第11話 色々と取り残された私

 「ん~、真っ白。驚くほどなんにもない。上も下もぜ~んぶ平坦。……あの神様、私を一体どこに連れてきたんだ……」


 どこまで行っても真っ白な白亜の世界。享受の神が消え去った後散々歩き回ったが疲れたので腰を据えて休憩することにする。


体内時計で一時間弱。収穫はあった。案外何も無いわけでも無かった。エンマの形をした等身大パネルやケルベロスのケルちゃん人形。パソコン、海老カツ丼、エンマが力説していた(私は聞き流していたが)の赤いスポーツ車や私が目覚めた時に出会った青い人魂のぬいぐるみ。そこに有るもののジャンルは様々だが、予測はできる。なぜこんなに見知ったものばかりが多いのか。それは――。


「私の記憶の関するものが多い。――ということで推測や憶測で言えばここは私の記憶に関する夢の世界に囚われているというのが正解……なのかなぁ~」


 言い切れないのはあくまで予想であり、真実とは限らないからだ。だが、概ね合ってるはずだ。きっと。多分。


「……はぁ」


 腰を真っ白な床に下ろして現在空を見上げるが、そこも天井も白い。何もかも白いので目が痛くて頭が変な病気になりそうだ。ため息も出る。でも、じき慣れると自分に言い聞かせる。


 頬をつねってみたりして起きないものかと試してみたものの結果は頬が痛いという感触だけで自分が夢から覚めるという気配が全くない。先程まで見ていたエンマと享受の神の、おそらくは出会いの記憶。そこでは私の意識があるようでなかった。ぼんやりと空から両者を見下ろすような感じで記憶を覗いていた。それでも今回は違う。


 私ははっきりと起きている感覚があるし、何より視点が一人称だ。三人称ではない。

さらに違う点を上げるなら、


 「ここでも私の記憶が見れないということか。やはり、あの神はクソだな」


 記憶の干渉。これは意図したものではなく、実際は享受の神が見せていた映像記憶だったらしい。

ついでに言えば、私の記憶もこの世界にあるらしいが金庫で十二分に複数施錠されているらしい。これはあまり嬉しくない収穫であった。


 「うん。それだけだ。それだけのために置いていったな、あのクソ神様」


 ペラリと私は青い本のページを読み進める。


 ――この真っ白い世界で唯一私が見つけた記憶にないモノ。それが私が今持っている分厚いゴテゴテに装飾が施された派手な青い本。

享受の神が消え去った後に残された本にはどうでもいいコトやどうでも良く無い事が書かれていた。


 享受の神の直筆エッセイから、宇宙で起こった数々の惑星神の戦争とか興味の引く事柄や、エンマ様の本名、死後の世界の役割、死後の世界、現世での時間軸の動き方、平行世界と螺旋世界の詳細などわかりにくい事も書かれていた。


 そして今の私に直接関係することを目次から参照し、掻い摘むとこうだ。

この世界は私の記憶から構成された夢の世界。起きれば消えるし、寝たらまた入れる特別な空間だそう。享受の神が私が死ぬ前に勝手に享受した一つの権能らしいがそれはともかく。


 この記憶の空間には今まで知って知識にしたものや物体、建築物、人物等が有るだけの世界らしい。まさしく夢と言った感じである。今見えているものは出会った物と人物と動物だけ。記憶だけでなく知識を具現化するとこの真っ白な世界も彩りが増えそうだ。まぁ、彩りを増やしたいんじゃなくて現実世界に起きるのが今の目標だから関係ない。


「目次には書いてないが出れる方法とかも書いてあったりするのがこういう脱出する展開にはお約束のはずだ……お? これかな」


 ゴテゴテの装飾のせいで持ちにくい青い本の巻末に近いところで本をめくるのを止め、内容を読む。そこにはミミズのような走り書きが書いてあった。正直見づらく読みづらい。


「え~、なになに? 『――ではでは、最後に脱出方法を伝授しよう。近くにあるモノで外部と接続できるものがあるだろう? それを使えば戻れる。はずさ! あ、疑わないでね! 親切心だよ。僕だって曲がりなりにも神様。人を助け優しくしていくのが基本。今は、死ぬために例外的に厳しくしてるだけだから勘違いしないでよね!』と……あ、はい」


 少し引いた。ツンデレっぽい口調が特に。でもまぁ脱出方法があるならとりあえず試してみることにする。外部と接続できるものは確か――、


 「あった、あった多分これかな」


 パソコン。唯一私が死後の世界で触ったことがあって妙に身体に馴染んだ家電だ。


 モニターとパソコン本体が接続されているタイプではなく、単体で動くノートパソコンなのでコンパクトかつ扱いやすいから重宝しているとはエンマ談。私は使えたらどっちでもいいと思って聞き流していたがこんなところで役に立つとは。振り返ると聞き流しすぎでしょ、私。


「ではでは、ぽちっとな……ん?」


 パソコンを立ち上げるために電源ボタンを押す。……電源が着かない。

少し、時間を置いて何度も試すが電源が入るような素振りがない。


「まさかまさか私戻れないの? あの神騙した? やっぱクソだよ、あの神様信用ならんよ!」


 なんとかなるだろうと楽観していたが、ならないと思うと焦りに焦る。ノートパソコンを持ち上げ喚き散らすが電源が入らないものは入らない。

 困りに困り果てた先に気づく。私はとんだ間違いを犯していたことに。

このパソコンに電気を送る必要があるのではないかと。この後ろから伸びてる黒い線に電気を送る為にコンセントを差す必要があるんじゃないかと。


「あ~……なるほどね。そうだよね。いくらバッテリーがあるからってパソコンはコンセントに接続しないと駄目だよね~、あははは」


 乾いた笑いが出るし、普通に恥ずかしい。エンマに見られたら笑われていることだろう。こういうところはオリジナルの立花の性格なのだろうか、それともクローンの私のオリジナルなのだろうか。


「考えるとややこしい。いやいや、考え込んでは駄目。――私は私。自分ををしっかり持とう。でも、こんな世界にコンセントなんてあるわけ――」


 ……と思っていたが、


「――あるんかい」


 ここは夢の世界だ。なんでも思えば出てくる。想像すれば知識から食べ物や飲み物を生み出せる。便利だが、所詮は夢だ。どれもが幻で実体が無いというのが悲しいところではある。


「電源ヨシ。これでどうにかなるはず……」


 パソコンを起動すると操作していないのにいろんなサイトやタブが開いたり、閉じたりを繰り返し、警告音や注意音が鳴り響き、画面の中が大変なことになっている。ノートパソコンを持ち上げた影響か、この夢の世界ではおかしくなるのかそれとも――。


「って、ますます画面がおかしくなってる!? やばい? これはあれかな? ウイルスに感染したとかかな? どうしよどうしよ? ――ってお?」


焦るとなんとも愚かな光景に見える。だが、そんな画面の騒ぎは暫くして落ち着きを見せた。一瞬、画面は真っ黒に代わり、中央に白い文章が表示される。それは見慣れた日本語ではなく、英語での文章。


【ESCAPE? ▷YES/NO 】


 そこには、英語でエスケープと書かれており、カーソルは動かせるらしくイエスかノーで選択できるようだ。


「なんか怪しいけど、選択肢は“ノー”か“イエス”だったら“イエス”を選択するしかないかなぁ。あとは、あの神様が要らない要素をこのパソコンに仕込んでいないことを祈るしかない!」


 ――私はここから出たらエンマに聞きたいことがある。これまでは何となく自分が死んで記憶が無いのも私が何者なのかもエンマに教えてもらってばっかりだった。

エンマは私の生前、いやオリジナルの事を知っている。それは享受の神がエンマの記憶をコピーして私の過去を言っていたからではなく本物のエンマも知っているという女の感がそう告げているから。


「まぁ、この感が合っているかどうかはエンマ様のみぞ知るって感じかな。――よっと!」


 後は成るように成れという勢いに任せて、『YES』にカーソルを合わせ、マウスをクリックする。


 光に包まれ意識が薄れていく。夢から覚めるのに寝る直前の微睡むようなあの不思議な感覚。

温かい水の中、ゆっくりと白い世界から私の意識は剥がされてゆく。


 ゆっくりと目を閉じ、開けばそこは元の死後の世界。


 エンマがいて、ケルちゃんがいるあの家に。短い間だけど安心できるあの場所に戻れるように願いを込め目覚めの眠りに落ちゆく。


 最後にパソコンの画面が視界の端に見えた。目を閉じようとしていたのになぜかその瞬間に目は意識はそこの引っ張られた。


 画面は黒から白へと移り変わり、文字から画像、そして乱れた映像へと切り替わる。


「……?」


 考える暇もないその刹那であるはずだ。なのに、目を逸らせない逸らしてはいけない気がした。映像に移る少女の顔は私の知らない少女であった。いや、見たことがある気がする。でもどこで? 古いビデオ映像のような画質だがその少女の神は綺麗な銀髪の少女で――。


『私――は――。――どうか、兄――を連れてきてね』


「え?」


 謎の少女がノイズ混じりにそれだけ呟くと画面は消え、私の意識も落ちていった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 ――考えることが多い。ここ最近はずっとそうだ。いや、記憶がないから記憶が始まったときからずっと考えている気がする。


 私の過去……はもういいや。この記憶は立花のモノ。知りたいし、気になるけどもう封印されたままでいい。私が先の人生を。死んではいるけどここから新たな人生を歩む為に“立花”ではない新しい名前を決めたい。

 でも、自分で名前を決めるよりはエンマに付けてほしいかな。理由はわかんないけどそうしてほしいと立花、いや“私”がそう思うから。これは私が決めた初めての決断。はじめの一歩というやつである。


 そして、あの神のことをどうするのか。これはエンマに聞いて、相談しなくてはならないと思う。


目覚めてからも私の考えることはキャパオーバーである。でも、幸いにも考える時間はたくさんある。死んでいるからこそ有り余る時間の余裕。素晴らしい。素晴らしいのだが……。


「誰もいない!? あのクソ神様もエンマ様も!? ――と慌てるな、まだ慌てるような時間じゃあないぞ私」


 驚愕である。私は目覚めると誰もいない記憶のガラス玉と浄化の泉だけが残る忘れ物センターの地下、鍾乳洞の洞窟で一人ポツンと取り残されていた。焦る。ここも記憶と夢の世界ではないかと。一先ず、記憶を整理する。焦るのは慌てるのはそこからだ。冷静にいかなくては。


 私の記憶のよれば、泉から享受の神様が現れて、エンマ様が牙を向いて叫んでいたところからの記憶が無い。そこから、あの記憶の夢の世界に行って不思議な少女を見て起きた。ということではあるのだが、


「……え~、まさか帰った? 私が起きないから帰ったというパターンですか?」


 考えに考えたが結論としてエンマに対する欺瞞や疑心が湧き上がる頃、ドゴォ! という爆音が上の方向から聞こえる。


「え?」


 それは一回ではなく、何度も、何十回も音は断続的に聞こえる。わずかに地下の鍾乳洞はゆれ、天井の鍾乳洞のつららは今に落ちてきそうだ。


「――うわ、こわ! ここにいると串刺しに成るかもしれない……それは物凄く痛そうだ。とりあえずわからないけど行ってみるしかないか……」


 ガバッと起き上がり、天井の氷柱と揺れに注意しながら、地上を目指す。階段を下ってきた時とは違い、登るのはめちゃくちゃしんどい。


「ぜぇ、ぜぇ」


壁に手を付きながら、なんとか登り切る。息は途切れ途切れで自分の体力の無さに辟易した頃。そこには、エンマと知らないお爺さんが殴り合いの取っ組み合いをしていた。


「え~? なんで? どういう事なの?」


 私の疑問の声は、二人の殴り合いの衝撃波によってかき消えていった。――まだ考えることは増えそうだ。

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