10話「二人暮らし」
僕たちは一緒に住み始めてから、入居先の近所にどんな店があるのかウェブの地図で調べた。
住所を現在地に指定してから、「スーパー」、「コンビニ」など、住む時に必ず訪れる場所を入力して、一つ一つ確かめる。
「わ、“まいまーけっと”、こんな近くに二軒もあるんだ」
僕たちは床に座って、ローテーブルの上のノートパソコンに向き合い、僕はコーヒー牛乳をちゅうちゅう吸う。雄一はマウスを動かして、地図を確認していた。
「三軒となりは“東城”だな。高いもんはこっちで買える」
「えー、買うかなぁ」
“東城”はちょっと高価格帯の、お洒落なスーパーという感じのチェーンストアだ。
「俺は気に入ってんだよ、東城。チーズケーキがうまいの」
「へえ。チーズケーキかあ!」
僕が思わず声を上げると、雄一はくすくす笑い出した。
「なあに?」
笑われたので僕が拗ねると、彼は僕の頭を隣から撫でてくれた。
「お前、初めて一緒にメシ食った時も、クッキーシェイク食べてた。甘いの好きなんじゃん」
“覚えててくれたんだ”
思い出すと嬉しくて、それから僕は彼に甘えたくなった。
コーヒー牛乳をノートパソコンの隣に置いてちょっと膝を抱え、小首を傾げて見せる。
「だめ…?」
ちょっと狙いすぎかなと思ったけど、雄一はキスしてくれた。
「全然。可愛い」
素直に笑ってくれる彼。
いつまでも、僕はドキドキしっぱなしだ。でも、これからはこの家で彼と生活するんだし、慣れないと、僕、死んじゃうかもしれない。
そう思うのがとても幸せだった。
「雄一、今日ごはん作りたいから材料買ってきたんだけど、フライパンとかってどこにあるかわかる?」
同居三日目、久しぶりに早く帰れた僕は、調理の簡単そうな味付け肉と、半玉のキャベツを買って帰った。雄一は先に帰ってたみたいだった。
「ええ〜、わかんねえよ、こんなにあっちゃ。まあいいや、探しといてやるから、お前は風呂入ってくれば?風呂の湯まだ残ってるし」
「いや、お風呂はあとで大丈夫だよ。僕、自分で探すし…」
僕がそう言っても、彼は近くにあった段ボール箱にもう手をつけていた。そして、片手で僕をバスルームの方に追い立てるように、手のひらをひらひらと動かす。
「いーから。戻ってきたら肉焼いてくれよ」
「そう?じゃあ、お願いね」
僕はお風呂に入ったけど、雄一が入浴剤を買ってきていたみたいで、それはゆずの香りの、ちょっといいお風呂だった。
「ああ〜、いい気持ち〜…」
湯船の湯に肩まで浸かって、疲労がじんわり湯に溶け出していく感覚を味わう。
ゆずの香りに癒され、僕は思わずゆっくりお湯に浸かってしまい、ずいぶん経ってから、「いけない!」と思って、お湯から上がった。
“ごはん作らないといけなかったのに!”
脱衣所に出た時に、キッチンの方から“ジューッ”という音が聴こえてきた。なので、僕はますます慌てて、バスタオルで体を隠しただけでバタバタとキッチンに向かう。
「どうした?そんなに慌てて」
何気なく振り返った雄一は、僕が買ってきた味噌漬けの豚肉を焼いているようだった。僕は謝る。
「ごめん、やってくれてたんだ!僕、うっかり長くお風呂浸かっちゃって…おなかすいてた?」
そう言うと、雄一は嬉しそうに笑った。
「いや、美味そうだったし、焼いてただけ。キャベツは炒めるんでよかったか?」
「う、うん、大丈夫…ごめん、今、服着てくるから…」
「おう、米も炊けてるから、飯にしようぜ。あ、ビール今日いるか?」
「え、うん、いる、かな。ごめんね。すぐ戻るから!」
「慌てんなって」
その日はたまたま早く上がれたけど、僕はやっぱり残業続きの方が多かった。
家に帰るのは十一時頃で、そうすると雄一はもうくつろいでいて、いつも僕の分の食事がすっかり用意され、食べている僕を雄一は眺めていて、話をしてくれるのだった。
それに、食後に僕がソファでぐったりとしていると、雄一は洗濯物を畳んでくれていたり、いつの間にかトイレの掃除をしてくれていたりするのだ。
「ごめんね、いつも頼っちゃって…」
僕がそう言うと、彼は「いいから。気にすんなよ、そんなこと。できる奴がやればいいんだし」と、僕の頭を撫でてくれる。
“ああ、こんなに迷惑ばかり掛けてちゃダメだ。僕もしっかりしなくちゃ!”
とは言っても、仕事が終わるのはいつも夜の十時は回るし、翌朝は八時には家を出ないといけない。実際に僕には、時間がなかった。
でも、雄一は毎日家事をしたり、僕をよくぎゅっと抱き締めて「おつかれ」と言ってくれる。そんな日々が過ぎていった。
雄一に甘えてしまっているのが、ちょっと怖くて、とても安心した。
“でも、こんなことで、いいのかな…”
僕がそう気にしていた頃、僕の会社に、中途採用である人が入社した。
「鈴木悟です。よろしくお願いします」
彼は過去に事務作業の経験があったので、僕たちが教えることも最低限で済んだし、素直で明るい、いい人だと思った。
僕も鈴木君とはよく話をしたし、ちょっと背の低い僕が、棚の上の段ボールが取れないでいると、ひょいと手伝ってもくれた。
「ありがとう、鈴木さん」
「いえいえ。それにしても、相田さんって、ちっちゃくて可愛いですね」
不意にそんなことを言われたけど、僕はちょっと拗ねる振りを作った。
「やめて下さいよ、一応気にしてるんですから」
僕がその時仏頂面を意識してみたのは、ほんの冗談だったし、彼もそれに笑ってくれた。
「すみません」
でも、そこから数ヶ月すると、彼の様子が少し変わってきた。その頃にちゃんと気づいていれば、あんなことにはならなかったかもしれない。
「相田さん…僕ね、あなたに軽蔑されたくないけど、言わなくちゃいけないことがあるんです。お食事でもどうですか?」
ある日、事務室に誰も居なくなったタイミングを見計らったように、鈴木君が急にそう言った。僕は、彼の酷く思い詰めた様子に、一も二もなく承諾したのだ。
Continue.
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