第3話 殴打式三途の川渡航 (エンマ視点)

この仕事を続けてると時々思う。


 「おらおらおらおら!」


 死者を殴り飛ばす行為は死者への冒涜で見る人が見れば訴えられるのではないかと。いや、万人が見てもアウトな行為か。


 「ぶっ飛べ!」


 そう思いつつも体に染み付いた習慣はぽっと出の思いに負けるわけもなく今日も人魂を殴る仕事。

正確には三途の川の向こう岸まで案内する作業の時短&罪人の選別となる。掛け声を掛けているのは少しでも力を出せるようにするため。うまく飛ばさないと自分の権能が発動しないからである。


 「今日は20人か。だいぶ少ないな」


 空へ舞う人魂一つ一つに重さなどは通常ない。が、罪人は別である。罪人だけは重さがありその重みですぐに落水する。


 ――罪人はすべて川の中で過ごす。

これが俺の代の閻魔式減罰法だ。


 川の中で罪人は意識だけを覚醒させ、記憶を思い出すしかできない状態を作り出す。そこにはなんの邪念を持たないようにさせる。魂だけだから身動きを取ることも出来ない。

そうすることでどんな罪人でも罪の意識を生まれさせ改心、もしくは良き心への補正修正を行う。まぁ例外の魂も存在するが大抵改心する。


 改心して罪が軽くなればぷかぷかと浮かび、自然と向こう岸まで漂着して輪廻転生装置にて新しい命となる。

あくまで、俺の仕事は前処理仕事で後処理は輪廻転生装置がやってくれるので気持ちは楽である。


 「まぁ、俺もその装置を見たことねぇんだけどな……」


 手をかざし向こう岸を見つめるがどれだけ目を細めても三途の川の深い青緑だけが続いてるようにしか見えない。


 「俺は渡れないし、確認のしようがないだよなぁ」


 理由は不明だが、俺が三途の川を渡ろうとすると気がつけば渡ろうとした最初の川岸の位置に戻っているのだ。

恐らく、サボり癖のある俺の性格を知った気の利いた誰かさん気を利かせてやったんだろうと俺は睨んでる。そもそもその誰かを思い出せないという時点で俺は駄目なのかも知れない。何十、何百、何千と生きると記憶も曖昧になって思い出せなくなる。最初の記憶なんてもう霞が掛かって思い出せやしない。


 「はぁ、それにしてもキリがねぇな」


 何年という単位で表すのももう疲れたし、数える気力もないがもう何百年はここで仕事をしていると本当にキリがないと思う。ここで投げ出しても罰は当たらないだろう。いや、この世界では俺が罰を下す存在か。


 「にしてもこれは久々だな」


 後ろを振り向けば長蛇の列。まるでテレビで紹介された人気料理店に並ぶ人の様であった。


 「おそらく原因は大災害か、疫病か、戦争か……、あぁだめだ候補が多い。考えるのもめんどくせぇ」


 もう面倒くさいし今日は休むことにする。面倒だと思えばいつでもキリを付けられる点に置いては素晴らしい職場環境だと思う。魂の皆さんには待っていただくしかない。

休憩をしようとしたその最中。俺は嫌な気配が現れたことに気がつく。胸を焼け焦がすような最悪な気配だ。


「まさかあのクソ神か? 俺が追い出した死にたがりの気配を感じる」


 獣のような察知能力が俺には、正しくは閻魔の役職にあるらしく、善悪の有無ははっきりわかる。

それは魂の放つオーラのようなもの。これが黒く淀んだオーラを放つ魂がある。これが悪で、逆に善は白いまとまったオーラを魂から放つので見分けが立つ。

あの神は悪だ。自分が死にたいから殺されたいから俺を無理やり閻魔の役職に嵌めたのもあいつだ。そしてここで気づく。気の利いた誰かさんとは誰か。もしやこの神ではないか。そうだ。

アイツのせいで俺はここで何千年も働いてる。あいつをこの死後の世界から追い出してから俺は。俺は!


 「……殺意を持つな。あいつは殺されたがっている。なら、この殺意は向けない方がいい。」


 沸々と湧いてくる感情。これを自身の権能ですぐに抑え込む。万力のような力で殺意の感情が押し殺される。


 「――ともかくその尊顔を見てぶん殴る。こっちは話したいことがたんまりあるんだ」


 気配は一つだけでない。

何百とその気配がある。恐らくこの並んでいる無数の人魂に神の影響を受けたものもしくは神本人がいるかのどちらか。


 「情報は、殴って聞き出す」


 殴る。ひたすらに殴ればその答えが出る。


 「オラオラオラオラオラオラオラオラァ!」


 殴り飛ばしたその中に気配があるものもいたが、あまりにも希薄な気配恐らくフェイク。


次だ。


「次だ次! オラオラオラオラオラオラオラオラァ! まだまだ!」


この魂もフェイク。これも気配がまとわり付いてるだけ。――これもこれもこの魂も。全部違う。


「オラオラオラオラオラオラオラオラァ!」


声を出し、その両眼を動かし殴り漏れがないように丁寧に連撃を重ねる。


「さぁ、――ぶっ飛べ!」


列の最後にいた人魂を殴り飛ばす。あれが一番神の気配が濃厚であった。黒くよどみきった悪のオーラ。あの神らしい黒ずんだオーラ。


が、あれも殴った瞬間気配だけがある偽物だとわかった。


 そして、その背後に俺は気づいた。人魂ではない。――恐らくこいつが神。

背中越しでもわかる。相手は動く気配が無い。


「次はお前か?」


 ――違った。それは何もかも違った。


 長い黒髪は後ろで束ねている茶色の瞳の少女。その顔は俺がここで罪を償うための贖罪の対象。

俺が救えず、見殺しにした少女。そうだ。この少女を助けるために俺は。


 ――記憶を思い出す。霞に隠れた記憶をかき分けて、かき分けた先に見つけ出す。名前は六花。笑顔が自慢だと言っていた。そして楽天家。何でもポジティブに考え、前向きに行動するのが立花という少女である。が、彼女の今の表情は怯えている小動物そのものであった。

そのまま泡を吹き失神して倒れてしまった。


「なんで、お前が、ここに?」


 俺の今の顔は鏡で見るまでもなく最悪な顔をしていただろう。クソ神を殴ってその情報を聞き出そうとしたがそれも失敗した。俺の声はもう彼女には聞こえていない。完全に意識を失っている様子だった。


 「かつて救えなかった女を怯えさせて失神させる、か……。どこまでも悪趣味なやつだ。――神も俺も」


 神の気配がしたから思い上がって人魂を殴りまくって八つ当たり。癇癪を起こした子供か。

憎くて、殺したくて仕方がないあの神を思うとどうしても我慢ができなかった。感情を抑えきれていない。どれだけ年月を重ねても精神はガキのままだと痛感させられる。


 ひとまず、立花を介抱してあげないとだめだ。気絶させたのは俺だから当然である。

彼女に対して色々聞きたいことはある。

六花は神の供物になったはず。なぜここに? 俺を知らない様子で怯えていたまるで初めてあった時のような……。


「クソ、考えるのは得意じゃねぇんだ。だがこれは勘だ。勘ではあるが、恐らく――」


 ――神に弄ばれた。といったところだろう。

死者に自身の匂いや気配をまとわせて俺を弄んだだろう。そして、どうやったかは不明だが、神の供物となった六花をこの死後の世界に呼び寄せた。

あの耳に残る甲高い嘲笑ったような声で。


「あぁ! もうやめだ。感情を制御するのさえもめんどくせぇ。穴でもぶち破って憂さ晴らしだ。……待ってろ、クソ神。俺がお前を殺さずに殺してやる」


 六花を家に運ぶのをケルベロスのケルちゃんに任せ、俺は何百個目かの穴を開ける。

そこには誰も出ることはできない大穴。かつて、閻魔たちが作り上げた地獄の名を冠して奈落地獄とも呼ばれるその大穴は俺のこの拳一つでそこら中に形成されていた。


 その日はこの死後の世界にいくつもの轟音と地鳴りが鳴り響いた。くぐもった怒号と共に。


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