第14話「喫茶店とカフェが違うことを最近、知りました」

 『喫茶 フェノミナ』


 M県S市内の住宅街の中にある木造建築のオシャレなカフェ。

 この店のメニューには、コーヒー、紅茶、果実系と炭酸系のジュースがあり、ビール、ウィスキー、ワインと少しだけアルコール類もある。

 さらに食事はカレーライスやオムライス、ハンバーグ、サンドイッチなどの洋食メニューが多く、フルーツパフェやクリームソーダ、アイスなどのデザートも豊富だ。

 喫茶店というよりは、カフェではあるが、店主のこだわりで『喫茶 フェノミナ』と看板を出している。


 この店の売りは、マスター自慢のブレンドコーヒー。香りが良く、苦みとほのかな甘みが程良く、味わい深いと評判だ。

 だが、この店はコーヒーよりも紅茶の方の注文が多い。


 この喫茶店は、鹿取風月お気に入りの店。

 店内から木の匂いがほのかに香り、コーヒーの匂いと合わさって、まるでアロマのように心を落ち着かせる。

 風月にとって、この場所はただ居るだけでも心癒される空間だ。


「いらっしゃいませ」


 学校帰り。風月はいつものように、この喫茶店へとやってきた。

 店内には仕事を終えたサラリーマンや、自分と同じく学校帰りの学生たちが数人ほど居て、風月はお気に入りの窓際の席へと座る。

 そして、オールバックの髪型で、口髭を生やし、白いYシャツを着たチョイ悪親父風のマスターに、好物のいちごパフェと紅茶を注文。

 風月はカバンの中からピンク色のブックカバーがかけられた文庫本を取り出す。

 木で出来たテーブルの上に本を置き、木製の椅子に座りながら風月は思う。


「はぁ~。やっぱり、ここは癒されるぅー……」


 風月は本を手に取り、ページを開くと……。


「オイ!おっさん、あたいはバナナパフェとコーラな!!」


 店内の落ち着いた雰囲気を切り裂くのように、鋭い口調の注文が飛んだ。

 風月は持っていた本を床に落とす。


 ……。


 風月は真っすぐ前を見ると、いつの間にか、同じ席に瞳が座っているではないか……。


「じゃあ、私はステーキ定食で。あとは水」


 さらにその隣には、黒髪の翔子が。


「……」


 風月は頭を抱えた。


 なんで、この二人、いつの間に、あたしの目の前に居るんだぁ!?


 この店には風月が一人だけで入ったはずなのに、何故か、瞳と翔子が同じに席の向かい側に座っている。

 ゆったりと店で、憩いの時間を過ごすはずだった風月。

 だが、もう、それが出来なくなった。

 風月は、瞳と翔子に指をさす。


「な、なんで、あなたたちが、ここに居るんですか……。しかも、いつの間に?」


 プライベートモードが台無しになったので、ちょっと苛立ち気味に風月は言う。

 すると、あっけらかんとした表情で瞳の口が開く。

 

「暇だったから、ショーコと一緒に、お前を尾行してたんだよ」

「ああ。私たち、暇だったんで、暇つぶしに、暇そうな鹿取を尾行し、暇潰しにここに来たというわけだ」

「あんたら、あたしを暇つぶしの道具にするなぁあああーーー!!?」


 風月は全力で叫んだ。

 瞳はアハハと笑いながら。


「まあまあ、いいじゃねぇか。一人で居るより、三人で居た方が楽しいだろ。三人寄れば、紋別市って言うしな」

「言葉の意味がわからない上に、本当に意味がわからない……」


 瞳の意味不明な言葉に、風月は顔を顰める。

 このヤンキーの脳は正常に機能しているのか?

 すると、今度は翔子の口が開く。


「ところで……鹿取よ」

「なんです……」


 視線を翔子の方に向ける風月。 


「さっき、お前が落とした本だが……これは、なんの本だ?」

「ぶべらっ!!」


 風月は口から唾液を噴き出した。

 翔子の手には、先程、床に落としたピンク色のブックカバーの文庫本が。

 これは、さっき、風月が読もうとしていた本である。

 ピンクの本に興味を示す瞳。


「おおっ。なんだ、なんだ?」

「これは、文庫本だな。結構、分厚い」

「なんだ、本かよ……。あたい、本読むの苦手なんだよなー。漫画も読まねぇし」


 瞳と翔子は今にでも、本のページを開きそうだ。

 だが、風月は必死だった。


 ヒュン!


 風が斬れる音がした。

 まるで猛獣が獲物の皮膚を爪で引き裂くかの如く、素早い動きで、風月は翔子の手から本を取り返す。

 唖然とする瞳と翔子。

 あまりの手のは早さに、いつの間に本を取られたのか、翔子も瞳も気が付かなかった。

 ピンク色のブックカバーの本を握りしめ、風月は瞳と翔子を睨んだ。

 鬼ような形相だった。


「ひっ!!」

「ひっ!!」


 怯む瞳と翔子。

 風月は、静かに口を開く……。


「……あなたたち……今度、この本に触れたら……」

「わかった!わかった!!触らない!もう触らねぇから!!」

「落ち着け!落ち着くんだ鹿取!!私は、ただ落ちていた本を拾っただけだ!!中身を見ていない!!」


 命乞いをするかのように、必死で弁解する瞳と翔子。

 二人とも、顔が青ざめ、震えている。


「ハァ……悪ふざけも程々にして下さいよ……」


 風月の顔が普段のおとなしげな少女の顔に戻り、本をカバンの中に入れる。

 この大人しい眼鏡の少女を、鬼へと変貌させたこの本は一体なんなのか……。

 瞳と翔子は思った……。


『この眼鏡の人……。キレると、三池崇監督作品のバイオレンス映画の登場人物より怖い……』


 以前、屋上で喉を手刀で突かれたこともあったし、今後は風月を怒らせないよう、気を付けようと、瞳と翔子は心に誓うのであった。


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