支配の島

 青い光を浴びながら、セコンドは顔をしかめる。


 そこは洞窟の中。薄暗く湿った空気が漂い、ピトン、ピトン、という水滴の音がどこかで絶えず鳴っていた。


 その洞窟の奥深く、どこよりも温度が低い空間の中に、セコンドはいる。彼はランタンのわずかな明かりを頼りに、洞窟内の岩肌を見回した。


 彼の前には重々しい箱型の機械が設置されている。箱の上の面はモニターになっており、そこからブルーライトが発せられていた。


 装置の後ろからは大小異なる無数のコードが伸びており、その先はガラスケースに繋がっていた。透明なケースの中には、握り拳ほどの赤色の鉱石が横たわっている。


 セコンドは装置のモニターに手を触れて、浮かび上がる二つの円をスワイプしようと指を動かした。


 しかし指を動かした瞬間、無機質な音と共に画面が真っ赤に変わり、二つの円が元の位置に戻ってしまう。


「……失敗」


 セコンドは顎に右手を添えて、目を閉じる。黒い革製の手袋が着せられた右手である。




 ここは支配の島と呼ばれる孤島だった。


 大海原の中心、大陸からかなり離れたところに、忘れられたようにポツンと浮かんでいる島である。


 一般的に想起される無人島のような、一見すると自然が多いだけの、何の変哲もないところだ。


 しかしそんな島でも、世界規模で運営される惑星管理局が重宝し、国家機密として扱われているのにはそれ相応の理由がある。


 この島の洞窟の奥深く。そこに、「惑星を移動させることができる装置」が保管されているのである。


 この装置の画面には宇宙空間に広がる惑星が示されており、画面上の惑星を移動させれば、実際の惑星もその通りに動くという、優れものだ。


 セコンドは目を開き、赤色の小さな鉱石に目をやった。


 上からの説明では、鉱石は人の頭ほどの大きさのはずである。


 しかしガラスケースの中の鉱石は、その10分の1ほどしかない。


「動力不足の可能性有り……」


 彼は左手首に装着された通信機を起動させ、管理局本部へとつなげた。


 無機質な電子音が数回鳴った後、ブツッという音と共に、女性の声が聞こえてくる。


「こちら惑星管理局本部。何かありましたか」


 抑揚のない聞き取りやすい声である。セコンドは通信機に口を近づけて言った。


「こちらセコンド。現在 支配の島にて任務遂行中だが、動力源の不足により装置が作動しない。上からの指示を仰げ」


「承知しました。そのまま待機してください」


 ブツッという音が鳴り、女性の声が消える。


 セコンドは通信機から音が鳴るまでの間、周囲に目を回す。


 外見は極めて一般的な洞窟である。岩肌も本物であり、洞窟ならではの冷気もあるようだった。


 しかしそこに似つかわしくないのが、この装置であった。


 この装置の起源は諸説あり、正確には分かっていない。だがこの装置の存在は国家機密で、一般には絶対に公開してはならないし、この装置を直接触るのも、局員のごく一部だけだ。


 管理局の内部でも、この装置については様々な憶測が立てられていた。大昔の政府が作ったものではないか、地底人が残したものではないか、はたまた、神が現世に作り出したものではないか。または、これもまたJ兄弟の発明品の一つなのではないか。そのような冗談半分の噂話である。



 しかし、セコンドはこの洞窟に違和感を覚えていた。


 その違和感の原因はよく分かっていないが、とにかく、どうも漠然とした変な感じがするようなのだ。


 そんなことを考えていると、通信機から女性の声が鳴った。


「お待たせしました。上層部からの情報をそちらの水上バイクに転送しました。バイクの型番はS-2で合っていますか」


「ああ」


「では、こちらからは以上です」


 ブツッという突き放すような音が鳴った。


 セコンドはランタンを手に持って、海岸に停めてあるバイクへと向かう。



 惑星衝突まで、残り1週間。



 

 

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