第4話 その瞳はもふもふで (エンマ視点)

 この世界には昼夜の概念や時間の概念がない。

人間としての行動を保つために睡眠や起床を繰り返すがそれはあくまで人間のフリをしているだけでもう俺は人間ではない。閻魔という役職に縛られた人外だ。

 だが、立花は違う。あいつは人間だ。と言いたいところだが神の気配を纏っていたから人間ではなくなっているのかもしれない。だから、確かめないといけないのだ。こいつが本当に人間かどうかを。だから、昨日から探りを入れているのだが……。


「おはようございます。そういえば枕が高くて眠れませんでした。美貌が崩れたらどうしてくれるんですか?」


「知らん。そもそも死んでるんだから関係ないだろ」


「うーわぁ、今全世界の寝不足で悩んでる女性を馬鹿にしましたね! ぺむ」


「してねぇよ。てかぺむってなんなんだ?」


「ぺむ」


「説明をしてくれ」


 この調子だ。おちゃらけてるようで何考えてるのか全然わからん。

生前はこんなに変なやつじゃなかった……いやこんなだったか。神の影響かなんなのか。

――俺はまだ疑っている。こいつの気配に神の気配が混じっている。俺の権能である【八薙神】。これは三つの能力が混ざった代物でその一つに嘘や罪、真実を見通すことができる【八咫鏡】という力がある。これで覗き込めば何かを隠していてもすべてわかる。

これが偽物の六花で中身が神なら俺はこいつをぶっ飛ばす。

だがもしも、こいつが本物であるなら俺はもう二度とこいつを死なせない。


「――おぉーい」


「んぁ? あぁ悪い聞いてなかった」


「しっかりしてください。ほんとに忘れ物センターに行けば私の記憶が戻るかの話。しっかり聞いてね」


「あ、はい。じゃねぇ。なんで時々タメ口なんだ。俺のほうが歳上だろうよ」


「私が若者だからね。タメ口は仕方ないよね」


「全世界の若者に謝れ」


 手を振りやれやれといったポーズを取る六花。こいつ本当に記憶ないんだろうな。やはりそんな疑問が湧き上がる。ここは探りを入れてみるか。


「こほん。あー、お前は神を知ってるか?」


「え? なになに? 宗教勧誘はお断りですよ」


「そんなんじゃねぇよ。――神に会ったことはあるか。ソレだけを聞きたい」


「そんな私がいくら電波っぽい性格だからってそんな体験してるわけないじゃないですか」


「うるせぇ、いいからこっちの眼を見ろ」


「――――」


 俺は見極めなければいけない。こいつを、六花を守るかどうかを。

俺の赤い瞳が六花の茶色い目に映る。ゆっくりとこの世界で流れないはずの時がゆっくり経過してゆく。

一刻、また一刻と。


「会ったかとな、ない……と思います」


「そうか。わかった。悪いな。変な事聞いて」


「……い、いえ」


 【八咫鏡】で見たところ嘘はないが、この立花の存在が異質なモノであることが判明した。だが、これは当人が記憶を取り戻した時に話したほうが良さそうだ。

 ところで熱でもあるのか六花の顔が熱い。まるで熟した林檎のようだ。熱を計ろうと六花の額に手を伸ばす。

 だがひらり、と躱される。いつも思うが猫みたいに避けるよなぁこいつ。


「おい、熱でもあるんじゃねぇのか? まぁ世界では病気にもならんか……、――んで、大丈夫か?」


「……ぺむぺむ」


「大丈夫ってことでいいだな……?」


 静かにうつむく六花に調子が崩される。崩されっぱなしだ。

こいつは神の気配を擦り付けられただけで神ではない。それがわかればいい。だが、神が何かを立花の身体に何か仕込んでる可能性がある。それは立花が記憶を忘れてる、もしくは思い出せないようにされたとか可能性はいくらでもある。

そうなると忘れ物センターにある可能性は少ないが、少ないという可能性だけでは物事を測れないから行ってみるに越したことはないだろう。


「よし、準備しようか。忘れ物センターに忘れ物を取りに行くぞ」


「……あ、はい。い、行きましょう」


「なんか距離遠くね?」


「男女の距離感です」


「それは傷つく距離感だぞ」


 微妙に距離を離されているがそれはともかく行ってみるしかない。思春期というやつだろうか。わからない。生前も立花を理解したことは無かった気もする。

となるとあとは死者の魂を管理するための留守を任せなければならない。


「おーい、ケルちゃん!」


ドタドタ、ジャラジャラと家の二階から音が聞こえる。


 階段を下って現れたのは一匹の犬。

犬種は秋田犬。その姿は紛れもなく日本犬である。


「わ~! かわぁああいいい! エンマ! この子うちの子にする!」


「馬鹿。俺の家の子だ。」


「むぅ~」


 六花は少しむくれているが、ケルちゃんが近づきお腹を見せればすぐに機嫌を直し、お触りタイムに突入した。だが、まぁ触るだけなら大丈夫だろ。


「よ~しよし、ここか? ここがええんか」


六花はケルちゃんの体を顔から背中、お腹まで無遠慮に触りまくっている。

まぁケルちゃんはこの時間帯の姿だとおとなしいはずだから大丈夫――いや駄目だ。めっちゃ腕噛まれてる。


「わー! ごめんごめん! 話してたもー!」


「お前が触りすぎたからだろ?」


「痛たた。ふぅー、ふぅー痣になってない?」


「なってない、なってない。んで、ケルちゃんあとは人魂達の警護と監視を任せたぞ」


「ハッハッ! わふぅ!」


 俺の言葉を聞いてすぐに六花の腕から離れ、目線をこちらに向けおすわりをするよく出来た忠犬である。


「あぁよく見れば跡がついちゃった。完全に歯型が残っちゃった」


「まぁそれだけで済んでよかったな。犬の噛む力は凄いからな、最悪腕が取れるかも、ははは」


「怖いこと言わないでよ……」


 俺の乾いた笑いで信憑性が増したのかケルちゃんとは凄い距離を取っている。まぁ

自業自得の部分もあるだろう。


「――で、その子なんでケルちゃんなの?」


「そりゃあこの子がケルベロスだからだろ」


「ん?」


「え?」


 少しの沈黙。俺は何か変なこと言ったか? ケルベロスだから略称、愛称でケルちゃん。悪くないはずだ。ネーミングが安直すぎたのか。


「いや、でもその子秋田犬なのでは?」


「あー」


 そうか。ケルちゃんのこの姿しか見てないからこういう反応になるか。おそらく立花が想像していたケルベロスはこう頭が三つ首の獰猛な死後の番犬というイメージ。


「説明すると長いんだがまぁ百聞は一見に如かずって言うだろ? なぁ?」


「わふっ! グガガガガガガガァ!」


「わわわ!」


 俺の目配せに気づいたケルちゃんが本当の姿を表す。

白い煙がケルちゃんの周りに現れ、青い火の玉が二つ首の周りを飛び回っている。

そして、最も特徴が変わったところで言えば……。


「……な」


 驚く六花。ソレもそのはずだ。この姿は。俺の前でしか見せない特別形態。最強の形態だ。


「……なな」


 最強のケルベロスの姿なのだから!


「なんて可愛さ……! もふもふ感!」


 それは冬毛にフォルムチェンジしたむちむちで、もふもふの冬毛と青い火の玉がケルベロスの周りに舞い飛んでるプリティな柴犬ケルベロスの姿。

それは六花の心を掌握し、俺の心も満たしてくれるのであった。

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