第5話 虹色の加工があると嬉しいです

――ケルベロスのケルちゃんが夏毛から冬毛にフォルムチェンジした頃。

私は疑問を拭いきれない。

自己のことを覚えていないが知識はあり、覚えてはいるのだ。

確かケルベロスは3つの首を持つ獣でその姿は恐ろしい姿として描かれていることが多い。


なのにである。


 実際にエンマに紹介されたケルベロスはとても愛らしく可愛い存在であった。

まぁ、腕を噛まれたのは自分が悪いとしてもだ。可愛さに罪はない。

首は一つでもふもふで愛らしいことに何の不満があるのか。可愛いのでヨシ。


 ――ちなみにケルベロスのケルちゃんは3交代制で首が入れ替わるそうで、現在が秋田犬。その次が柴犬、最後にゴールデンレトリバーらしい。なんで? とも思ったがまぁ深い意味も無いのだろうと突っ込まないことにした。後で、他の入れ替わったケルちゃんに会いたい。そして、モフりたい。


というより他にも疑問はある。そもそも、エンマの存在も気になる。彼はいつからここにいるのか。本人によれば遥か昔からいると言っていたがそうは見えない。


 見た目は20歳前後。腰まで伸びきった白髪。赤い瞳。彼は立ち振舞も言葉遣いも私がふざけた時も普通に相手をしてくれる良い兄貴分と言った感じである。

であるならここには時の流れがない。と解釈できるのでは? それであればあの若い見た目も理解できるし、言葉遣いもフランクで威厳が感じられないということも理解できる。

 恐らく私の推測は当たっているだろう。そう結論付け意気揚々と『こう言う事でしょ?』と投げかけたが、


「あー、違うな。」


どうやら違ったらしい。中々いい線だと思ったのに残念である。


 ――そして現在、私は極力喋らないように考え事に集中している。いや、そういう状況に追い込まれているのだ。


 なぜなら自動車という揺れに揺れる存在に乗車し、乗り物に酔わないように意識を集中しているいるからだ。乗る前ならいくらでも質問もできたし考えも求まったが乗ってしまった今は無理である。


 ――時間は少し遡る。


 忘れ物センターに行くには車が必要で、エンマは何やらボヤボヤ呟いて地面を叩いて赤い自動車を虚空から召喚していた。

 まるで漫画の世界とも思ったが、実際問題死後の世界にいるしもうなんでもありなんだろうなと私はこの世界を受け入れている。


 そこから、この車はスポーツカーで――とか。凄いエンジンを搭載していて――。だとか色々説明されたがあまり興味は無かったので私はさっさとドアを開けて後部座席に座った。エンマは少し寂しそうに運転席に座って『シートベルトを締めるようにな……』と言い車は発進した。

 そして車内にて。私はエンマのこの世界についての詳しいことを聞いた。


「ええとだな。俺は例外としてこの世界の時間は常に動いている。それは現世の世界で時間が進み老化するように前に時間が進んでいるのとは違いこの世界の時間は前にも後ろにも動いているんだ。つまりは現在から未来へも動いているし、未来から現在、更には過去へと逆行していたりもする。俺の仕事の見た目は強烈だがやってることは彼岸まで死者を送り、輪廻転生装置まで連れていって生まれ変わらせるのが目的だ。人魂を招き入れるために現在の時間軸だけで死んだ人間だけを招き入れることは効率が悪い。死んだ人間の分、そこで人が生まれるからだ。これには螺旋世界線って云うのを説明しなくちゃならないがここは省く。ここまでいいか?」


「なるほど。完全に理解した。じゃあ三行で」


「それ……理解してねぇじゃねぇか。まぁとにかくだ。この世界は常に時間が変化し続けていてどんな時間の人間も等しくここにたどり着き次の生命に生まれ変わるような仕組みになっているってことだ。そして俺はここでエンマという役職を押し付けられた。エンマは死者の管理人。だから俺はここでは飢えることも、病に罹ることも老衰で死ぬこともない。その代わり、閻魔の役職を全うし続けなければならないんだ。――あのクソ神の所為でな。」


 ――最後の一言はどの神に対してかは分からないが憎んでいるのだろうということはわかった。後ろの席からでは顔を伺いしれないが、恐らくいい顔はしていないということは明白だろう。


 時間と人魂、死者の魂の関係。エンマが言うことはつまりはどの時間軸でも死んでもその人は等しくこの世界にやって来る。ということだろう。江戸の時代に死んだ人も来るだろうし、平成の時代に死んだ人も来る。はたまた遥か未来の時代に生きていた人間も来るのだろう。


 天国とか地獄がここには無かったり、神様や天使、悪魔なんてものはこの世界に存在しないと閻魔は言っていた。私が知識として知っている死後の世界とは齟齬があるが、死んでから知る真実というのも中々興味深いものではあるなと感じた。


 ……でもこれでわかったことがある。

この人は孤独な人間だ。たとえ人でない力を持っていても心は人間だ。感情もある。だからこそ、こんなヘンテコな記憶のない私にも優しくしてくれる。

それはとっても凄いことだ。どれだけ生きていたのかはわからない。何百年、何千年。時間が前にも後ろにも進むのならその年令は計り知れない。老いること無く、衰えること無くここでの生活を知られる。それは人としての精神が蝕まれ廃人になるような事。でも今ここでエンマは人としての精神を保ち続けている。この人の心はずっと人間のまま。

 閻魔という死後の世界を管理する役目を負わされて尚崩れること無いその精神力はとても尊敬できる。だが、それは同時にずっと孤独で寂しいものだとも思う。

そんな事を考えると胸がはち切れそうになる。目に涙がこぼれ落ちてくる。

そう、こう湧き上がるような。感情と涙とこれは――。


「でだ、話の続きだが――」


「……うっぷ、――あ、やばい吐き気だ」


「おいおいまさか車酔いか?」


「ごめんエンマ様。私限界だ」


「ちょっ、車止めるから外で、外で吐け!」


 芝生を巻き上げ、キキーッと車が急停止する。元々エンマなりの気遣いで車もゆっくり進んでいた。しかし、ここでの急な刺激は私の嘔吐感をMAXまで引き上げた。


「オロロロロロロロrrrr」


「だぁー! 車の中でやりやがったこいつ!」


 知識ではTVとかで嘔吐シーンでは虹色の加工がついているんだろうなと自分に言い聞かせて私はこみ上げてきた感情と車酔いの気持ち悪さを全て車の中にぶつけ、エンマは慌てふためいていた。


 そして、その全てを出し切った後私の顔は凄いことになっていただろう。涙と涎と吐瀉物でぐちゃぐちゃだろう。でも、まずはこれだけ言わせてほしい。


「エンマさまー。シャワー浴びたーい。あと口もゆすぎたい。お口がー、胃が気持ち悪いよぉー」


「贅沢言うな! 俺のほうがお前のゲロ掃除で汚れてんだぞ!」


 ズボンやTシャツを汚したエンマと私は二人で仲良く車の清掃に勤しんだ。

そんなこんなありながら到着した忘れ物センター。名前とは全然違い、眼前に広がる光景は平行線まで続くこの殺風景な世界で初めて目にする物が溢れにあふれて小山がたくさん形成されたスクラップ工場のように物が置かれている場所であった。

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