第13話「chemistryの旋風」

 * * *



「あー。食った、食った、満腹だー!!」


 口元をタレで汚しながら瞳は満足げな表情で、屋上の床に仰向けになった。


「あのー、食べてから、すぐ横になるのは身体に良くないですよ……」


 風月はリラックスモードになっている瞳に注意をする。


「そうだ。食べてからすぐ、横になると胃の中で胃酸が……」

「小難しい話はいいから、いいからー。いやー、食った、食ったー」

「……というか、貴様。ゴロゴロしてないで手伝え……」


 ゴロゴロする瞳を見て、顔を顰める翔子。

 翔子は両手に軍手をし、七輪の中にある炭をトングで掴み、水の入ったバケツの中に入れ、火を消す作業をしている。

 風月も同じように両手に軍手をし、翔子の手伝いをした。

 だが、瞳だけは床でゴロゴロし、ウトウトと今にでも眠りそうだ。


「いやー、美味い肉だったー」

「というか、……。口の周り、汚れているよ」


 風月はスカートのポケットからポケットティッシュを取り出し、瞳に投げ渡す。

 それをキャッチする瞳。


「おっ。サンキュー」


 瞳は受け取ったポケットティッシュで口を拭く。

 ……。


「……アレ?」


 風月は妙な違和感を感じた。


 ……今、もしかして、あたし……剛樹さんのことを、って呼んだ……?


 風月は無意識に瞳をちゃん付けで呼んでいた。本当に無意識に。

 ちゃん付けをされた瞳は全然、気にせずティッシュで口を拭き続ける。

 風月は、うっかり瞳のことを『ちゃん付け』で呼んでしまった自分に自分で驚いていた。

 彼女は今まで、他人を『ちゃん付け』で呼んだことなんて一度もなかったのだ。

 数時間前までは、瞳のことを下の名前で呼ぶのも躊躇ためらっていたはずなのに……。


「どうした、鹿取?なにをボーっとしている?」


 呆然としている風月に、翔子は声をかける。

 すると……。


「あ!ごめん!なんでもないよ、!」


 風月にそう言われ、翔子は「そうか」と言い、片付け作業を続けた。


 ……。

 ……あ。


 風月は再び、驚く。

 今度は、翔子のことを『ちゃん付け』で呼んでいるではないか。

 瞳と同じく、ちゃん付けをされた翔子もなんの反応もせず、ただ片付け作業をしている。

 だが、風月はまたもや自分が、無意識に他人を『ちゃん付け』で呼んでしまったことに驚く。

 小学校や中学校でも、同い歳の女の子を『ちゃん付け』で呼んだことは今までなかった……。

 なのに、二度も、瞳と翔子のことを『ちゃん付け』で呼んでしまった。


「な、なんで……?」


 自分の変化に、風月は戸惑う。

 しかし……。


「オイ。剛樹……いいかげん、貴様も手伝え……」


 翔子は仰向けになっている瞳のわき腹に軽く蹴りを入れた。


「痛っ!蹴ることねーべ!蹴ること!!」

「黙れ、働け」


 瞳は起き上がって、翔子を睨んだ。

 しかし、翔子も負けじと瞳を睨み返す。

 そんな二人を見つめる風月。


 なんで、瞳と翔子のことを『ちゃん付け』で呼んでしまったんだろうか……?


 風月は不思議に思った。

 ……だが、何故か、悪い気がしない。

 むしろ、心地良かった。

 晴れ晴れとした爽やかな気持ちだ。

 ……すると、彼女の中でなにかが弾ける。


「……ハッ!」


 風月は言い争う瞳と翔子の姿を見て、ついに気がついた。 


 ……もしかして、これが『』というものではないのだろうか?


 ……鹿取風月、15歳。

 彼女は今まで人見知りが凄く、人に対していつも心の壁を作っていた。

 だが、瞳と翔子。この二人に対しては、何故か心の壁を作っていない。

 瞳はバナナ大好き自販機ショルダータックルのスカジャンヤンキーで、翔子は屋上焼肉少女という、普通ではないかなりの変人だ。


 ……何故、あたしはこの二人に対して、心の壁を作らず、むしろ心をオープンにしているのだろう?


 屋上の風に髪の毛をなびかせながら、風月は考える。


 未だに、言い争いを続ける瞳と翔子。

 瞳は「オメーは、いちいち細かいことで騒ぐな!」と叫ぶ。

 翔子はトングを持って「貴様には、礼儀と感謝の気持ちというものがないのか!!?」と、怒っている。

 そして、風月は喧嘩をする瞳と翔子を見て、笑う。


 風月はようやく理解した。


 ああ……。

 そうか……。

 きっと、そうだ……。

 ……。

 ……。


 』というものなんだ》》……。


 鹿取風月、15歳。

 この聖ダーミアン女子高等学校に入学し、初めて、剛樹瞳と桐生院翔子という二人の友達を得たことを実感した。

 屋上には、爽やかな風が吹き抜ける……。

 すると、屋上の扉が開き……。


「あ、あなた達、一体ここでなにをやっているんですか!!?」


 カマキリの眼のような形の眼鏡をした女性教師が大きな声で唾を飛ばし、屋上に現れた。

 瞳、翔子、風月は硬直した。



 * * *


 この後、瞳、翔子、風月の三人は教師、教頭、校長、両親の順番でメチャクチャ叱られた。

 立ち入り禁止の屋上で焼肉をしたのだ。

 もはや、校則違反レベルの問題ではない。

 いろんな人たちから叱られながら、翔子は思考する。


「もう少し、煙と匂いの対策をすべきだった……」


 瞳は思う。


「焼肉、美味しかった」


 そして、風月は泣く。

 ひたすら泣く。

 何故なら、泣くことしか出来なかったのだから。

 同時に、こんなスカジャンヤンキーと妖怪屋上焼肉女を『』だと、一瞬でも思ってしまった自分に対して泣いた。



 * * *


 こうして、剛樹瞳、桐生院翔子、鹿取風月の三人は出会った。


 一人はヤンキー。

 もう一人は、屋上焼肉女。

 そして、もう一人は普通の少女。


 本来なら、決して交わることのない三人。

 この三人が交わってしまったことで化学反応が起き、この聖ダーミアン女子高等学校にかってない大嵐が吹き荒れることになってしまうのであった……。

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