第13話 終わらぬ戦いの最中、やはり睡魔が勝つ
「うわぁ、凄い風圧」
私の髪は後ろになびき、顔の輪郭も心なしか風の影響で歪んでいる気がする。
台風や風が無いはずのこの世界でなぜこんな風圧が起きているのか。それは目の前の光景に答えがあった。
「オラオラオラオラオラオラッ!」
「ウラララララララララッ! あぁん!? そんなもんかよぉ、ボケナス!」
白色の髪で長髪の背高い若い男とそれよりもさらに高い身長の灰色髪のオールバックのお爺さん。この両者が私の目の前で両の拳を振り回し、残像が見えるような速度で殴り合っている影響でこの風圧は発生している。見た目は両者とも人間だがその光景は化け物と形容する他なかった。
「――ていうか、聞きたいこととか有るのにこれどういう状況なの?」
私の疑問に答えてくれる存在は未だ眼前にて拳を振るい続けているのだった。
頬は血に塗れ、上下の服は拳が掠っただけで破け、それでも両者は声を張り上げ重低音の咆哮を響かせる。それは、野生の獣の縄張り争いのように見えた。
どちらも一歩も譲らぬ戦い。
正直、なんで戦っているのかとか、そのお爺さん何者? とか思うがひとまず心の中で面識のある白髪の若い男、エンマを応援しておく。
「頑張れ~……なんか恥ずいな」
口には出してみたがなんか照れる。いや応援してどうする。照れてどうするんだ私。目的は話を聞くことだろう。
「はぁ、声も届いてなさそうだしなぁ……、かと言ってあの鮮烈な現場に『はいはい、喧嘩止め!』とか言っても拳と拳の間に挟まれて死んじゃう。いや、もう死んでるけども」
――ここは、忘れ物センターと呼ばれる場所。果てしなく続く芝生と同様に果てしなく積み上がった山々はすべて、生前の人々が忘れていった【思い出の品】と呼ばれる記憶の忘れ物が置いてある場所。それは車であったり、人形であったり、大きな城だったり様々な物が雑多に山積みにされている。私はそこの地下にある【記憶の保管所】と呼ばれる鍾乳洞の地下世界から考え事と覚悟を引っ提げ、そして地上の爆音にビクビクしながらたどり着いたら目の前の現状。惨状。私、どうしようというのが現状である。
その丁度、正面にある【三途の川方面】とデカデカと書かれた文化祭レベルのゲート。その眼の前
で、お互い歯を剥き出して笑いながら殴り合ってる男達と笑えない私。
「しっかし、どれだけ声を張り上げてもあの男たちの雄叫びより弱いんだな私。声帯が雑魚なのか、あの男たちが異常なのか……」
一応、声は掛けてみたのだ。『あのー』、『おーい!』、『ねぇ! これどういう状況!?』。どれも空振り。身振り手振りで、アピールしてみるも男二人は喧嘩をするのにどっぷりハマっているというかトランス状態のような感じで私に見向きもしない。
……あ、お爺さんがこっちに気づいた。しかも、なんかウィンクしてくれた。これでエンマに私が起きたことを教えてくれるだろう。私はそっとサムズアップでお爺さんのウィンクのお返しをした。
「……いや、伝えてくれてないんかい!」
おもわずツッコミを入れる。三角座りで観戦してるがかれこれ1時間ほどは経っている気がする。私が起きる前から喧嘩していたと考えるともしかしたらもっと長い間戦っているのかもしれない。時折聞こえる両者の罵声は凄まじい。
まだまだ喧嘩は続きそうなので私は一端あの喧嘩は放置し、その間に考えなければいけない事を頭の中で整理していた。一つ一つ順に整理していく。
太陽があるようで無いくぐもった空。いつもは生ぬるいこの死後の世界だが、今は違う。扇風機の首振り機能のように時折身体に当たる涼しい風がある。風というより突風に近い風圧がビシバシ身体に当たる。少し、痛いけど涼しい。でも喧嘩は暑苦しい。いやいや、そんなことはどうでもいんだ。本題を考えねば。
――私がここですべきこと。それは立花の記憶を取り戻すことではないことはわかった。
これは確実にではなく、何となくわかった感じだ。
あの白い夢の世界で享受の神とか言う蛇まみれの龍面の神様は私の記憶を取り戻させないというより、遠ざけている感じがした。
わざと言葉にせずにあの分厚い装飾の青い本で記憶は厳重に鍵を掛けていると書いてあったのも、そこは君の道じゃないという優しさや親切心、ではないか。あの神様だし。恐らく違う意図があるのだろうけど私には情報が足りないし、あんましあの神様と関わりたくない。
もしかかしたらあの記憶には立花というオリジナルの記憶以外に重要なモノが封印されているのかもしれない。それこそ、神に関する重大な弱点とか嫌いな食べ物とかそういうやつが。
「さて、私は私。これは覚悟したし、過去を乗り越えて私は次の人生を生きる為に生まれ変わる必要があるというのもわかった。けど、それには障害があるんだよなぁ」
そう、三途の川の向こう側までいかなければいけない。エンマが殴って向こう岸に人魂を飛ばし、輪廻転生装置による転生させるので、そこまいかなくてはならない。
私の知識にも死後の世界には三途の川は死者が渡る川として記憶されている。過去の記憶は無くて、知識だけ有るのはなんか頭の中に中途半端な辞書が有るような変な感覚だ。これは私にしかわからないだろうけど。
「私版ウィキみたいなものだな。中途半端な知識しかないから役に立つかは別として」
一先ず、向こう側に行く方法にはエンマに殴られてぶっ飛ばされると恐らく行けるとは思うが、痛そうなので出来れば別の方法を試してほしい。
「う~ん。知識には奪衣婆によって衣類を剥ぎ取られ、六文銭を払って船で渡るらしいけど、そのお婆さんもいないし、そもそも六文銭なんて持ってないし、何円かもわからない。というかあそこに船なんてあるのかな? ……あ! いや、車があるなら船もあるか。どっから出してたっけあの車……ムムムム」
眉間にシワを寄せて考えて、ポンッと手を付き、思い出した。そういえば、空中からボンッと車を出してた気もする。実際に触って乗ってきたのだからマジックや幻術の類ではないだろうし、エンマの力の一端なのかもしれない。
もはやこんな神様や閻魔様が出てくるなんでも有りの世界にいるのだからこの際なんでもできると思ったほうがいいのではないだろうか。というか、あれは何なんだろう空間があの近未来の猫型ロボットのポケットのように四次元につながっているのだろうか。
「ふんふん。さて、あとは気になることはエンマ様の過去やあの女の子、そして目の前のお爺さんか……」
エンマはなぜ、ここに来たのか。なぜ閻魔という役職をしているのか。あの記憶の映像では拷問より酷い状態で神と対話(神による一方的な話)をしていた。あれの前後が有るはずだがそこを深く聞くのも気が引ける。ので、これは後回しにすることにする。それとなく聞いてみれば話してくれるだろう。
起きるあの刹那。あの少女の顔。見たどこかで見たような銀髪の少女だった。たしか、兄さんとか言っていた。それは覚えている。物凄いノイズ混じりではあったが聞き取れた。
兄がいるってことは妹であるということ。……妹といえばエンマの記憶で出てきたあのぐったりとして動かなかったあの女の子しか思いつかない。
「いや、まさかね。そんな偶然ないない」
手を振り、否定する。もし、これが本当ならエンマはどう思うだろうか。死んだ妹に会ったと言うとどう思うだろうか。――もしも私が同じ立場ならそんな事言われても心が痛むだけ。
「うん。これは私の心の中にしまっておこう」
気がつけば風圧は止んでいた。そして顔を上げて気がつく。二人の気配が無いというより希薄になっていることに。
視界の端で行われていた喧嘩に決着がついたのだろうか。目を向けると男二人は大きな笑い声を上げての転がり、立ち上がり、また殴り合っていた。
「えぇ……」
結局、最後まで私は割り込めまま無為に時間だけが過ぎていった。
その後時間は測ってなかったが数十時間は戦い続けていたと思う。私はその間寝ていた。見てるのも暇だから。芝生の上での昼寝は案外気持ちのよいものだった。
また、あの夢を見るかと思ったけどそんな事はなかった。出たはいいけど入り方を調べるのを忘れていることに気づくのは私が起きてからのお話になる。
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