7話「恋のお悩み」





雄一は、友だちが多い。


彼が僕と一緒に過ごしていると、必ずいつもスマートフォンには何かしら連絡があり、SNSの通知音がしょっちゅう鳴っていた。


そういう時、雄一はとりあえず画面は見るけど、「ああもう、今大事なとこだっちゅーの」なんて独り言を言って、すぐにスマートフォンをテーブルに置いてくれる。


でも、僕は一度だけ見てしまった。


その日は僕の家で過ごす日で、僕がトイレに行ってきた後の事だ。僕が雄一の後ろに立つと、彼はまだ、裸足で足音もなく近づいた僕には、気づいていなかった。


何気なく彼が見ていたスマートフォンの画面が見えてしまい、それはSNSの個人チャットで、メッセージをやり取りしていた相手のアイコンは、とても可愛い女性だったのだ。


でも、そのくらいで騒いでも、雄一に煙たがられるかもと思ったから、僕はその場は黙っていて、何気なくソファに腰掛けた。


なのに、雄一は現れた僕に驚いてスマートフォンを胸元に隠そうとして、愛想笑いなんてして見せたのだ。




“浮気”


それはおよそ雄一に似合わない言葉だ。


誤解のないように断っておこう。僕は彼が好きだ。だから、その分知っている事がある。


雄一は、気持ちを隠すのが下手だし、まず、隠すという手段を取らない。真っ正直で、そしてそれを罪と思わない。


もちろん照れ屋だから、いつもいつも「好き」と言ってくれるわけじゃないけど、しっかりと態度には出ている。


それに、何年も僕だけを想ってくれていた事を、僕は知っている。


だから、彼が浮気相手とこそこそメッセージをやり取りするなんて、似合わないし、多分やらない。



と、ここまで言える僕でも、嫉妬をするし、不安になるのだ。恋とは恐ろしい。


そんな気持ちを抱えて、僕は次に彼に会う日を待ちながら、“さり気なく聞き出せないかな”と考えていた。





「ねえ、相田さん。その後、彼女とどうですか?」


僕の隣で、谷口さんが唐突にそんな事を言うので、僕は飲もうとしていた野菜ジュースが変なところに入りそうになって、むせ込むかと思った。


でも、動揺を隠して、僕は彼女に向き直る。


「ど、どうって…」


「うまくいってる?」


谷口さんは昼食のサンドイッチをかじるけど、僕は右手に握ったおにぎりに手をつけられなくなってしまった。


「うまく…いってるんですかね…」


僕は、雄一がスマートフォンを隠した時の事を思い出してしまった。


「どしたの?なんかあった?ていうか、やっぱり彼女いたんじゃないですか」


そう言って僕をちょっとだけ睨む谷口さんは、恋の話が好きだ。僕はよく、谷口さんが話す、彼女の知り合いなどの“恋バナ”を聴いている。


僕はその時、“自分は恋の悩みを誰にも話せないんだ”という事に気づいた。


“でも、正体を明かさずに、話だけを相談するなら、もしかすれば糸口を教えてもらえるかも…”


「えーっと、まだ何かあったわけじゃないんですけど、その、ちょっと気になってることならあって…」


「気になってることって?よければ相談乗りますよ?」


「あ、ありがとうございます…」


「あ、でもそろそろお昼休み終わっちゃう。どうします?話長くなりそうなら、今日帰りにどっかお店でも行きますか?」


「えっ!?そ、それは悪いですよ!」


「悪くない悪くない。あ、それとも、彼女さんが心配するかな?二人きりとかだと…」


「いえ、そういうわけじゃ…じゃあ、よろしくお願いします…」


僕がその時断らなかったのは、もしこれから雄一の事で悩む事があったら、谷口さんに頼ってしまいたかったからだ。





「もー!私相田さんめっちゃ好きだったのにいー!なんで恋愛相談なんか乗らなきゃいけないのー!」


「た、谷口さん、もうお酒はよしましょう!それ以上は毒ですよ!」


「うるさい!すみませーん!バイスサワーもう一杯ー!」


僕は、とても困っていた。


僕の恋愛相談に谷口さんが乗ってくれるはずが、店に着いてビールを一杯飲み干した途端、彼女は豹変したのだ。


目の前でべろべろに酔っている谷口さんは、お酒はもう三杯目だし、これ以上酔っ払ってしまうのも危ない。


僕は店員を呼んで、すぐにバイスサワーの注文を取り消していた。


谷口さんは、安居酒屋のテーブル席で半身を投げ出し脇を見て、拗ねたように唇を突き出している。


“困ったな。これじゃ相談どころじゃないし、明日からの職場関係に支障が出たりしたら…”


朝になって、お互いに気まずい顔で出社をし、元のようには喋れなくなる僕たちを、やっぱり思い浮かべてしまった。


でも、谷口さんはまた叫ぶ。


「でもね!いいの!私わりと優しい方だし、許す!」


「は、はあ…ありがたい、です…」


何も悪い事をしていないのに、なんだか申し訳なくて、僕はちっちゃくなってしまう。


居酒屋に響く店内BGMと、絶えず飛び交っている開放的な笑い声。


「それで?何で悩んでるの…?」


まだ少し拗ねてこちらを見てくれないながらも、彼女は僕に聞いてくれた。


「えっと、その…この間、相手が…異性とSNSのやり取りしてるの、後ろから見ちゃって、聞けなくて…」


すると谷口さんは、顔を上げてこちらを見た。


「聞けばいいじゃん」


「えっ!?」


僕は、あまりにあっさりとそう言われてしまったので、驚いた。でも彼女は澱みなく、こう続ける。


「気にして悩むくらいなら、聞かないとダメだよ」


「で、でも、聞きにくいですよ…だって、連絡取るななんて言えないんだし…」


「何、異性と絶対連絡取って欲しくないの?」


「いや、そんなことないです…」


「じゃあそれも言えばいいの」


「えっ?」


谷口さんは体を起こして、席に腕をもたせかけ、僕を見つめた。


「そういう時は、まず、黙って見ちゃったことを謝ってね?それから話をする。あと、束縛する意思はないってこともちゃんと伝えて、それから、「好きだから不安なんだ」って言うの」


「あ、ああ…確かにそれなら…」


“すごい”


僕は、目の前に居る酔っ払いの谷口さんが、突然賢人のように見えてきた。


確かに、谷口さんが言った方法なら、雄一が不機嫌になる事だってないだろう。


“女の人って…やっぱりすごい…”


「できそう?」


そう聞かれたので、僕は「なんとかやってみます」と答えた。


「すみませーん!ハイボール下さーい」


「だからもうお酒はダメですってば!」





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