21話「拒絶」





“会わせたい人が居るんだ”


僕が電話でそう言った時、母さんは喜んでくれた。


でも、やっぱり僕の思った通りになった。




母さんと約束をした日曜日に、僕と雄一は、僕の実家を訪れた。


今度は僕がインターホンを押し、少し無音の時間があってから、母さんが躊躇いがちに返事をするのが聴こえた。


“はい…?稔…?”


母さんは、カメラに写った雄一の姿を見たんだろう。そして、想像とは全く違った事に、少し戸惑ったんだと思う。


でも、僕が落ち着いて、「久しぶり。来たよ」と言うと、母さんは玄関を開け、僕たちを奥へ通してくれた。



「まあ、あの…なんて言ったらいいか…お父さんを呼んでくるね」


「うん」


母さんは居間を離れ、二階へ上がって行った。


僕はその時、異常な緊張状態にあった。


僕の家族は、一度で承諾してくれるはずがない。そして、僕の家族を説得出来るのは、僕だけだ。


僕がやるしかない。


そう思い詰め、息苦しいほどの鼓動を必死に抑えつけて、僕はやっと平然を装っていた。


間もなく、居間に父さんも現れる。その時、雄一は席を立って、父さんに頭を下げた。


「これは…」


そう言いかけて父さんも戸惑い、居間の入り口に立ったまま、首を振った。そして、雄一を指差す。


「稔…この人は、どういうお客さんなんだ?」


父さんのその語調には、どこか怒りを抑えているような、威圧する感じがあった。僕は努めて平静に、父さんに向かって、「とにかく座って」と言った。でも、父さんはまた首を振る。


「どういう訳か聞かない内に、同じ席に座る訳にはいかない。話しなさい」


そこで、立ったままだった雄一が、もう一度頭を下げ、ついにこう言った。


「僕たち、真剣な付き合いをしているんです。どうか、認めて下さいませんか」


その言葉に、母さんは「まあ…」と呆気に取られたような声を上げ、父さんは驚いたまま、しばらく動かなかった。


僕は、決め手の一言の前に雄一の印象を良くしておきたかったので、“まだ早かったのに”と思い、雄一を見上げる。彼は、父さんから目を離さず、見つめ続けていた。


父さんはいつしか下を向き、ゆるゆると首を振り続けていた。そこへ、雄一がまた喋り出す。


「自己紹介が遅れまして、申し訳ございません。僕の名前は、古月雄一と言います。稔君とは、高校時代に知り合いました」


それは、どこか挑みかかるような言い方だった。


“どうしよう。このままじゃ、喧嘩になっちゃうかも…!”


「雄一、座って。父さんも、お願いだから、こっちへ来て、座ってよ…」


僕は、緊張と不安が高潮し過ぎて、息が苦しくて仕方なかった。もうあと少しで、心臓がはち切れそうだ。手が震えて、怖くなってきた。


僕の様子を見て、父さんは脇に向かってため息をつき、渋々ながら、雄一の前の席に腰掛けた。


「それで…二人は、付き合ってるのね?そうなのね?稔…」


怯えながら、戸惑いながら、母さんがそう聞く。僕は頷いた。


「このまま、ずっと二人で暮らしていきたいんだ」


そう言って母さんを見つめたけど、母さんは横を向いてうつむき、ショックを受けたように呆然としていた。


僕の隣で、雄一がテーブルに身を乗り出し、母さんに向けてこう言う。


「僕は、息子さんを幸せにしたいんです。稔君は、僕と一緒に居たいと言ってくれました」


それを聴いて、母さんは雄一を見つめたまま、悲しんでいるような顔をして、動けなくなってしまった。そこで口を開いたのは、父さんだ。


「幸せには色々な形があるから、と言ってやりたいところだが、これは承諾出来ない」


「父さん!」


思わず僕は叫んだけど、父さんは、渋い顔で下を向いていた。雄一は、今度は父さんに向き直る。


雄一が父さんを真面目に見つめているので、僕も同じように、父さんを見ていた。


「僕は、高校時代、どうしようもない不良でした。でも、誰も見向きもしなかった僕に、稔君だけが優しくしてくれたんです。だから、僕は今、真っ当に生きています」


父さんは、ちら、と雄一を見たけど、大して顔色を変えずにまた俯いた。


「稔君は、僕を変えてくれました。それから、これからの一生を、僕が稔君を支えたいと思う気持ちを、許してくれました。だから、どうかお父さんとお母さんも、それを…」


そこで父さんが、ぱたんと手で軽くテーブルを叩く。雄一は喋るのをやめた。


「すると、あの頃稔がつるんでいた不良学生は、君か?」


“まずい!”


僕は、自分もテーブルに腕を乗り出して、父さんを説得しようと思った。でも、雄一の方が早かった。


「…はい。そうです。その件について、僕は謝ります。お父さんと、お母さんに…」


そう言っても、父さんと母さんは何も言ってくれなかった。僕はそれを見ながら、とても寂しい気持ちだった。


「ね、ねえ…」


僕は、縋るような声で、父さんと母さんに呼びかける。


“どうして?「一緒に居たい」って言っただけなのに…”


僕は、父さん母さん二人に向かってよろよろと腕を伸ばした。


「お願いだよ…僕は、雄一と一緒に居たいんだ…」


僕は、溢れそうになる涙で目の前が滲んで見えず、不安がどんどん大きくなって、怖くて仕方なかった。


しばらくは誰も何も言わなかったけど、父さんがやっと口を開く。


「話は分かった。でもな、雄一君。君にとって稔は恩人かもしれないが、私たちにとっては、君は“稔に道を誤らせた人間”でしかない。そんな人に、稔を渡す訳にはいかないんだよ」


僕は、もう我慢が出来なかった。昂り切った緊張の糸がぷつっと切れ、両目から一気に涙が噴き出す。


「お父さんがそう言いたいお気持ちは、分かります。でも、僕たちはもう、お互いの存在無しには生きていけません」


「ふふ、知ったような事を言うんじゃない。二人はまだ若いんだ。これから先、いくらでも他にいい人が見つかる」


「そんな事…」


「うちの息子だけはやめてくれ。君とはもう関わらせる訳にいかないから」


「それはあんまりです、お父さん」


「いいかい。稔の事を忘れてくれ」


僕は、今にも飛び出しそうになっている言葉を、必死に喉元へ押し返していた。でも、ここでそれは出来なくなった。


僕は、どうやって体に力を入れているのか分からないまま立ち上がり、テーブルに勢いよく手をついた。そして、俯いたまま叫ぶ。


「…縁を切る…!」


「稔…!?」


母さんがびっくりして僕を見つめているのが分かる。でも僕は涙で前が見えなくて、俯けている顔も上げられないまま、もう一度言った。


「僕が!父さん母さんと縁を切る!」


そう叫ぶと、雄一が僕の腕を掴んで、僕を座らせようとした。でも、僕は今だけその手を振り払う。そして、父さんを睨みつけた。


「この家を出る!そうしなきゃ彼と一緒に居られない!どうしてさ!好きな人と一緒に居たいってだけなのに!彼は僕をとても大切にしてくれているのに!いいよ!もうこんな家には居たくない!」


僕は叫び切って、最後にもう一度、両手で思い切りテーブルを叩いた。


「稔、待って…!」


そう呼ぶ母さんには、構わなかった。父さんが“ああ”なら、話にならない。


僕は雄一の手を取り、引っ張る。


「雄一、帰ろう…」


引っ張ったはずの雄一の手が、全く動かない。彼は、物凄い力で、その場に踏ん張っていた。


顔を見ると、雄一はゆっくりと首を横に振り、こう言った。


「稔。落ち着け。席に座って、話をするんだ」


僕はそこでまた涙が込み上げた。


“だって、上手くいくはずがないのに、僕たちは引き裂かれようとしてるのに…!”


「もう話をする必要はない。君は帰ってくれ」


父さんが、雄一に向かってそう言っている間に、僕は雄一に手を引かれ、椅子に座らされた。


「いいえ、帰る訳にはいきません。僕たちの事を認めてもらうまでは」





Continue.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る