第7話「友達居ないぜッ!!」

 聖ダーミアン女子高等学校は午前の授業を終え、昼休みを迎えていた。

 生徒達は教室で弁当箱を開いたり、校内にある食堂、あるいは購買部へ向かったりと、楽しそうにランチタイムを過ごそうとしている。

 ……しかし、そんな中、鹿取風月は一人、机の上で頭を抱えていた。


 まさか、あんなおバカなヤンキーと関わることになるなんて……。


 昨日、出会ったばかりのヤンキー少女・剛樹瞳つよき ひとみから何故か、海に連れて行かれた風月。

 そこで、またもや瞳が自動販売機にショルダータックルをし始め、それを止めていたら、陽は暮れ、辺りはスッカリ真っ暗だった。

 そのあと、バスと電車を使い、2時間かけて帰宅。

 自宅の玄関に着いたのは、午後8時半。風月は帰りが遅くなると両親に連絡するのを忘れていたため、玄関の扉を開いた瞬間、鬼のような形相をした両親が仁王立ちで待っていた。

 そして、そのまま、メチャクチャ説教された。


「ハァ……」


 風月はもう何度目になるかもわからない溜息をついた。

 踏んだり蹴ったりとは、このようなことを言うのではないのだろうか……。

 すると……。


「ねぇねぇ……。鹿取さんと、あの不良ってどんな関係なんでしょうか?」

「しっ!聞こえますわよ!!」


 !?

 風月は声がした方向に目を向けた。

 視線の先には、クラスメイトの女子三人が椅子に座って身を寄せ合い、ヒソヒソ話をしている。

 ヒソヒソ話と言っても、風月の耳に入って来るぐらいに大きな声でのヒソヒソ話だが……。


 ……もしかして、あの三人、私の噂をしている?


 もしかしなくとも、その三人は風月と瞳の話をしていた。

 クラスメイト三人はわざとなのか、風月が見つめているにも関わらず、会話を続ける。


「あの金髪の不良、明らかにアレな人ですわよねー」

「ええ。制服ではなくスカジャンなんて着てましたし」

「しかも、あのスカートの長さ、もはや袴みたいでしたわよねー」

「あんな品のない不良と知り合いだなんて……鹿取さん、大人しそうに見えて、彼女も不良なのでは?」

「しー!声が大きいですわよ。聞こえたら、どうするんです?」


 丸聞こえなんですけど……。


 風月は顔を顰めた。

 ヒソヒソ話を本人の前で堂々と言うなんて、陰湿すぎる……。

 いや、むしろ目の目で堂々とヒソヒソ話をしているので、むしろ、陰湿ではないか……。


 いや、でも、ヒソヒソ話の時点で陰湿だ。


 そう思った風月はいたたまれなくなり、弁当箱を持って自分の席から立つ。

 本当なら、教室で弁当を食べるつもりだったが、こんな場所で食事するなんて無理だ。

 きっと、ストレスでリーバスしてしまうに違いない。

 風月はそそくさと、教室から出て行った。



 * * *


 ピンク色の弁当の包みを持った風月は、ひたすら廊下を歩く。

 そして、またもや頭を悩ませた。


 一体、どこでランチタイムを過ごせばいいのだろう……。

 いつもは教室でランチタイムをしてきたが、もうあれでは無理だ……。

 食堂?いや、食堂で一人、弁当を広げるのはなんか……アレだ……。

 自販機が置かれている休憩スペースか?いや、あそこは自販機が近くなんで、人が集まりやすい。

 それに、何故か、昨日から自販機を見ると胸が痛くなる……。

 図書室?ダメだろ……。

 それじゃあ、校舎から出て、グラウンドで一人、弁当を……。

 ……。


 この時、風月は思った。


 アレ?あたし、この学校に入学してから4日目だけど、もしかして、友達0人なんじゃ……(瞳はカウントしないものとして)。

 いや、もしかしてもじゃない……友達0人ではないか、あたしは!?


 その事実に気づいた風月は、弁当を持ったまま、廊下で立ち止まる。


 クラスメイトにあんなヒソヒソ話をされているし、もしかして、あたしって、クラスでかなり浮いているのか!?


 鹿取風月、15歳。彼女は、かなりの人見知りだ。

 小学生時代は数人ぐらいは、普通に友達が居た。だが、人見知りだった。

 中学時代。この聖ダーミアン女子高等学校に入るため、部活はせずに勉強に専念。

 塾に行くために、帰宅部を選んだ。

 そのため、風月はあまり人と深く関わったことがなく、なによりも凄い人見知りだった。

 だからか、入学してから今日の今日まで、クラスメイトの誰とも普通に会話をしたことがない。

 入学してから、まともに話をしたのは、実はあの剛樹瞳だけだった。


「なんてこったい!!」


 風月は頭を抱え、廊下のど真ん中で叫んだ。

 その大きな声に、周囲の生徒たちが驚き、ビクッとして立ち止まる。

 すると……。


「よぉー、フーゲツじゃねーの」


 ビクッ!!

 こ、この声は……!!

 風月は首筋に水滴が落ちてきたような感覚に襲われた。

 そして、恐る恐る振り返ってみると……。


「お前、なに一人で叫んでんの?」


 金色に染め上げられた長いポニーテール。青いスカジャン……長すぎるスカート……。

 普通にしていれば、普通に美少女な顔立ち……。

 間違いなく、剛樹瞳だ……。片手にはコンビニの袋がある。

 いきなりの瞳の登場に驚く風月。未だに、彼女は瞳に対しての恐怖心が拭えていない(昨日、また自販機にショルダータックルをしたし)。


「つ、剛樹さん!?」


 大きな声を出す風月。

 すると、瞳は露骨に顔を顰めた。


「オイオイオイ、フーゲツ……。あたいのことは名字じゃなく、瞳って呼べよ、瞳ってー。あたいら、もうダチだろ?かたっ苦しいなー」

「は、はぁ……」


 そうは言われても、人見知りで他人との距離感がわからない風月にとって、他人を下の名前で呼ぶのには抵抗があった。

 それに、『ダチ』って『友達』って意味なんだろうか?

 ……。


 アレ?あたし、いつの間に、この人と友達になったのだ?


 風月は混乱した。

 しかし、そんなことにはおかまいなく、瞳の口が開く。


「ところで、フーゲツ。お前、なんで、こんなとこで大声出してんだ?犬のうんこでも踏んだか?」

「……」


 確かに犬の大便を踏んだら大声を出すだろうが、こんなお嬢様学校の廊下に犬の大便なんか落ちているわけないだろうに……。仮に落ちていたら、大惨事だ。

 というか、平然と『う〇こ』とか言うなよ……と風月は思った。

 そして……。


「ん?それって、もしかして、お前の弁当箱か?」


 風月が持っている弁当箱の包みに指をさす瞳。


「そ、そうですが……」


 表情を強張らせながら、風月は頷く。

 そんな彼女の様子を見て、瞳は……。


「……あ。もしかして、お前も、弁当を食う場所を探してんのか?」

「ギクッ!」


 風月は思わず『ギクッ!』という擬音を口に出してしまうほど、ギクッとした。


 変なところで鋭いぞ、このヤンキー……。


 同時に風月の目にも、瞳が持っているコンビニ袋が目に入る。

 さっき、瞳は「お前も」と言っていた。

 なので、もしかして……。


「あ、あの……もしかして、さんも」


 思いっきり顔を顰める瞳。

 イカン!ついさっき、下の名前で呼べと言われたばかりだった!!

 風月は即座に言い直す。


「ひ、瞳さん……も、お弁当を食べる場所を探しているんですか……」

「……おう。まあ、そんなとこ」


 どうやら、『瞳さん』はセーフだったようだ。

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