3話「彼の嫉妬」





「なあ、お前さ」


「うん?」


「彼女とか、俺と別れてから…いたか…?」


僕たちは、一晩を共にした後の朝に、僕が作った朝食を食べていた。


雄一も最近は料理をするようになったと言っていたけど、家主は僕だし、作るものは毎朝決まっているからだ。


そして、食べていた時に、雄一は不安そうな顔で、僕の目を見ずにそう言った。


“可愛いな”


「いた」


「えっ…」


「って言ったら、どうするの?」


僕が彼の顔を覗き込むと、彼は尚も顔を逸らして俯いた。


「からかうなよ…真剣なんだから」


「ごめんね。だって、嫉妬する雄一、可愛いんだもん。心配しなくても。僕みたいな冴えない男に、彼女なんてできませんよーだ」


“あの頃より、素直になれる”


「俺は可愛くねーし、お前が可愛いんだよ」


“だって、今度こそ君を愛したいから”


「ふふ、ありがと」


恥ずかしがって彼は頭を掻き、ハムエッグのハムを、一枚丸ごと口に詰め込む。それから食事が終わるまでは、僕たちは喋らなかった。


僕がお皿を洗って、またベッドに戻ってしまっていた雄一を起こしに行くと、彼は眠っているように見えた。


「雄一、そろそろ出ないと」


揺さぶり起こすと、彼は目を閉じたまま、僕の腕を強く引いた。


「わ、わっ!」


抱きとめられ、抱き締められる。彼との、「恋人」の時間。切なくて仕方ない。


“また、始まったんだ”


そう思って、僕も彼を抱く。でも、雄一は僕に謝った。


「ごめん、稔」


僕は、半分起き上がった彼に、強く抱かれて頭を抱えられていた。振り向く事は出来ない。


「どうして…謝るの…?」


怖かった。今さら別れを切り出される事なんかないと分かっているのに、怖かった。


雄一は僕の首に髪を擦り付け、何度か僕を抱え直す。不安がって行き場を探すような彼の腕が、僕の背中を撫でた。


「俺…お前と別れた後で、一回だけ、彼女作った」


そんなに意外だとも思わなかった。


雄一はかっこいいし、それに、僕たちは若いんだから。でも、僕はほんの少し傷ついてしまう。


「そう、なんだ…」


彼は僕をぎゅうっと、苦しいくらい抱き締めて、ぐすぐすと涙を流す。僕は、雄一の頭を撫でた。


“そのくらいで、怒ったりしないのに”


「俺…お前を忘れたくて…!でも、できなかった!だって、あの頃、お前がいてくれなかったら、俺、どうなってたかわかんないんだぜ…?」


雄一は茶化すように笑って見せるのに、体を向かい合わせた彼は、どんどん溢れる涙を拭う。


「うん。わかってる」


僕からもう一度彼に抱きついて、キスをした。


唇が離れた時には彼の涙は治まっていて、でも、申し訳なさそうに笑っていたから、「大丈夫」と言った。


「大丈夫だよ。今度は放したりしない」


そう言うと彼は頷いてくれて、僕たちはぼんやりとした切なさに包まれたまま、家を出た。





それから、僕と雄一は、休みが合う度に僕の部屋で会うようになった。


外に出ようかとも思ったけど、外じゃ出来ない事ばかりがしたくて、恥ずかしい純粋さを持ち寄って、いつまでも抱き合っていた。


“多分、こんなのが毎日になったら、死んじゃう”


嬉しくて仕方ないから、僕はたまに泣いた。そうすると雄一は優しく髪を撫でてくれた。


“今死んじゃっても、僕、幸せだろうな…”


思い詰めるほど想い合って、僕たちは小さな日々を分け合った。





「相田さん、最近何か良いことでもあったんですか?」


ある日、仕事に出てデスクに就いた時、隣の谷口さんがそう聞いてきた。


その前の晩、僕は雄一を家に泊めていた。彼は「今日も休みだし」と言って、僕の家で待っていてくれている。もしかしたら、それが顔に出ていたのかもしれない。


「あ、えっと…別に…普通ですよ」


そう言ってごまかそうとしたのに、女の人とはなんと恐ろしいものか。


「あ!その顔は〜。さては…彼女ができましたね?」


にまにま笑って僕を指さす谷口さんは、どうやら僕の事は諦めてくれたみたいだけど、今度は旧知の仲としてからかうようになったらしい。


「いや、そんなんじゃないですよ」


「ふふふ。みんなそう言うんですよ。こういう時には」


「ま、まいったなぁ」


根負けした振りで僕がPCの電源を入れようとした時、急にスマートフォンが着信メロディーを鳴らす。それは雄一が好きなロックの曲だった。


“タイムリー過ぎるよ、雄一!”


僕が焦ってスマートフォンを見ると、画面にはやっぱり「雄一」と出ていて、谷口さんはそれを隣から覗き込んでいた。


「なんだ、彼女かと思った」


「え、えへへ…友だちが、今日家に来てたんで…何かあったのかな?」


「ふーん」


谷口さんは、手元にあったパックから抹茶ラテを啜り、デスクに向き直る。


“そっか。僕たちって…こういう関係なんだ…”


彼の事を、恋人として誰にも紹介出来ないのは、ちょっと寂しかったけど、その時はまだ辛くなかった。


僕はその日も真面目に仕事をして、雄一の待つ家に帰った。





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