第3話「ヤンキーに餌を与えないで下さい」
* * *
いつの間かに、曇り空はまた青空へと戻っていた。
雲がなくなり、青空が広がる空模様は、まるで今の香取風月の心の中のようだ。
嵐のような昼休みが終わり、教室に戻った風月は窓際にある自分の席に座り、そのまま机に顔を伏せる。
「つ、疲れた……」
* * *
数分前の出来事……。
金髪の青いスカジャンヤンキー少女がバナナオーレを買えずにいたので、風月は仕方なく、彼女にバナナオーレを買ってあげた。
ちゃんと自販機に100円玉を入れて。
風月がこのヤンキー少女にバナナオーレを買ってあげたのは、自販機に1円玉を100枚入れようとする彼女を憐れに思ったからではなく、何度もショルダータックルを受け続けた自販機の方を憐れに思ったからだ。
ヤンキー少女にバナナオーレをあげると、あの鋭かった眼光や、険しかった表情が一変。
年相応の可愛らしい少女の表情になった。
「え!?い、いいのか……お前?バナナオーレを、あたいにくれるのか……」
まるで神を崇めるかのように、彼女は風月に感謝の眼差しを向ける。
「そのバナナオーレはあげるんで、もう自販機にショルダータックルしないで下さいよ……」
風月は呆れながら言う。
ヤンキー少女はバナナオーレを両手で握り、
「ありがとう!どこの誰だか知らない眼鏡の人!!あんた、すっげぇ優しい眼鏡だよ!!本当にありがとう!!ありがとう!眼鏡の人!!」
と、何度も何度も感謝の言葉を贈る。
だが、風月はヤンキー少女に感謝されても、なにも思わなかった。
むしろ、自分よりも自分の眼鏡に感謝しているような言い方だったんで、少しも嬉しくない。
風月は溜息を吐いて、この場から去った。
ヤンキー少女は風月の背中に向け、何度も「ありがとう!眼鏡の人!!」と叫んだ。
……。
自販機から離れ、校舎に戻った風月はふと、自分の足を止めた。
「あれ?そういえば、何故、あたしは自販機に行ったんだ?」
風月は本来の目的であったいちご牛乳の購入を今の今まで忘れていたことを今、思い出す。
* * *
こんなことがあり、まるで苦手なマラソン大会に強制参加させられた時のような疲労感と、話をしたことがないクラスメイトたちと修学旅行で同じ班になった時のような気疲れが、風月に襲い掛かる。
このまま、光の粒子になって消えてしまいそうだ。
ガラガラガラー。
しかし、そんな風月の疲労とは関係なく、教室の引き戸が音を立てて開き、40代ぐらいの女性教師が教室の中に入ってきた。
これから、英語の授業が始まるのだ。
グッタリしながらも、風月は顔を上げ、机の中から教科書と辞書とノートを出す。
「ハァ……」
風月は自販機に居た変なヤンキー少女のことを思い出すたびに、何度目になるかもわからない溜息をつくのであった。
すると……。
ガラガラガラー。
教室の戸がまた開く。
教室内に居た生徒たちと、黒板の前に立つ教師の視線が教室の戸に向けられる。
風月も戸の方に目を向けた。
そして、心臓につららでも刺さったかのような衝撃を受ける。
「失礼しますー。ここに眼鏡の人、居るっすか?」
授業中の教室の戸を開け、現れた人物は軽い口調で教師に話しかけた。
風月は今この瞬間、自分の心臓が止まっているのか、周囲の時間が止まっているか……いや、この世のすべてが停止したような感覚に襲われる。
教室に現れたのは……金髪、青いスカジャン、長すぎるスカートを身につけた少女……。
そう。昼休み、自販機に何度も何度もショルダータックルをしていた、あのヤンキー少女だった。
ギャース!!
風月は心の中で絶叫した。
何故?何故、あのヤンキーが、ここに?
今は授業中だというのに、なんのために?どういう理由で?なにをしに、ここに!?
頭の中がパニックになっている風月。
唖然としている教師に向けて、ヤンキー少女はまた口を開く。
「あのー、あたいにバナナオーレをくれた地味で暗そうな感じの眼鏡をした眼鏡の人を探しているんッスけど、このクラスに居るッスか?」
バナナオーレをくれた地味で暗そうな眼鏡の人……。
それは、きっとあたしの事だ……。間違いない……。
ヤンキーにバナナオーレをあげた地味で暗そうな眼鏡の人で検索したら、きっと、真っ先にあたし、香取風月の名前が出るだろう……。
地味で、暗いという余計な単語が引っかかるが。
それにしても、あのヤンキー……。
どうやら、あたしを探しているみたいだ……。
一体、なんの目的で?
……とにかく、あたしになんの用があるのかわからないけど、関わったら、絶対にろくなことがない!!自販機にショルダータックルしていたし!
もし、あんなヤンキーに見つかったら、一体なにをされるかわからない!!
風月は固唾を呑み、教科書で顔を隠した。
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