12話「微笑み」





最近、雄一の帰りが遅い。


その前に、僕たちは雄一の昇進祝いをした。


その日は、僕が料理を作って家で待っていて、雄一は遅くに帰ってきた。


雄一の会社は小さいけど、彼は、ビジネスの世界で腕を揮っていた、父親のツテでその会社に入ったと言っていた。


最初は周りからやっかみもあったし、相手にしてくれない人も居たくらいだと話していたけど、だんだんと頑張りが認められて、とうとう25歳の若さで、営業部第一課の係長になった。


雄一から聞いた話でしかないけど、雄一が居る本社の営業部はもちろん地方の支社より厳しく、そこで成り上がるということは、やがては幹部候補になる可能性も高いらしい。


でも彼は、「自分の仕事が結果になるのは嬉しいもんさ」、としか言っていなかった。


雄一は、深く考え込んだりはしないけど、解決に向けてのバイタリティなら、誰にも負けないと思う。そんな彼ならやっていけるだろうと、僕は安心して眺めていられた。


「ただいま」


「おかえり」


帰宅して、雄一が入浴と着替えを済ませてから、僕たちは食事をした。


「おっ!ハンバーグでっけえ!」


「これね、焼くのに時間かかったの」


僕が用意した食事は、大きな丸いハンバーグと、野菜のスープ。それだけだけど、一応お祝いのつもりなので、ハンバーグはどーんと大きくした。火を通すのがちょっと大変だったけど。


「いただきます!」


元気よく食事に掛かった雄一と、話をしながら、僕たちはハンバーグに取りかかる。


「ねえ、係長って何するの?」


「んー?うちの課は外側の営業だからな、マーケティングとかの方から押し付けられた件数、どうやって上げてくるかとか、そういうの」


「へ、へえ〜。やっぱり営業にもマーケティングがあるんだ」


僕は、営業の仕事がどんな仕組みなのかなんて知らなかったし、実は、そんなことまで初耳だった。


「そりゃお前、なけりゃどうやってコンスタントに客取るんだよ。奴らはそういうとこひねり出してきて、その戦略を使うのが俺たちさ」


「ふーん。すごいねえ」


「ん!ハンバーグうまいな!」


「へへ、よかった」


その晩は雄一が遅かったので、すぐに二人で眠ることにした。そして、翌日から雄一は、毎晩の帰りが0時を回るようになってしまったのだ。




「あ〜、くたびれた…」


ある晩帰ってきた雄一は、ソファでのびていて、すっかり疲れ切った様子だった。


僕はソファの脇に座り込んで、横になっている彼の頭を撫でる。


「大丈夫?最近、帰りが遅いから…」


「ああ…係長になってから、もちろん仕事は増えたし、週一の会議も、深夜だし…昼間は営業部は動き続けてるからな…」


僕は彼のおでこをさすってあげて、頬にキスをする。元気が出るように。


そうすると、雄一はこちらを向いて、微笑んでくれた。


「よく似てるぜ、あの頃と」


そう言った雄一の顔は、高校生の頃、がむしゃらに勉強をして、なんとか周りに認めてもらおうと努力していた時と、同じだった。


“お前が居るから、頑張れるんだ”


そう言った時と。


「家に帰ればお前が居る。そうじゃなきゃ、俺は何もできない…」


急に彼の声は尻すぼみに小さくなり、雄一は顔を横に向けて床に目線を落とした。


もしかしたら、雄一は不安だったのかもしれない。くたびれ切るまで仕事をしなくちゃいけないことが。


俯いた雄一は少し辛そうな表情をしていて、寂しそうだった。僕はもっと雄一に近寄り、ソファにもたれかかるようにして、彼の体を抱く。何も言わずに。


僕は目を閉じて、彼の肩のあたりに頬を当て、雄一が話すことを聴いていた。


「俺には…俺の支えは、お前しかない。今さら離れ離れになることなんかないと知ってても…」


小さな声でつぶやく雄一の声は、同級生と喧嘩をして、それを悔しそうにこぼしていた時みたいだ。


僕には、言いたいことがあった。だから、ゆっくり口を開いて、優しく、でもしっかりとこう言った。


「ないよ、雄一」


雄一は、ソファの上で顔を上げて僕を見る。その目を見つめて、僕は彼に素直に向き合った。そうすると、どうしても笑いたくなる。


君の前では、素直に笑えるんだ。


「僕たちは、離れ離れになることなんかない。ずっと一緒に居るよ」


そう言ったら、雄一も嬉しそうに、穏やかに微笑んでくれた。





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