第9話 一糸纏わぬ立花の話
目覚めるとそこは鍾乳洞の洞窟。忘れ物センターの地下に存在する記憶の洞窟。泉付近の岩場で起床した。身体はなんともない。最初にいた場所と違うことから私はエンマによってここまで運ばれたのだろうと勝手に想像する。しかし、あの光景は一体何だったのか。思い出すと凄惨な光景で胃液が込みだす。
「……うっぷ。危な危ない。また、吐きそうになっちゃった。あれは刺激が強すぎる……」
「だな、俺の記憶を見せられてんだ。吐きそうになってもしょうがないさ」
「うわぁ! びっくりしたぁ~!」
「そんな驚くなよ」
気がつけばすぐ隣にエンマがいたことに気づく。すごい気配の消し方まるでそこにいなかったのに急に現れたように感じる気配の無さであった。すこぶる心臓に悪い。いや、死んでるから鼓動はないか。
「ところで、あの神様は?」
「――あぁ、なんか色々土産話をして帰ったよ」
「ふぅーん」
「興味なさそうだな」
「いや、そんな事も無いんだけど……」
今は神様の事とかは考えたくない。考えるとあの光景がリフレインしそうだからだ。できるだけ、あの話題に繋がらないようにしよなければ。
「……すぅ、はぁーー、よし」
ある程度呼吸も落ち着いた時にエンマに聞けば、私の記憶はこの地下世界には無いとのこと。
「あれを見たらわかる」
「あれ?」
「記憶のガラス玉だ。ここら一体に転がってるだろう? あれはこの地下世界のなかで重要な機構の一つ。あのガラス玉一つ一つに生前の人間の記憶が入っている。ついでに言えば、あの泉は記憶の浄化装置と覚えておいたらいい」
「へぇ……」
「立花の記憶のガラス玉は特殊だからわかるんだがここのはどれもハズレ。立花のではないということさ」
「ほうほう。ほぅ?」
――はてさて、立花? それは私のことか。なんだ。エンマは私を知っていたのか? ん? わからない。わからない間にも話は続く。
「あの神は立花の記憶に蓋をし、干渉した。享受の神とか言うやつだ。お前が眠る前に見た男、アレがそうだ」
と言われても話が入ってこない。あれだ。こういう時は聞けばいい。そうするのが一番早い。
「あの、エンマ様?」
「なんだ?」
「さっきから呼んでる立花って誰のことですか?」
「ん? それは目の前のお前のことに決まってるだろう。――あ、いやしまった。そうか、記憶がないから名前も知らないのか。これは申し訳ない」
「あ、いや全然いいんだけど私の名前を知っているということは私の過去も知っているってことでいいの?」
「……」
「黙っているって事は知ってるってことだね」
違和感はあった。いや、それは今もあるがそれは別として脇に置いておく。最初に私を見たときの顔。あれは憎んでるような恨んでるような激情を秘めた顔だった。だけど、気絶した私を家まで送ってくれて助けてくれた。
この態度の違いについての理由はわからないが、助けてくれたのは私を知っていたからではないか。と考えることもできる。
勿論、エンマが優しから助けた。そう考えることもできるが、やけに私の茶々やボケとかに乗ってくれるし、話しやすいし、初めて会った気がしなかったのだ。だから、
「……全部が確信ってわけじゃない。まだ、わからないこともたくさんある。けど私は記憶がなくてもきっとエンマの事を覚えていたんだ。そう考えると辻褄といういうか心の突っかかりが取れるようなそんあ気がするんだ」
「そうか。じゃあ、どうしたい? お前の。――立花の過去を聞きたいか?」
「――」
私の中でかなりの逡巡が生まれた。記憶を取り戻す前に過去を知るのはどうなのだろうと。それをすれば今いる私が消えてしまうのではないかという自我の喪失への恐怖。そして、その過去自体への恐怖は拭い消えれなかった。けど、それでも。一歩踏み出さなけれな私はこの先に進めない気がするら。
「私はこの機械を逃さない。聞くよエンマ様」
「そうか。じゃあ、まずは――」
「ごめんエンマ様。ちょっと待ってくれる?」
「なんだ? まだ、不安か?」
大事な話だ。話の腰を折るような事はできない。だから、私はエンマが心配ですぐに喋りかけてきてくれたことはすごく嬉しいけど。まずは大事なことがある。
「……お願いです。服を着ていただけないでしょうか……!」
「おっと、これは失礼」
先程まで大事な話していたエンマの身体は完璧なまでの一糸纏わぬ姿であったということをここに記録しておく。
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過去の話をする前に、と前置きを付けて記憶を失う前の私の性格や人柄を伝えると言われた。
「まぁ、端的に言えばお前は記憶があっても無くても一緒だ」
「む、なんか馬鹿にされてない?」
「してないさ。立花は能天気で馬鹿みたいに笑ってるのがちょうどいい」
「やっぱ馬鹿にしてんじゃん!」
暫くして、パンツとズボン、ダサいTシャツを着たエンマは私のことを話してくれた。
馬鹿にはされたが、それはエンマなりの記憶思い出せない私への配慮……だと思う。本当に馬鹿にはされてない、はず。きっと。
「――立花と会ったのはあの事件からだ。お前があの研究施設から逃げ出して、爆発に巻き込まれたところから出会いは始まる」
「ちょっとまって。色々情報が多い。研究施設? 爆発? なにそれドラマ?」
「まぁ、そう思うか。『現実は小説よりも奇なり』ってよく言うだろ? それだよ」
「ぺむ。それならとりあえず飲み込むか……」
「ぺむってなんだい?」
エンマが言った事を簡潔にまとめるとこうだ。
私、立花は貧しい家庭に生まれた女の子だった。
そこで、父親の外資投資の失敗による借金。それに続いて母親の病魔が襲い入院費。さらには幼い弟と立花自身の養育費。どんなに頑張っても払えないほどのお金の問題を抱えていたらしい。
そこで、私が裏掲示板なる怪しいところで治験のバイト募集を見つけ、そこに応募した。なんと一年間日帰りで通うだけで年間1億円貰える夢のような治験バイトであったそうだ。……怪しすぎる。治験は謝礼やボランティアという名目のため税金も掛からないく、更には世の中に迷惑をかけない。むしろ感謝されて大きなお金がもらえる。これはなんとかなるぞと考えていたらしい。聞いていて記憶はないがこの能天気感はなんとも私らしいと思った。
「そこで、お前はその治験を受け報酬を受けた。だが、報酬もいいし、待遇もいい。けど次第にその金額がなぜか治験を増やしてもいないのに増えていった。そこで、怖くなって施設を逃げ出そうとするんだ」
「なるほど。そこで、エンマと出会うの?」
「いや、まだだ。その後すぐに脱走に失敗して拘束監禁された」
「うわぁ、自分のことながら、うわぁ」
「そこで、この際情報を漏らさにようにすることを条件に実験の詳細が語られた。身の毛もよだつような最悪の実験だ。人の生を顧みない研究」
「ごくり……」
「クローン実験だ。人間の細胞を培養し、もう一人の人間を生命体を生み出す実験だ」
――クローン。人間でのクローン実験は確か国際法とかで禁止されていたとか知識には有る。
実際には動物での実験は行われ、牛や羊などの動物や微生物、植物のクローンはすでに作られている。厳密には違うが人工的に植えられた桜はクローン技術が使われているから一斉に咲き誇る。逆に、山間に咲く通称山桜と呼ばれるものは咲く日は温度によってバラバラである。
ともあれ、クローンを人間で行うのは非人道的や道徳や倫理、神の領域に触れるとかで宗教面からも避難されていたはず。そこで私は理解した。
「なるほど。裏掲示板、治験。怪しいからこそ、報酬が多く、隠したいから秘密にしたいから拘束、監禁されたのか、私、馬鹿じゃん!」
「事情が事情で、家庭が家庭だから仕方ないんじゃないか? 冷静な判断もなかったんだろうし。まぁ馬鹿なのは否定しない」
「ぺむ」
「おい、さてはぺむって碌な意味じゃないな。――それでお前はそこで半年近く研究施設で過ごすことになる」
「え? 家族は探しに来てくれなかったの? 私嫌われてたん?」
「泣きそうな顔だな。心配するな――お前は家族に愛されていた。それは保証する。それは探しに行けなかったんだよ」
「行けなかった? それはどうして?」
「はら、裏の研究だ。いろんな組織が入れ乱れて関わっている。お前ら家族はな脅されてというより安全を保証され行動を起こせなかった」
裏事情に通じる社会組織はなにも海外だけではなく、日本にも当然のように存在する。そこに、国家間の別の国も手を回していれば話は簡単。情報漏洩は秘密裏に処理される。それが、殺しや生きたまま存在だけを抹消など形は様々だが私の場合は家族が買収されたらしい。
お互いの安全と生活を保証する代わりに、お互いの関係がなかったことにする。もう関わり合いを起こすなと。
そこで、私にかかわる存在の抹消が行われた。戸籍も住所も通っていた高校も交友関係もすべて金と人脈と神の力で封じられた。エンマはその神の残滓を追って私に出会ったらしい。
「俺は妹と俺を閻魔の役職に付けさせる儀式を止めるために神を追っていたんだが、これは俺の過去だからいまは割愛する」
「しれっとすごいこと言ってます。エンマ様」
「――でだ。ここからはお前の精神に関わる話になる。覚悟は良いか?」
「良くないです。もう少し待ってください」
「わかった」
簡単にまとめると私はお金欲しさにとんでもないことに手を出したことになる。きっとその時の精神状況や経済状況などを鑑みればこうするしか無かったのかもしれない。いや、もっと別の道もあったんだろうか?
う~ん。と首を傾げ身体を起こす。吐き気も何となく落ち着いてきた。けど、なんだかまだこのさっきからある違和感。しこりはとれない。なんだろう。何かを見落としているような。
情報は落ち着かないが、ともかく、人生の華である青春の高校時代を失っていることには違いないということは飲み込めた。物理的にも社会的にも。
「エンマ様。あんまし考えてると頭グワングワンするので話の続きどうぞ」
「いいのか? 次の話は結構重いぞ?」
「大丈夫! 私は脳天気な馬鹿だから」
「そうか。わかった」
「そこは馬鹿じゃないと否定してほしい乙女心」
「面倒くせぇな」
エンマは頭を掻き、言葉を選ぶようにしてゆっくりと口を開いた。
私はもう覚悟とかそういうのは無いけれどどんな過去でも受け入れていこうと決めていた。なのに。それは。
「――お前は立花であって立花ではない。クローン技術で作られたもう一人の立花だ。記憶も性格も引き継いだそっくりな人造人間。オリジナルはもうとっくに亡くなってるっていう話だ」
だからこそ自身の存在が立花であるという前提が崩れてしまうこの答えは想像していなかった。
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