8話「君の友だち」





「あの、さ…雄一…」


「んー?」


彼はまた、スマートフォンを覗き込んで、何かの文章を打っている。「ちょっと友だちからメッセージ来た」らしい。


“あの子かな…”


僕は、まだ傷つく必要なんかないのに、不安になっていた。


“でもちゃんと、雄一を疑ってないって事は、言わなきゃ”


そう。僕が勝手に、不安に思ってるだけだし。


雄一の部屋のリビングには、明るいホームドラマの動画が流れている。


目の前のローテーブルには、彼が最近好きで飲んでいるという、カフェラテと、僕が選んだコーヒー牛乳があった。


冷蔵庫から出してきたそれらは汗をかいていて、ぽたりぽたりと水滴を集めながら落ちていく。


「あの、この間、僕…見ちゃって…」


「何を?」


雄一はスマートフォンから顔を上げて、僕を見た。少し怪訝そうにこちらを見ている様子は、何らかの警戒を思わせる。それで、ちょっと不安になった。


「えっと…ごめんね、見るつもりはなかったんだけど…」


“そう、ちゃんと最初に謝ってから…”


「な、なんだよ」


明らかに狼狽え始め、話をしようとはしているけど、ちょっと身を引いている雄一。


「女の子と…メッセージ、してるよね…」


“僕、何を言ってるんだろう”


その時、素直にそう思った。


そりゃ、雄一だって、友だちが女の子なら、その子とだってメッセージのやり取りくらいするだろうし、そんなの当たり前の事だ。なのに、それくらいで関係を疑るなんて、僕、何してるんだろう。


僕はそう思って俯いていたけど、雄一は「ただの友だちだよ」と笑い飛ばしてくれるんだろうと思って、顔を上げる。


でも、彼はなんと、額に手を当て、悔しそうに顔を歪めていた。まるで、「バレた」と言わんばかりに。


でも、僕はそこで少し、「変だな」と思った。


もし浮気がバレたりしたら、まずは平静を装って、相手に気取られないようにするもんなんじゃないだろうか。こんなにあからさまに、悔しがったりしないんじゃ?


雄一は、だーっと息を吐き、言葉に迷うように、横を向いて考えているようだった。僕はもうそこまで疑ってはいなかったけど、でも答えは分からないままだ。


やがて彼は、そのまま僕を見ず、スマートフォンの画面をいきなり僕に向ける。


「えっ…?」


僕が“見ていいものなのか”と迷い始める前に、その画面は、この間の女の子とのメッセージ画面だと分かった。


アイコンの可愛らしい女性の写真は変わらず。それから、この間は画面の端しか見えてなかったから分からなかったけど、なんと、メッセージ画面の背景に設定されたのは、僕の写真だ。


“どういうこと?”


あまりにちぐはぐな取り合わせで、僕はびっくりした。でも、雄一はスマートフォンを一度振って僕に突きつけ、「読んでみろよ」と言った。相変わらず脇を見たまま。


「え、いいの…?」


「いーから!」


言われるがままにメッセージを読んでみると、そこにはこうあった。



“菅家優子:それで?今度はなに?”


菅家優子、さん…ていう人なんだ…。


“古月雄一:あのさ、聞きにくいんだけど誘う時の雰囲気作りってどうすんの?”


“まあ、まずは灯りちょっと落として、テレビは消すよね”


“ふーん”


“あとは、ちゃんと「好き」って伝わること言われたほうがこっちも乗りやすいかな”


“どういう言葉?”


“どういう言葉でもいいけど、ベクトルが「好き」の方がいい”


“それじゃわかんねえ”


“バカかアンタは”



メッセージはそこで途切れている。


僕は、読んでいく内に、もちろんこれが「僕との関係のための相談」だと分かった。それに、相手の女の子に聞いている内容に恥ずかしくなったし、そんな事も知らずに疑ってた自分が馬鹿みたいだなとも思った。


最終的には、どうしたらいいか分からなくなってしまって、僕は雄一の方を向いたまま、ソファの上で膝を抱え、膝に顔を埋めていた。だって僕、今多分、すごく顔が赤いだろうし。


「おい」


頭上から雄一の声が降ってくるので、仕方なく、膝を抱える腕から、目だけを出す。


僕の顔を見て、彼は安心したように笑ってくれた。


「わかったか?」


「ん…疑って、ごめん…」


雄一もほっとしたみたいで、カフェラテを手に取ってひと口吸い、ソファに背中を投げ出した。それから、こんな風に喋り出す。


「俺さ、あんまり気の遣い方とか、知らねえの。考えてみてもよくわかんねえことあるし、優子にはよく相談乗ってもらってる」


「そっか…」


“僕も、谷口さんに相談に乗ってもらったし…”


「で?」


雄一はちょっと小首を傾げて僕を見る。それから、テレビを消して、リモコンで照明を少し落とした。


彼は僕に近寄り、ソファに手をついて優しく押し倒す。ドキドキはしたけど、ちょっとおかしかった。


言われたままのことを、僕にも見せておきながら、やってしまう彼。なるほど、気の遣い方はわかってないかも?


「これで、いいんかな?」


でも、そういった目がちょっと不安そうで、可愛かったから、こう言うだけにしておいた。


「いいと思います」





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