第2話 おはよう怖い人、おやすみ私。

――目が覚めると知らない天井であった。

いや、知らないわけではないか。

自身とのことは覚えてないが、こういう木目の天井は大概和風建築の建物っていうのは相場が決まっているのだ。ほら、床を見れば畳で、私が寝ているのはふかふかお布団。


「あ、起きたか」


 不意に声を掛けられる。丁重に布団を肩までしっかり掛けられていたようだ。私は寝ぼけ眼で横の人物を見る。


 白い肌、白い長髪に大きな炎のような赤い瞳。私が意識を失う前に見た怖い人と同じ見た目で。

それからは素早い動きであった。猫が後ろにきゅうりを置かれたらそれを天敵の蛇だと誤認して飛び退くようなそんな野性的な反応。

私は即座に布団から掛布団だけを掴み、即座に頭までかぶり、部屋の隅で三角座りの防御姿勢&声による威嚇で牽制をする。ついでに、右手に枕の盾を構える。万全の体制である。


「シャアー!」


「いや、猫かよ。そんな驚くなよ」


「シャ!」


「短く威嚇すんな。話も進まんから人間の言葉を話してくれ、頼む」


そういい、胡座をかいた男は小さく頭を下げる。

最初の印象とずいぶん違って見えたので私は話を聞く体制と掛け布団をとった。枕は以前盾として構えたままだ。予断を許さない状況ではあるので仕方ない。


「初対面の私にあなたは何で殴ろうとしたんですか? これって犯罪じゃないんですか? 恐喝や暴行に当たりませんか? 出るとこ出ますよ?」


「――よく喋るなおい。こっちが下手に出て頼んだら態度変わりすぎだろ。まずは自己紹介っていうのはどうだ。まずはそこからだろ」


「それもそうですねごめんなさい犯罪者予備軍さん」


「もう自己紹介する気なくなったんだが」


ここで一息つき、いや男は何度かため息をついてから首を手でかき、こちらに赤い瞳を合わせて、


「俺はここの世界を管理してる管理人で、名前はエンマだ」


けだるげな自己紹介。それは簡素でわかりやすかった。ので私もわかってる範囲の自己紹介を。


「あ、どうも。私は記憶喪失のかわいい女の子ですどうぞよろしく」


「え? お前記憶喪失のくせにあんなに詰め寄ってきたのか。案外図太いな」


「レディに向かって太いは失礼ですよ!」


「そういうとこだよ」


ぎゃあぎゃあ言いながら私はエンマの事とこの世界のことを仲良く(?)話し合った。

因みに、枕をエンマに投げたら普通に怒られたので謝ったが後悔はしてない。『手が滑っただけなんです。野生の勘が投げてしまったので私は悪くない』と言ったら次は言葉ではなく、グーでいくと言われたら私のおしゃべりな口もチャックを閉じたのである。


わかったことがある。

――ここは死後の世界であること。エンマは代々受け継がれてきた死後の世界の管理をしてる閻魔であること。そして人魂を殴っていたのは三途の川の向こう岸に渡らすために殴っていたこと。最後が聞いててよくわからなかったが詳しく聞くと怖そうなので深くは追求しないことにした。ビビってはいない。決してない。ビビってないし、関係ないのだが話を聞いた後凄くトイレに行きたくなった。謎である。


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「ふぁふひ、ふぁふぁひふへ? ぺむ」


「食いながら喋んな。飲み込んで喋りな。あと最後のぺむってなんだ」


 しばらく話をして腹の音がなったのでエンマにカツ丼を頼んだ。とてもおいしいエビカツである。なんで海老なんだ? まぁいいか。美味しいし。

よく噛み、よく味わいながら、エビカツを食べ切る。ご飯はソースの味がするので後で食べるのが私の癖のようで自然とこういう食べ方になった。新しい発見である。


「もぐもぐ。私、いつ記憶戻るの?」


「あぁそういえば記憶喪失だったな。あんまり元気なもんで失念してた。まぁ単刀直入に言うとだな」


「言うと?」


「知らん。そこら辺に落ちてんだろ、ほらよく言うだろ頭のネジが落ちてませんかとかさ」


「シャアー!」


「デジャブを感じる」


 酷い話である。乙女の切実な答えに適当なこと答え。これはもう猫になるしか無いのである。

ついでにご飯だけになった茶碗のお米も胃に流し込む。あ、タレのかかったご飯美味いな。


 ついでの威嚇を暫く続けているとしていると根負けしたのかエンマは、


「しょうがねぇ。落とし物センターに行くか。あそこなら落ちてんだろうよ」


と訳のわからないことを言う。


私の記憶、いや知識か――によれば、落とし物センターは大型複合施設や公共施設、警察署などにある紛失物が善意により届けられる施設……のはず。いや、そんなもの死後の世界に無いだろうと訝しげな目で見ていたのがバレたようで。


「じゃあ、そこのPC触ってみな。あ、使い方はわかるな?」


「記憶喪失に対しての言葉じゃないような。でもなぜだかなんとなくはわかる。これが才能か」


「あー、はいはい。じゃあ、ブラウザを立ち上げてみな。ここ、ネット繋がってるから」


「こんな辺境地にインターネットがあるわけ……あ、ほんまや」


「某大御所芸人か」


ブラウザのニュース欄や現在地、時間が表示されないこと以外は普通にインターネットが使える。ここは本当に死後の世界なのかと疑いたくなった。カタカタカタカタとキーボードを叩く。私はPCの作業や趣味を持っていたのかもしれない。何かこのPCという存在に強い執着心を感じる。


「えらく熱心に触るな……。まぁ驚くのは無理もないがこれで信用してもらえたな」


「え?」


「ん?」


信用。信用? あぁ、落とし物センターのことか。ネットに夢中で忘れていた。たしかにこんなところにもネットを引いてこれるのならあるのかもしれない。その落とし物センターに私の記憶が。


「おいおい頼むぜ、これ以上記憶失ったらお前さんにはなにが残るんだよ」


「健気さと可愛さ?」


「健気ではないだろぶっ飛ばすぞ」


「残ったのは可愛いさだけってこと? キャッ」


「ああしんどくなってきた」


私の心地の良いボケにエンマはなぜか心労を抱えているようだ。かわいそうに。

私はエンマに少しだけ優しくしようと心に決めた。




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 ――その後いっぱい食べて眠くなったので寝たいですと呟いたところ風呂入って歯を磨いて寝るよう言われました。あのエンマ、完全にお母さんである。風呂場や洗面台は案外広く歯ブラシがなかったので戸棚を勝手に漁って予備を頂戴した。後で許可を取る事後承諾で許してもらおう。


「ふぅ……」


死んでから風呂に入る人って中々いないよなぁ。考え事は風呂に入ると頭の中をぐるぐる回る。私の記憶。死後の世界の管理人エンマ。


「う~ん。エンマって名前はどうなんだ。本名なのかそれとも地獄の閻魔様っいていう役職を歌舞伎の世界のように襲名しているのか。気になるけど怖くて聞けない綿はか弱い女の子」


……言っていて悲しくなった。やはり、独り言を言うのは私の生前からの癖なのだろう。ついでに言えばこういう自分が死んだという大変な状況でも心が落ち着いている変人は昔からの気質なのかもしれない。わからないことばかりだが、自分を知れて嬉しい気持ちもある。


「まぁ、明日になって私の記憶があるとか言われれてる忘れ物センター。そこに行けば何かはわかるだろう。うん。考え止め! さぁ寝よ」


 ざばぁと湯船から身体を出し、用意してもらったタオルとエンマが着ている正直言うとダサい【閻魔】と書かれた予備らしい白Tシャツと男物のパンツを履き、歯を磨き就寝した。

死んでからも夢が見れるのだろうかと思いながら寝る私はきっと楽天家なのだろう。

考えることが多かったか、案外すぐに眠気は来て私の意識はすぐに落ちた。

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