳を見て、風月はこのヤンキーはゴリラなのか、犬なのか、それともやっぱり人間なのか、ますますわからなくなった。

 だが、彼女の言うとおり、屋上からは嗅覚と胃を刺激し、食欲を湧かせる良い香りが漂い、ジュウジュウと景気良く肉が焼ける音も聞こえる。

 間違いない……これは……。


「『焼肉』だ……」


 瞳の目が輝く。そして、口からヨダレを流す。


「……でも、なんで、屋上から焼肉の匂いが?」


 風月はそう疑問に思った。

 食堂から焼肉の匂いがするのならわかる。

 だが、立ち入り禁止になっているはずの屋上から焼肉の匂いと音がするのは不可解だ。

 でも、実際に屋上からは肉の焼ける匂いと音が……。

 ということは……。


「誰かが、ここで焼肉をしている……!?」


 風月は目を大きく開いて言う。

 まさか、そんなバカな……。

 そんなことをする生徒が、この学校に居るなんて……!!(自販機にショルダータックルをするヤンキーなら居るが)


「とりあえず、中に入ってみようぜ」

「え!?」


 瞳はドアノブに手をかける。


「ちょっ!ちょっと、待ってください!!確かに、なんで屋上から焼肉の匂いがするのかは気になりますが、学校の屋上は入っちゃダメですよ!!」


 風月は焦った。

 この学校の校則には『屋上への立ち入りは厳禁。もし、立ち入った場合は処罰する』とある。

 もし、屋上に入ったのが、教師か、他の生徒か誰かに見られたらどうなるか……。

 しかし、瞳はそんなことも関係なしに、今にもでもドアを開けてしまいそうだった。

 風月は瞳の腕を必死で掴んだ。


「だから、ダメですって!屋上に入っちゃ!!もし、屋上に入ったのが先生たちにバレたら、あたしたち、とんでもないことになっちゃいますよ!!」


 必死の表情で瞳を止めようとする風月。

 しかし、瞳は……。


「別にいいじゃねぇか、屋上に入るぐらいー……。今んとこ、あたいらしか、ここに居ないし」


 確かに、今ここには、風月と瞳しかいない。

 しかし、それでも風月は屋上に入るという校則違反を回避したかった。


「それでも、入っちゃダメですって!!後でどうなるか……」

「バカ野郎!!!」

「ひっ!!」


 瞳は大きな声で叫んだ。

 怯む、風月。思わず、瞳から手を離す。

 瞳は真っすぐに風月を見つめ、その金色の髪の毛を乱し、目と口を大きく開いて、もう一度大きく叫ぶ。


「あたいはな!!今、猛烈に焼肉が食べたいんだよォッ!!」

「……ッッ!!」


 瞳のその叫びは、魂から発した熱い、熱い叫びだった。

 それを聞いた風月は、息を吞んで思う。


 やっぱり、この人、アホだ……。


 瞳は改めてドアノブを握る。

 風月はもうなにも言えなかった。いや、もうなにかを言う気力がなかった。

 そして、瞳は屋上のドアを開く……。

 すると、そこには……。


「……」


 実に、異様な光景が広がっていた……。


「……」


 屋上には、黒い長い髪の少女……いや、美少女が居た。

 そして、その美少女は……。

 屋上で、焼肉を焼いていた。

 七輪で。

 炭火で。

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