第14話 ハイな俺と爺さんと複雑な乙女のローな気持ち

 突風が吹き荒れる。それは自然に発生したものではない。人工的に生み出されたものだ。高速でぶつかり合う拳と拳の影響で局所的な突風を生み出している。片方は2メートル近くある高身長の爺さん。そして、高身長ながらも爺さんと比べれば小さく見える青年、つまりは俺だ。

その両者が人間で出すことの出来ない速度で拳を繰り出し、突き合わせ交戦しているという図だ。


「お? 鈍ったか? お前さん、もっとキレのあるパンチを繰り出していた気がしたがあれは木のせいじゃったか」


 「ハッ! 言ってろ、ジジイ!」


 己の拳を極限まで素早く動かし、前方に一撃を放つ。これを連続して行うと残像が見えるほどの連撃が繰り出すことができる。この技は肩に力を入れすぎずに丁寧に力を加えて衝撃を腕に逃さずに前方に放つのがコツ。これは先代の爺さんに教わった技。というよりこういう物理的な技しか教えてもらわなかった気がする。


「カッカッカッ! いいのう! やっぱり殴り合いは!」


「おい! やっぱあんた殴り合いたいだけじゃねぇか!?」


「ほれほれ、無駄口叩くと死ぬぞ?」


「だぁー! もう、俺らは死んでるっつう、の!」


 ――結論から言えばこの爺さんは俺の師匠で間違いない。殴り合いの模擬戦をする前からわかっていたがこの爺さんはただ喧嘩をしたかっただけだ。根っからの戦闘狂なのだろう。いや、この死後の世界では誰かと喋るという事も稀有なため、この殴り合いも娯楽の一つと言える。


「右、左、右、左。動きが単調! 誰に教えてもらったんじゃ? そんな鈍くさい動きは!」


「あんたに教わった動きだ!」


「カカッ! 教えを活かしきれんようじゃまだまだじゃのぉ!」

 

 ――爺さんに言われてから神が偽装している場合も考えたがよくよく考えればその可能性は限りなく低い。なぜなら師匠と出会ったのは神がこの死後の世界から追い出した日より後の事だ。だからここまで模倣することはできないはずだ。

そして、一番気になるのは『ワシはこの世界から閻魔の役目を終えて、存在が消滅するんじゃ』とか言ってたのに今、目の前にいるということが一番気に食わない。これもあの神が悪い。そういうことにしておこう。あまり深く考えるとあの神を殺してしまいそうな感情が湧き出てしまう。平穏でいなければ、ならない。


「――じゃから、考え事は性に合わんといっとるだろうが、よ!」


「あぶね! 目潰しは反則だろ!」


「カカカ! そんなもん決めとらんわい!」


「モラルとかねぇのかよ、ジジイにはよぉ!?」


「ないのぉ」


「くたばれ!」


「カカッ!」


 こちらが考え事をしていると爺さんの高身長を活かしたフェイントのパンチからの目潰し。これは酷い。

第一喧嘩や決闘、試合なんかでも目潰しや金的は禁止されているはずだ。というよりやっちゃいけないという暗黙のルールがあるはずだがこの爺さんにはそんな常識ないらしい。


「カカッ! これは? これも? よく避けるのおボケナス!」


「避けなきゃ死ぬぐらい痛いんで、ねっと! ほっ!」


 俺の突きの動きを見てから爺さんは避ける。それに合わせ爺さんは拳を突き出し、一歩間合いを詰める。

この流れるような所作の一連は武人の粋を超えて洗練されている。


 それもそうだ。時間が前にも後ろにも進むこの不安定な世界で何千年と表記するのもおかしな話だがひとまず、それまでずっと研鑽を続けた男の動き武人に収まるわけがない。武神とも呼べるのではないだろか。


「ウラッ! どうしたどうした! 楽しくなってきたぞい!」


「そりゃ良かったなっと! オラッ!」


 爺さんはシンプルな動き。シンプルな技。

悪く言えばどれもが単調で単純な動き。故に洗練されすぎているとこれほど厄介な攻撃はないといえる。

どこに攻撃が来るか分かっているのに速すぎて避けれないからだ。

そこには速度の速さと行動の早さが組み合わさった磨き上げられた一撃の数々が、集中豪雨のように降り注ぐ。

これを丁寧に返すのはお利口さんがやる事。俺はこれに対抗できるように自身を鍛えた。これを捌き切るための技術を体得した。爺さん、先代閻魔が消えてからは長い時間と労力の甲斐は有ったと言える。


 ――豪雨の攻撃が来るのならば、豪雨を凌ぐほどの嵐の攻撃を放てばいい。要するに数撃ちゃ当たるというやつである。



「オラオラオラオラオラオラッ!」


「ウラララララララララッ! あぁん!? そんなもんかよぉ、ボケナス!」


 目の前には爺さんの武力という高い壁があった。それを乗り越えるために俺は修行を続けてきた、なんて言えたらかっこいいのだが、そんな崇高な考えなど俺にはない。

ただ、この爺さんが負け惜しむ姿を見たくてその一心で技術を磨いた。もちろん、閻魔の仕事もしっかり覚えた。並行してやった。頑張ったとも。

だが、その磨き方は倫理観と剥離していてる。なんせ、死人の魂を殴ることで修行の一環にしているのだから。そして、この戦いの勝敗は着かないまま平行線のまま戦いは続く。


「まだまだぁ! くたばんじゃねぇぞ! ぜぇ、はぁ!」


「こいやぁ! クソジジイ! はぁ、はぁ!」


お互いに息が切れ始めてきた。そろそろ、体力の終りが近い。死んでいるとは言え、身体は疲れを覚えないわけではない。疲れは蓄積し、体力は減ってゆく。眠ることが必要無いこの死後の世界に置いてはこの体力の回復という意味で睡眠は大切であるといえる。

一進一退の攻防は鮮烈を極め、互いの拳は当たらなくなってきた。

子供の喧嘩のようにぺちぺちと身体に拳が当たるだけになった頃。


「はぁはぁ……、お前さん、年寄りを労らんかボケェ……」


「ハァハァ……、年寄りがこんな荒っぽい戦いをするかよぉ……」


 体感時間は数分だが、俺と元閻魔の時間は当てにならない。一時間だけだったかもしれないし、一日は経過していたのかもしれない。

時折、寝そべり息を整え、準備が出来たら立ち上がって戦う。この繰り返しだ。

傍から見ればアホに見えるのだろうがこれも案外楽しく、娯楽の少ない閻魔生活では貴重なものだ。だが、なにか。何かを忘れているのだ。何だったか。思い出せないというなら思い出せないで大したことがないのだろう。きっと。


「――……」


「あ、やっべ。完全に忘れてた!」



 通りで視線を感じると思っていたのだ。思い返せば戦っている時爺さんは笑っていた気がした。クソ、嵌められた。先代、爺さんはこれに気づいていたんだろう。視線の正体に気づかれぬようにそっと恨めしい目線で合図を送ると爺さんは盛大に笑い出した。


「カッカッカッ! 嬢ちゃん! ずっと気づいてもらえんで、ほんに可哀想になぁ! カカッ!」


「――別に」


「ごめんなさい!」


 俺はこの時初めて心からの謝罪と土下座をした。立花の事完全に忘れてた。久々に爺さんと会ってテンションが上っていたのもあるし、これがもしも神だったらと思うと意識が爺さんに向くのも理解できるのではないだろうか。土下座の体制から頭を少し上げ、様子を伺うと、ぷいっと顔を逸らされてしまった。


「いや、忘れてたわけではないんだ。いや無いんです。本当。こう、興が乗ってしまったというかなんというか、はい。申し訳ないと思っております。……怒ってます?」


「……別に、怒ってないけど」


 ふてくされた顔。生前の立花を思い出す。あの時も確かあれ、何だったか。いやまぁ忘れたが……これは本気で怒らせてしまった事に間違いは無いようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エンマ様はぶっ飛ばす 麦パン @mugipan00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ