第6話 忘れ物センターと忘れられないもの
エンマが言うには忘れ物センターの広さは地球のユーラシア大陸を遥かに凌ぐ規模だそうだ。聞いた時も思ったが規模がでかすぎてどこまでなのかさっぱりだ。
この死後の世界はどこまでも地平線が広がり、どこまでも広がる緑の芝生と生ぬるい空気と太陽の無い曇った空に包まれている。
眼の前の光景はこの世界は殺風景な芝生だけじゃなかったのか。そう思える場所であった。
まぁ、一応三途の川とかエンマの日本家屋も見ているのだが、これほどの規模の施設はこの世界に来て初めて目にした。
「ん。向こうで着替えな」
「ありがとうエンマ様。このご恩は三歩歩くまで忘れません」
「鳥頭じゃねぇか」
エンマは服が汚れたので替えの服をエンマの住居から持ってくると言って一旦、車で取りに戻っていた。ついでに私の服もというとそんなはないと言いながらも現在渡してくれている。照れ屋である。
尚、私が着ていたワンピースは吐瀉物で汚れたので閻魔と書かれたあの寝間着に使っていたダサTシャツに変わってしまった。
ちなみにエンマも同じTシャツを着ている。いつも着ているようだが今回はペアルックってやつである。
「うわ、エンマさま。うわー」
「うわうわ言うな。しょうがねぇだろTシャツはこれしか持ってないんだからよ」
「もしかして私が好きなの? ねーねーそうなんでしょ?」
「うわ面倒くさい思春期の男子かよ」
「私は女子です!」
「ほんと面倒くさいな!」
そんなこんなあり奇妙なペアルック二人組は忘れ物センターで私の記憶を探す。
その方法はエンマが教えてくれた。
「まず、ここの簡単な説明だ。よく聞いとけ。命の危険があるからな」
「わかりました! ……え? 命の危険? もう死んでるのに?」
「あぁそうだ。まず禁止事項からだ。ここでは【思い出の品】と呼ばれるものが置かれている。それらはかつて生きていた人間の魂にこびり付いていた感傷深い物体――大事にしてた人形とか宝物の指輪とかの存在だな。この積み上がってる【思い出の品】は全て死んだそれぞれの人間の根幹に関わる部分だ。長時間触れてその思い出に浸ると死んだ人間の意識と同調しすぎて、もうその人間の思い出と自我が混ざり合い自身という存在が塗りつぶされるんだ。だから不用意に触るな。いいな?」
「これはふざけたらやばいやつですねわかります。もちろん答えはイエスで」
「よろしい」
かなりやばい。というのはわかった。ここは本当にやばそうだ。【思い出の品】。言われて目をやればそこには人形や車、家や家具に船、さらには電波塔なんかも忘れ物センターの山の中に見えた。これらすべてに思い出があり、思い入れがあり、大切なものなんだろうと思うとなんとも言えない気持ちになる。
「あ、でもここに【思い出の品】という人々の忘れ物があるなら、記憶なんて見つからないんじゃない?」
「心配するな。記憶は別枠だ。三途の川方面入口ゲートって書いてあるゲートの横にスイッチがあるだろ? これで地下の記憶保管室に行ける。」
忘れ物センター入り口のところには中学生の文化祭レベルのアーチ型のゲートが設置しており、そこにはでかでかと【三途の川方面入口ゲート】と手作り感満載な看板が設置されていた。右横に目をやるとエンマの言う通り、スイッチが置いてあった。これは手作り感がなく、金属製の台に赤いボタンだけのシンプルな作り。知識によればこれはあれに似ている。アニメや漫画で悪役が自分の基地を自爆させる時に使う赤いスイッチ。これに髑髏とか書いててもおかしくない。
「こりゃ押すしか無いわな……ポチッとな」
「……そら、動くぞ、後ろに下がりな」
「――おぉ、おー」
私がいの一番にスイッチを押しに行くのをエンマはもう止める気が無く、何かが動くのを注意をしてくれた。
ゴゴゴゴ……と轟音を立て、ゲートが下の芝生ごと上に持ち上がり、その眼下に下まで続く階段が現れた。
大きさは大人が一人入れるかのサイズ。コンクリートのような素材でできていて丈夫そうではある。
「あ、開けちゃったけどエンマ様が開けないと駄目とかあるの?」
「……はぁ、開けてから聞くな。それは無いんじゃないか? 恐らく。きっと」
「じゃあ、このウーウー聞こえてくるサイレンは?」
「多分防犯装置」
「駄目じゃん」
「駄目だな。でもまぁ――」
階段下から物凄い勢いで何かがベタベタと音を立て近づいてくる。正直何かわから無く怖い。逃げよう。
そう思っていると、
「何が来るかはわかってる。こいつもまぁ一回俺が殴ればお前も閻魔の関係者だってわかるだろ」
「え?」
「ふんッ!」
エンマが何か知ってるような素振りをしているが私にはわからない。でもすぐにそんな疑問は払拭された。眼の前の光景によって。
階段下からペタペタ飛び出てきたのは粘液のような存在。緑の粘液っぽい何かが出てきたと思った瞬間に、パンッという破裂音ともに殴り飛ばして粘液生物を霧散させたから。
「え? ……消えた? いいの? 殺しちゃって?」
「あぁ、こいつらは死なねぇからな。ほれ、防犯装置も収まった。ここの主が来たことがわかったんだろ」
先程までなっていたウーウーなっていた騒がしいアラームも気がつけば鳴り止んでいた。しかし、気になるのは先程の粘液生命体。
「あれってなんなの? スライム?」
「あぁー。それそれ」
「……なんか適当じゃない?」
「まぁ、あんま俺も知らないから答えようがないんだよ。確か俺の前の代のエンマが作った防犯装置のはずだから詳細はわからんがよくゲームに出てくるスライムだと思うぜ?」
「ふ~ん。あれって防犯装置なんでしょ? いいの殺しちゃって?」
「まぁあのスライムは不死身って聞いてるから大丈夫だろ」
スライムの防犯装置の事も先代閻魔がいた話とか凄い気になったがあまり深掘りはしなかった。理由は簡単。怖かったからである。粘液生物であるスライムではない。いやスライムも突然出てきて怖かったが、エンマの即座のパンチの威力がだ。
あれは漫画の世界の速さである。
人魂を三途の川の向こう岸に渡すために殴ってた時も思ったが、エンマのパンチは某少年誌に登場する、音を置き去りにするパンチを放つ爺さんがいるがそれに近い気がする。
「おーい、置いてくぞ」
気がつけば、エンマは階段を下り始めていた。
私もその後ろに続く。
「あ、待って待って」
階段に向かうと外の空気とは違い、少し肌寒い。
コツンコツンと下に降りていくが先が暗く見通せない。下の階段とは違いゴツゴツとした岩の壁沿いに埋込式のライトはあるがそれも私達が通るとこだけ点いて通り過ぎるとそのライトは消灯する。
エンマ曰く、この世界の省エネ機能だそうだ。
階段はかなり、長く続き息が切れ始めた頃にようやく目的地である記憶保管所と思わしき開けた場所が目の前に広がっていた。
――そこには地上のガラクタ置き場とは一変して、洞窟のように薄暗く、天井から光が僅かに差すだけの鍾乳洞の洞穴。広さは体育館を半分にしたような感じ。小さな泉とその周りには敷き詰めたかのようには透明なガラス玉と黒く濁ったガラス玉が無数に転がっていた。記憶保管所と言うから近代的な施設を想像したがそうでは無いらしい。
「ここにお前の記憶があるはずだ。確かこの空中にあるガラス玉に――」
そうエンマが言い放ち終わる前に瞬間に泉から白い極光が放たれた。あまりにも強い光のためエンマと私は咄嗟に目を腕と手で覆い守るがその矢継ぎ早に男の声が聞こえた。
『ここまで来てくれて助かるよ。君達と会話できるのだから』
無機質な機械なように抑揚のない声。
それを聞いた瞬間隣りにいたエンマの顔は最初に会ったときのようなあの恐ろしい鬼の形相をしていた。
「――何でここに来れるんだぁ!? クソ神っ! 」
エンマの殺意に満ちた眼差しと剣幕にも臆せずクソ神と呼ばれた存在は泉の中から姿を表した。
『さぁ、楽しい楽しいお話でもしようかぁ。ね?』
――それは龍の仮面をつけ、その体に無数の大蛇を纏わせた細身の存在であった。
仮面のクソ神と呼ばれた男が仮面越しに頷く動作をした瞬間、私は唐突な眠気に襲われた。それはどこか既視感のある不思議な睡魔。
バタリとその場で身体が倒れゴツゴツとした岩の地面が私を向かい入れる。
身体の痛みとエンマがこちらを呼ぶ声。それらは意識の内側に消えてゆき、私の記憶はここで途切れた――。
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