第6話「お相撲さんと激突した時のような甘い衝撃」
「へっ?」
ヤンキー少女の言葉に驚く風月。
てっきり、カツアゲか、パシられるのかと思っていたが、その意外な言葉に風月は肩透かしをくらう。
「名前だよ、名前ー。お互い、自己紹介がまだだったろうがー」
あっけらかんとした風月を、突くように見つめるヤンキー少女。
そう言えば、そうだった……。
この二人、一緒に二時間かけて海に来たというのに、お互いの名前をまだ知らなかった。
「あたいの名前は、
風月は驚く。
向こうから先に自己紹介をしてきた。
なんてこったい。
つよき……剛樹瞳って名前なのか……このヤンキー少女は……。
名は体を表す……とは言うが、確かにこのヤンキー少女、いつも強気な瞳をしている。
「それで、お前の名前は?」
風月はピンと背筋を伸ばす。
「あっ、はい!鹿取風月と申します!!」
「かとり、ふうげつ……?変わった名前だなー」
「ハハ……よ、よく言われます……」
空笑いをする風月。彼女自身、自分の名前は変わっていると、常々思っている。
両親が自分の子供の名前は風流のある名前にしたいと思い、『
『花鳥風月』……。
『鹿取風月』……。
名字が『鹿取』なんで、ちょっとしたダジャレになっている。
それで、小、中学生時代はアホな男子から、よくからかわれたものだ……。
風月の脳裏に嫌な記憶が蘇る。
すると……。
「風月……。フーゲツか。いい名前じゃん。なんていうか、優しい響きの名前だな、お前」
「え」
剛樹瞳という少女は、風月の顔を見つめ、笑顔でそう言う。
彼女の言葉は、風月にとっては予想外中の予想外。てっきり、からかわれるかと思っていた。
だが、むしろ逆に『風月』という名前を『優しい響きの名前』だなんて言うとは……。
思わず、風月の顔が紅潮する。
「ま、これから、よろしくな。フーゲツ」
そう言うと、瞳はまた海の方に目を向けた。
空はだんだん暗くなってきたが、夕陽のオレンジ色はまだ残ったままで、瞳の顔をオレンジ色に染めている。
……。
風月は顔を紅くさせながら思う。
もしかして、見た目と行動で誤解していたけど、このヤンキー……いや、この剛樹瞳という少女は見た目の割に、純粋で、素直で、優しい女の子なんだろうか……。
すると、瞳はいきなりベンチから立ち上がった。
「アレ?どうしたんです?」
「なんか、喉乾いたから、ジュース買って来る。お前、何飲む?」
「え!?あ、えっと……」
いきなりの問いに、風月は思考を巡らせる。
本当は『いちごオーレ』を飲みたかったが寒いので、ここは普通にホットコーヒーにした。
「ほ、ホットのコーヒーで……」
「苦いやつ?甘いやつ?」
「甘い方で……」
「わかった」
そう言って、瞳は歩き出す。
風月は慌てて、カバンから財布を取り出した。
「あ、待ってください!お金!」
財布の中から、100円玉と50円玉を出す風月。
しかし、瞳はその150円を受け取らなかった。
「いいって!いいって!昼間のお返しだ。あたいのおごりでいいから」
瞳はそう言って、二カっと笑う。
その瞳の笑顔を見て、また風月の顔が赤くなる。
鼻歌を歌いながら、瞳は自動販売機の方に向かって歩き出した。
……。
ベンチに座り、赤くなった頬を両手で触れる風月。
「ど、どうしたんだろう、私……」
風月はいきなり胸の中に湧いて出てきた淡く、切なく、甘い感情に困惑していた。
……なんで、スカジャンで金髪でヤンキーの瞳とかいう少女を見ていると、胸がドキドキしてしまうんだろう……。
行動はゴリラだし、何故かいきなり海に連れてこられるし、やることなすことメチャクチャだし……。
……でも。
自分の名前を『優しい響き』だと褒めてくれた……。
……そして、なにより、彼女の顔を見ると……胸が……。
「まさか、これって……!?」
風月は自分の胸の中に芽生えた気持ちがなんなのか、思わず声に出しそうになった。
……その時だった。
ズガガガーン!!
それは、いきなりの衝撃音だった。
その激しい衝撃音は、風月の鼓膜を貫き、胸の中で芽生えた何かを吹き飛ばす。
この、まるでお相撲さんとお相撲さんが土俵でぶつかり合っているような衝撃音は、昼間に聞いたあの音と同じだ……。
そして、怒声が飛んできた。
「ざっけんなこらー!!自販機のくせに、あたいのことを嘗めやがって!!」
紅潮していたはずの風月の顔が、まるで深海のように真っ青に変わる。
恐る恐る音が響く方に顔を向けてみると……。
「ふざけんな!コラ!!ジュース出せるからって、いい気になるんじゃねぇぞ!!コラ!!」
剛樹瞳が、海辺にある自動販売機に何度も何度もショルダータックルをしていた。
その異常な姿を見て、海に居る老若男女たち全員が、怯え、震えあがっている。
「なにやってんだ、あのヤンキーぃいいいーーー!!」
風月は即座にベンチから立ち上がり、瞳が居る自動販売機の方へと駆け出す。
走りながら、鹿取風月は思う。
……さっき、芽生えた感情はなにかの間違いだ。
絶対にそうだ、そうに違いない。
盗んだバイクで走り出す不良が、子犬に餌をやっているのを見た時のような。
拳銃で人を何人も×したヤ〇ザが、走っているトラックの前に飛び出してきた子供を助けた時のような。
普段、アレなことをしている人が、たまに良いことをしたらすごく良いことをしたように見えてしまうアレと同じだ。
そうだ、そうに違いない……。
絶対にそうだ!!
そう思いつつ、風月は自動販売機にショルダータックルをする瞳を止めに行った。
* * *
……。
瞳と風月が居る自販機から、少し離れた砂浜の上。
黒く長い髪を、海風になびかせる制服姿の少女が一人居た。
「……」
少女は口を閉ざしたまま、瞳と風月のやり取りを見つめている。
その黒髪の少女はミステリアスな雰囲気を漂わせており、その顔は美麗としか言いようがないほど、美しい顔をしていた。
そして、彼女が着ている制服は、風月が着ている制服と同じ……『聖ダーミアン女子高等学校』の制服……。
黒髪の少女は踵を返し、なにも言わず、そのまま去って行った。
* * *
ちなみに、瞳は自動販売機に『一万円札』を入れて、戻ってきたのでキレていた。
※当たり前ですが、自動販売機に『一万円札』『五千円札』『二千円札』『五円玉』『一円玉』は入りません。
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