13話「強力な助っ人たち」





僕はその時、腑抜けたようにテーブルに顔を伏せ、一時だけ休憩を取っていた。


仕事が忙しい。いくらなんでも忙し過ぎる。


聞けば、製造と配送の方は、ほぼ24時間体制に近いシフトが組まれていると言う。


「死んじゃう…」


つい、そんな独り言をこぼした。すると、僕の頭に何かがぽてっとぶつかる。


首をひねって横を見ると、谷口さんがカロリーメイトをもぐもぐやりながら、僕の頭にもうひと袋のカロリーメイトを乗せていた。


「大丈夫?これ、食べて」


僕はなんとか起き上がり、彼女の手から、フルーツ味のカロリーメイトを受け取って、頭を下げた。


「ありがとう…疲れてたし、助かる…」


「本当に、こんなに忙しい会社になるなんてね。でも、これじゃあ困りますね、相田さんも」


「え?」


包みを破りながら彼女を振り向くと、谷口さんはこう言った。


「こんなに忙しくちゃ、彼女に会えないでしょ?」


その時、僕たちの後ろに少し離れて据えてあるデスクから、鈴木君のわざとらしい咳払いが聴こえてきた。


僕の職場には、以前僕を好きだった人が、二人も居て、今では僕の恋を応援してくれている。有難いような、やりづらいような。


「えーっと、まあ、でも、彼女は理解してくれてるし…」


「あまーい。そんなんじゃ、あっという間にさみしがって、彼女、離れてっちゃいますよ。物理的な距離は、心の距離より強く響くんだから」


「えっ…」


相変わらず彼女は、恋のことについては僕より上手なことを言ってみせる。それにちょっと困っていると、鈴木君が後ろから僕を呼んだ。


「相田さん、ちょっとこっち来て、これ見て下さい」


鈴木君は何かの書類を差し出していたけど、僕が椅子を彼の席に近づけようとすると、彼は立ち上がったので、僕もそうして、ついていった。


事務室の隅にあるコピー機のそばまで来ると、彼は、手に持っていた書類で、僕たち二人の口元を隠した。


「あの…相田さん、しょっちゅう、ああやってちょっかい掛けられてますけど、大丈夫ですか…?」


“やっぱり心配してくれてたんだ”


そう思うと有難かったけど、“全員が放っておいてくれていたら、気苦労もない気がするんだけどな…”とは、ちょっと思った。


「大丈夫だよ。彼女は押し付けがましい言い方もしないし、心配してくれてるだけだから…」


「そうですか…でも、この間聞いたんですけど…谷口さんって…」


ぎくっと僕の肩が震える。別に知られて困ることなんかないのに、“多分あのことだろうな”と思うと、ちょっと恥ずかしかった。


「前に、相田さんのこと好きだったって…」


「それは、前の話、ね…今はなんともないと思うよ」


「そうですか…でも、なんかピンチあったら、僕のところに来てくださいね。ごまかしますから!」


「あ、ありがとう…」


“これは物事がいい方向に進んでいるのだろうか”とそう考えてみても、なんだか余計にややこしくなっている気がした。でも、僕たちはひとまずそこで話を終えて、仕事に戻った。





「へ?旅行?」


「おう!俺、休暇がやっと取れたから、どっか行こうぜ!」


「ええー?いつ?いつ?」


ある日、帰っていた雄一はそう言って、僕たちは2日間だけ、旅行に行くことになった。とは言っても、僕も1日は休みを取らないと行けないスケジュールだったので、僕は困ってしまった。


「どうしよう…金曜だと、仕事は週の大詰めで、休みづらいなあ…」


「うーん、やっぱりそうか…日帰りになっちまうかな…」


残念そうにしょげている雄一に、「とりあえず課長に切り出してみる」とは言ったけど、あんなにみんな忙しい職場を、僕だけほっぽってなんて、真面目な課長や、職場のみんなが許してくれるかは、不安だった。




その翌日、僕は喫煙所で課長といつも通り煙草を吸っていて、世間話で場が和んでいる時を見計らい、休暇の話を切り出した。


課長は最近、忙しいからカリカリとしていることが増えた。


“やんわり、刺激しないように…”


「何しに休むんだ?」


僕はなんとか、「旅行に行きます」以外の言い訳を考える。


「えーっと、ちょっと親戚の用が…」


課長は、僕をじろりと睨みつけ、煙草をスタンド灰皿に押し付ける。


「こんな時に休まれちゃ困る。せめてもう少し人手が増えてからにしてくれ」


そう言った課長は、挨拶もしないで、さっさと喫煙所から出て行ってしまった。


“日帰りになっちゃったか…”


なんだか、社会の理不尽に、僕たち二人の生活が踏み荒らされている気分がして、悲しかったけど、僕は気を取り直して事務室へ戻った。そして、とんでもなく驚かされた。



「あ!相田さん!課長、休み取っていいって!」


扉を開けた途端に谷口さんからそう言われたので、僕は「へ!?」と叫び返した。


谷口さんは課長のデスクの前に立ち、僕の方を向いている。その近くには、鈴木君も居た。他の事務員は、忙しく仕事をしている。


「だからね、課長。大切なご用事に呼ばれてるから、私たちで仕事は請け負いますから!」


谷口さんは課長に向かってそう畳み掛けていて、課長は「わかったよ」と言い、片手でそれを押し返そうとしていた。


「僕も居ますよ!少しくらい、仕事が増えたって平気です!」


「ちょ、ちょっと二人とも…!?」


僕は訳がわからなかった。そして、谷口さんと鈴木君に脇をそれぞれ掴まれて、事務室の外に連れ出される。


扉が閉まると、谷口さんが「こほん!」と咳払いをして見せた。


彼らはそれぞれこう言う。


「彼女との旅行、ですよね?」


谷口さんの慧眼からは逃げられない。この時、そう思った。


「たまには二人で羽を伸ばしてきてください!僕たち、頑張りますから!」


鈴木君は健気な瞳で僕を見つめている。もちろん僕はこう言った。


「気持ちは嬉しいけど、それじゃ君たち二人が大変じゃないか!それに、ほかのみんなにだって迷惑がかかるし…」


すると、谷口さんがきっと僕を見つめた。


「大丈夫です!私たち、同盟を組んだので、二人で請け負います!」


「同盟?って、なんの?」


「「相田さんを幸せにしておく同盟」です!」


それはとても有難い申し出のはずだった。しかし、彼らは元々僕に特別な好意を持っていた人物だ。


なんだかそれじゃ、便宜を図ってもらった見返りに、何かが要るんじゃないかと思ってしまうし、正直気まずい。すごく気まずい。


「だ、大丈夫だよ、えっと…確かに旅行の予定なんだけど、日帰りにもできるんだ…」


「日帰り!?日帰り旅行なんかで、これだけ長い間会えなかった彼女が満足すると思ってるんですか!?」


一体谷口さんは何を代弁しようとしているのだろうか。そう思えてくるほど、彼女は真剣だった。


「とにかく、後は僕たちに任せて、課長の気が変わらないうちに、届け出を出してください!」


二人の申し出を受けていいものかわからなかったけど、僕は二人を落ち着かせて、休暇願いの書類を書いていた。


“ああ、でも、これで2日も彼と一緒に…”


書き終わった休暇願いを見ていたら、長い間彼とろくに触れ合えもしなかった僕は、切ない喜びが胸に込み上げ、ちょっと涙をこぼした。





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