第4話「眼鏡オーレの人がバナナくれた」

「あなた!一体、なんなんです!?今は授業中ですよ!早く、自分のクラスに戻りなさい!!」


 教師がヤンキー少女に向かい、唾を飛ばして怒鳴る。

 風月は仮面を被るように教科書で顔全体を隠し、「そうだ、そうだ……早く自分の教室へ戻れー」と心の中で、教師を応援した。

 だが……。


「そんなことより、眼鏡の人を探しているんスよ。このクラスに居ます?」


 ヤンキー少女は教師が怒っているにもかかわらず、風月がどこに居るのかを聞くのであった。

 これにより、教師の怒りは更にヒートアップ。


「あなた!常識ってものがないんですの!?とにかく、自分の教室に戻りなさい!!」

「いや、だから、眼鏡の人が居るかどうかを聞いているんッスよー」


 会話が見事なまでに噛み合っていない。


 あのヤンキー、やっぱりヤバイタイプだ!

 こんなことになるんなら、バナナオーレなんて渡さなければ良かった……。


 教科書で隠した風月の顔から、後悔の念と大量の脂汗が流れ出た。


 と、とりあえず、落ち着け。落ち着くのよ、鹿取風月。

 このまま、ジーっとして、あのヤンキーが去るまで待つのよ……。


 本当なら今すぐにでも、この場から消え去りたい風月だったが、ここで動けば、ヤンキー少女から発見されるだけ。

 ならば、向こうが去るのを待った方が賢明だ。

 このまま教科書で顔を隠して、やり過ごせば、あのヤンキーは勝手に教室から去って行くかもしれない……。

  

「だからさー。眼鏡の人が、あたいにバナナオーレくれて、それであたいはバナナオーレをくれた眼鏡の人を探していて……」

「で・す・か・ら!眼鏡の人も、バナナオーレも授業には関係ないでしょう!!?あなた、言葉通じてるの!?」

「わからねーセンセイだな、あんたー。だから、バナナオーレの人が、眼鏡をくれて……アレ?違うな、眼鏡オーレの人が、バナナくれて……アレ?」

「眼鏡オーレって、なんですの!?」


 激怒している教師と会話をしている内に、ひとりでに脳がショートを起こしたのか、ヤンキー少女の言葉がメチャクチャになってきた。

 これには、教師もクラスメイトたちも困惑している。

 一方、教科書で顔を隠しているため、周りが見えない風月。


 ……なんか会話がメチャクチャになってきたけど、今は一体どういう状況なんだろう……?


 周囲の様子が気になり始めた風月は、教科書をほんの少しだけズラして、ヤンキー少女と教師の方に視線を向けた。

 ……。

 これが、鹿取風月、人生最大のミスだった。

 ほんの少し。本当に、ほんの少しだけ、教科書から顔をはみ出させただけだったのに……。

 そのほんの少しが、あのヤンキー少女の目の中に入ってしまったのだ……。


「あ、居た!そこの窓際の席!教科書で顔を隠している眼鏡の人!お前だよ、お前!!」


 ヤンキー少女は、真っすぐ、風月に指をさす。


「ぶべらっ!!」


 風月の手から教科書が落ち、声帯からは奇妙な声が出た。

 まるで心臓と脳にそれぞれ二発、つららが突き刺さったような感覚に襲われる。


 な、何故!?なんで、見つかった!?


 風月はパニックに陥る。


「おー、居た居たー。探したぞー、眼鏡の人ー」


 ヤンキー少女は、我が物顔で教室内を歩き、風月の元へ向かって行く。


 来るなー!来るなー!!


 半べそになりながら風月は、ヤンキー少女が迫って来る恐怖に耐える。

 だが、ヤンキー少女は風月の目の前に立った。

 教室内に居る全員が、その異様な恰好をしたヤンキー少女と地味な眼鏡の少女に視線を向ける。

 全身から血の気と体温がなくなり、風月はガタガタと震えた。

 ヤンキー少女は風月の机に手を置き、口を開く。


「なんだよ、お前ー。居るんなら居るって返事しろよなー」


 少し怒り気味のヤンキー少女。

 風月は震えながらノートを盾のように持ち、口を動かした。


「あ、あ、あの……わ、わ、私に、な、な、な、なんの用でしょうか……」


 震えすぎて、DJのスクラッチ音のように喋る風月。

 すると、ヤンキー少女は、


「お前、放課後、暇?」


と言った。

 震えながら風月は、


「は、は、はい。ひ、ひ、暇で、で、す、す……は、は、はい……」


と、スクラッチ調で答えた。

 それを聞いたヤンキー少女は笑みを浮かべる。


「よーし。じゃあ、授業が終わったら、遊びにいこーぜ」

「は、は、は、はい……」

「じゃあ、また後でなー」


 ヤンキー少女はそう言い終えると、風月の席から離れ、スタスタと教室内を歩き始める。

 そして、そのまま教室から出て行った。


 ……。


 ヤンキー少女が去って行った姿を、呆然と見つめる教師とクラスメイトたち。

 教室内は、まるでお通夜のように静かで重苦しい空気へと変わっていた。

 呆然としている教師とクラスメイトたちの全員が思う。


 ただ、遊びに誘うためだけに、授業中の教室に入り込んできたのか、あのヤンキーは……。


 そして、教師とクラスメイトたちの視線は鹿取風月に向けられた。

 風月は頭を抱え、発狂したかのように、


「うぎゃー!なんで、あんなヤンキーと遊ぶ約束なんかしたのよ、あたしはぁあああーーー!!アホか!!断れよ!!どんな手段使ってでも、断れよ!!うわああああーーーーん!!!」


と、叫ぶ。 

 教師とクラスメイトたちは、こう思った。


 あの眼鏡の人、あの不良と一体どういう関係?


 黒板に書かれた難しい英文よりも、難しい難問に教師とクラスメイトたちは頭を悩ませる。


 今日の放課後。あのヤンキーと遊ばなければならなくなった鹿取風月。

 一体、どう、あのヤンキー少女と遊べばいいのか?

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