17話「五年たち」





僕たちは、あることについて沈黙し続け、おそらくお互いに似たような不安を持ちながら、もう五年が過ぎた。



僕たちは、考え続けていた。自分たちの関係について。


この関係を、自分たちの血縁者にどう打ち明けようか、もしくは秘密にしておくべきなのか。


でも、周囲の友人や仕事仲間などに認めてもらえるようになったことで、僕たちは、自分の身内についても、わずかながら、希望を持つようになった。


“いざという時には、誠意しか役に立ちません”と、鈴木君は言った。彼は、家族にも伝えて、自分のことについては認めてもらえたらしい。



“何も初めから叱られて叩き出されたりはしないだろう”と、そのくらいの希望なら、確かにあった。でも、それは“確かな希望”ではない。



僕は、何日も、何週間も、何カ月も、何年もこのことについて考え続けて、自分を支えてくれているパートナーを両親に紹介できないことに、苦しんでいた。


それは、雄一に対しても、両親に対しても、裏切りのような気がしていた。


僕を守ってくれる雄一を、両親に対して顔向けのできない存在とし続けること。


やっと見つけた世界一大切な人が、おそらく両親からは不愉快と思われるだろうこと。


彼が、僕の両親から機嫌よく迎えてもらえるわけはない。そう思っていた。そう思わざるを得ない。「普通」ならありえないことなのだから。


今は疎遠ではあるけど、僕の祖父母はまだ生きていて、叔父や叔母だって居る。その人たち全員に納得してもらわなくちゃ、雄一は僕の隣に居られない。そのためには、僕の両親の協力が不可欠だ。


僕の両親が、息子の幸せのために、偏見や非難と闘う道を選んでくれるだろうか。それ以前に彼らの中にある価値観と、折り合いをつけてくれるものだろうか。


“もし身内からはねつけられれば、僕たちはまた居場所を失うかもしれない”


そう思うと、どうしても両親への紹介には踏み切れずにいた。その時に背を押してくれたのも、やっぱり彼だった。




僕はその日、雄一と再会してから五回目の誕生日を祝ってもらっていた。


「おめでと!稔!」


「ありがとう」


「はいこれ、プレゼント」


「お、ネクタイ!けっこういいやつ?」


「もちろん」


「俺からはライター」


「すごーい、綺麗なジッポ」


「真鍮だよ」


「ヘー!ありがとう!」


パーティーの会場としたイタリアンのレストランで、僕は、もとは雄一の友人で、今は僕の仲間にもなった友人たちから、いろいろと贈り物を渡された。


コース料理をみんなで堪能する間に、全員ワインを飲んで酔っ払い、ケーキが運ばれてくる頃には陽気に騒いでいた。僕は、その日が楽しくて仕方なかった。


雄一は、みんなと居る時には、決まって僕の真正面の席に座って、僕が楽しそうにしているのを、にこにこしながら見ている。みんなの前でいちゃいちゃとやるのは、ちょっと恥ずかしいみたい。


でも、僕はその分、仲間みんなと喋って、笑って、時には愚痴をこぼして励まされ、違う誰かが落ち込んでいる時には、自分がしてもらったことを懸命に返した。


“あの頃とは、違う”


またそんな思いが僕の胸を過った。


高校生の頃、クラスの誰とも喋らず、その後一生を孤独に過ごそうと決め込んでいた、僕。


そんな僕が、こんな風に温かい友情に包まれているなんて、想像しなかった。いつもそれが有難かった。


今日のパーティーの出席者は、僕と雄一、それから白澤君、剣持君、緒方さんだった。白澤君と剣持君は僕たちと同い年で、前の会社で雄一と同期だった。緒方さんは今の会社の同僚だけど、歳は僕たちの二つ上だ。


白澤君は、初めて会った時も僕の隣に座っていた。彼はいつもその位置を陣取り、そこから僕と雄一を交互に指さして、僕たちが仲の良いのをはやし立てるのが好きだ。


剣持君は無邪気な学生のように元気で、緒方さんは年齢並みに落ち着きのある方。だから緒方さんはまとめ役をいつも買って出てくれる。


他にも一緒に飲んだり食事をしたりする人は居るけど、大体いつも必ず集まってくれるのは、このメンバー。



「それにしても、相変わらず酒強いよな、稔は」


「ふふふ~」


僕は、グラスに何杯目かわからないワインを飲んでいて、隣に居る白澤君に笑った。



「雄一、お前も負けるなよ」


白澤君がそう言うと、雄一は呆れたように首を振る。


「ザルと勝負する気なんてねえよ」


「ははは」


白澤君は機嫌よく酔っている。その時、はす向かいに座っていた剣持君が、ちょっとこちらを覗き込んで、内緒話をするように片手を口元に当てた。僕はそこへ向かって体を屈める。


「前にな、稔居ない席で、雄一が本気で酔っぱらった時に、「今からプロポーズしに行く」って言って、会計すっ飛ばして店出てったの。探すの大変だったんだよ?」


そう言って剣持君は、いししし、と笑う。


「そんなことあったの?」


僕はその時、いつもあった不安と、彼への感謝との、半々の気持ちが胸に湧いた。


「おめえら、何コソコソ喋ってんだよ」


「なんでもなーいよ」


剣持君はもったいぶった素振りで席に座り直して、ワイングラスを傾ける。僕もケーキの残りをちまちまと食べた。





パーティーが終わって家に着くと、扉が閉じた途端、雄一は僕を急に強く抱きしめた。僕は驚いたけど、抵抗するわけもないので、されるがままに抱きしめられていた。


「…どうしたの?」


彼は、しばらく何も言わず、じっと僕を抱いていた。それから大きく息を吐いて、僕の体を抱え直す。今度は優しく。


「剣持に聞いたろ」


僕は、さっき聞いた言葉を思い返し、体中が硬直するのを感じた。もしかしたら、怖くて、嫌だったのかもしれない。これから雄一が言うことを聴くのが。



「そろそろ、俺たち、両親に挨拶しよう」





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