14話「旅の道行」





僕たちは東海道本線、熱海駅で降り、ホテルに荷物を降ろしたら、まずは行ってみたかったスイーツのお店へ向かった。


「いちごのお店だけあって、いちごだらけだねえ~。やばい!このパフェおいしそう!雄一、何食べる?」


そこは、熱海駅からさほど離れていない繁華街にある苺専門のスイーツ店で、店内は苺のぬいぐるみが飾られて苺型のランプが下げられ、ちょっと恥ずかしいながらも、二人で入店した。


僕たちは、甘酸っぱい苺がクリームにまみれたり、アイスに隠れたりしているのをスプーンで掬いあげて極上の甘味を貪っては、二人でにこにこと笑い合っていた。ああ、やっぱり甘いものっていいなあ。




「わあ…夕日が沈むね!」


熱海の海岸。目の前にある黄金のカーテンは、背後に迫る夕闇へのグラデーションで染められ、今まさに、絶景を過ぎようとして、太陽が水平線に飲み込まれていく。


僕たちは夕景の美しさに呑まれてしまって、しばらく肩を並べ、何も言えずにいた。



二人で黙っていた時、遠く離れた地に放たれた僕たちは、自分たちの約束だけで歩んでいい道に来られたような気がして、とても嬉しかった。それを雄一にも言いたかったけど、なんだか彼が悲しむ気がしたから、それは言えなかった。


「なあ、腹、減ったよな」


「そうだね、ホテル戻る?」


「ああ、六時にレストランだから、そろそろいい時間だ」


「じゃあ、バスすぐに来るといいね」




「おーっ!海の幸!それに肉!やっぱこれだよな!」


サラダや、お豆腐、それから舟に盛られたお刺身がたっぷりと、貝類、銘柄牛が一人前ずつ。


それをカートに乗せて持ってきてくれたのは、着物姿の女性スタッフさん。彼女は、鉄板付きのテーブルの横でかがみ込む。



「ただいま鉄板に火をお点けいたします。火力の調整はスタッフをお呼び下さい。それではごゆっくりと。失礼いたします」


そう言って流麗にお辞儀をすると、彼女は踵を返し、残りのテーブルへまた食事を配っていた。


「ありがとうございます」


僕は雄一と顔を見合わせ、めったに楽しめない料理を前に、にやっと笑った。


「「いただきまーすっ!」」


僕はまず貝を鉄板に置き、お刺身とサラダを、どちらから食べるか迷っていた。すると、僕と同じく貝を焼き始めた雄一が、お肉まで鉄板に敷き始める。


「あれ、もうお肉焼くの?」


「おうよ、見とけ」


雄一を見ていると、彼はガツガツと食べ物を口に入れ始めた。


お肉の片面を焼いている間にサラダを食べ終え、お肉をひっくり返したらごま豆腐をかっこむ。そして焼き終わったお肉にわさびと塩を付けると、あっという間にごはんに乗せた。


「えっ…はや!もうお刺身とお肉しか残ってない!」


「どうだ!」


にかっと笑って、彼はそのまま、お肉の乗ったごはんを食べ始めた。


誰も急かしやしないのに早食いをしている彼が、ちょっとおかしくて、噴き出してから大笑いした。そうすると雄一は機嫌良さそうに微笑む。


笑いが収まってから僕は、貝が口を開けたところへ醤油を差し、ぐつぐつと煮汁が踊るのを見ながら、ゆっくりお刺身を食べていた。




その夜は、海からの風を引き入れた部屋の中、野生の潮の香が、僕たちの熱を溶かして、渦を作っていた。


僕たちは、浜辺のさざ波を聴かなかったし、煌々と照っていたんだろう月を眺めもしなかった。


部屋に入った途端に、彼は僕の手を引いて、僕の体をベッドに投げつけると、圧し掛かってきた。


それを僕が承知で引き寄せ、彼の頬が青白い月光に照らされているのをちらと見てからは、僕たちは時を忘れ、人を忘れ、愛すら置き去って求め合った。





「ねえ…僕たちってさ」


隣で雄一は、煙草を吸っている。僕も指に煙草を挟み、旅館の大きなバスタオルで体を覆っていた。


「うん?」


彼は煙草から口を離さず、窓から見える海辺の景色を見ている。部屋の灯りは真っ暗で、月の光が散らされてきらきら輝く海の水が、一望できた。


僕は、言い差してから、言うのをためらった。


“あんなに愛し合ったばかりなのに、もう不安なんだ”


彼にそう思わせるのが嫌だった。でも、不安な気持ちを黙っていたら、それが実現されてしまうことを、「過去」に学んだ僕は、思い切って口に出す。


「この旅行のこと、誰にも話せない、よね…」


僕たちは、周りからどう思われるかが、自分たちの関係まで変えてしまうことも、知っていた。


雄一が学生時代に、僕たちの関係を彼の父親から咎められたこと。それを今、彼がどう解決しているのかは知らない。十中八九、秘密にしているだけ。でも、不安だから聞けない。


僕は、会社の後輩の鈴木君になら、話ができるだろう。でもそれは、「誰か」と言っただけで当てはまる、60億の人間のうちのたった一人。それも、赤の他人なのだ。


「俺は言える奴いっぱいいるぜ」


聴こえてきた声に、僕はまず驚いた。雄一の声はわりあい明るく、でも僕のさみしさを置き去りにしないよう、控えめだった。


「え、いっぱいって…どういうこと?」


彼は煙草を灰皿にもみ消すと、僕の頭を撫でてから、キスしてくれた。


不安のなさそうな彼の微笑みは、見ていて嬉しい。


「俺の仲間は、みんなお前のこと知ってる。「可愛い奴でさ」って話すと、「またそれかよ」って笑うよ。でも、歓迎してくれてる。お前が会ってみたいなら、今度飲み会でもしようかと思ってたんだ」


僕はその時、心底安心した。彼が昔のように、僕との関係に悩んだりしていないことで。それで、思わずほろりと涙がこぼれてしまった。


「泣くなって」


「だって…!嬉しいんだもん…!」


「うん、うん。よしよし、稔」


その時僕は、冷たく青白かった月の光が、淡く優しいと思った。





Continue.

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