【後編】何も見えない、だから見える

 とても素敵なお話しに出会った。壮大な宇宙そらをテーマにしたその話は、元々そういうのに興味が無かった私でも、浮かんでくる光景に惹きつけられた。空想の中に浮かぶその景色は私だけの宝物。……だけどその日の夜。その光景は一瞬で上書きされる。


 大人になった今でも私は、夜に外に出るときには必ず空を見上げてしまう。それは、この日の光景が目に焼き付いて離れないからだ。


 ******


「「「ごちそーさまでしたー!」」」

「はい。お粗末さまでした」

 私、従兄、従兄のおねえちゃん。3人揃って夕飯を食べ終えて、ごちそうさまの挨拶をする。おばあちゃんは決まって『お粗末さまでした』と言うのが、この家のルール。

「この後、どうする?」

 従兄がこうやって聞いてくるのもいつも通り。

「んー……」

「あれ? いつもみたいにゲームするんじゃないの?」

 いつもなら食い気味に『ゲームの対戦しよ!』ということが多い私の返答が違ったので、従兄のおねえちゃんは不思議に思ったようだった。そこで従兄が夕方のさくらの散歩の時の話をする。

「散歩の時、こっちで星空とか見たこと無い、って話になってさ」

「え、そうだったっけか?」

「うん。夜家出る時って、花火やる時とかお祭り行くときだもん。あんまり空見てなくて」

「なるほどねー」


『でも、ゲームもしたい……』と悩む私に、『じゃ、外出て星みながらゲームやればいいじゃん』と言った従兄のおねえちゃん。……流石、姉弟だな、なんて思ったのはナイショだ。


「そしたら、私の寝袋貸してあげよう」

「あ、オレも自分のやつ出すよ」

 言うが早いか、2人そろって子ども部屋に駆け込んでいく。後ろからその様子を見ていたおばあちゃんが、『外は暗いから気を付けるんだよー』と声をかけてくる。2人はもうとうに部屋に入ってしまっていたから、私1人が『うん。わかったー』と返事を返す。そうして、自分も一度、自分の荷物の置いてある客間へと移動した。自分のゲームを持ち出すためだ。


「これと、あとくまも。一緒に行こ」

 ゲームを手に取ったついでに、夜寝る時の相棒のくまも手に持った。客間を出て居間へ行く。少しだけぼーっと待っていたら、2人も居間へ入ってきた。

「ごめんごめん、寝袋どこにしまったかわかんなくなっちゃって、探してたわ」

「姉貴、全然片づけないもんな」

「は?」

「ナンデモナイデス」


 3人揃ったところで玄関へと移動する。従兄のおねえちゃんは、さっさとつっかけのサンダルを履いて懐中電灯と寝袋、ゲームを持って外に出て行った。続くようにして従兄もビーチサンダルに足を入れると、寝袋と星座早見盤、そしてもちろんゲームも持って外に出ていく。私は、というと、履いてきているスニーカーしかないから、ちょっとだけ履くのにてこずって、ゲームとくまを持って、慌てて従兄たちの後を追った。


「走らなくて大丈夫よー。暗くて危ないから気を付けて」

 先に外に出てしまっていた従兄のおねえちゃんが声をかけてくれる。確かに、居間の窓からカーテン越しに少しだけ漏れている明かり以外、正直何も手掛かりがない。従兄たちは当たり前のようにしているけれど、私はなかなか目が慣れなかった。

「ほい。懐中電灯点けるよ」

 そう言いながら、カチッ、と懐中電灯を点けるおねえちゃん。そうして家の前の敷地の中央辺りまで移動すると、そこに寝袋を広げる。

「ほいっ。ほれ、あんたもここに敷いて」

 それを聞いた従兄も『ほいっ』と言いながら寝袋を敷く。そうして3人でその上に座って、懐中電灯の明かりを消した。


 家の目と鼻の先。なのに漏れ出ている明かりがどこか遠くに感じて、いつも遊んでいる景色とは全く違う物に見える。花壇の方へ視線を向けても、昼間は色鮮やかな花壇が、今は真っ黒な影しか見えない。ギリギリわかるのは、地上にあるものの影、それと空の色が違う事くらい。

「まっくら……、なんもみえなーい!」

 普段の生活でこんなに真っ暗になる体験はなかなかしたことが無かった。どんなに家の電気を消したところで、街頭やコンビニ、他の家から漏れ出る明かりの数々で、私の地元はなかなか『真っ暗』にはならない。だから本当に新鮮で、怖さよりも感動を覚えた。


 隣にいるはずの従兄たちの影もギリギリ見えるか見えないか。座った時、膝に抱えたくまの姿もちゃんとは見えなくて、こんな世界があるのか!なんて驚いていたら、横で従兄の声がした。

「ね、上。見てみなよ」

 その声に従って、何気なく夜空を見上げた。すると、そこには。


「……うっわー……!!」

 少し前、学校の行事で行ったプラネタリウム。その時に見た星空がキレイで、すごく印象に残っていて。だから今日読んだ、とても素敵なお話しの壮大な宇宙そらも、それが基準で脳内再生されていて、空想の中に浮かぶその景色は私だけの宝物だと思っていたけれど。


 目の前に広がっていたのは、どこまでも高く暗い空一面に、キラキラ輝く大小の星々。


 青白く光る星々は空のいたるところで輝いていて、ずっと眺めているとなんだか吸い込まれていくような錯覚を起こす。どの星が何の星座かなんてわかるはずもない。だって目の前の空は、星座早見表なんて比にならないくらいの星で埋め尽くされていたから。


「おー、天の川見えるじゃん」

 従兄のおねえちゃんがそう言った。

「え、どこ!?」

 私が聞くとおねえちゃんの声が続く。

「星がスジみたいになってるとこ、わからない?」

「えー? どれー?」

「んー、あの辺なんだけどなぁ……」


 結局私には、天の川はわからなかったけど、その後も飽きず、ずーっと星空を眺めていた。前に学校の行事でプラネタリウムに行ったとき、『街の明かりが消えると、夜空にはこんなに星がたくさん見えるのです』って言っていたことを思い出した。あれは、本当だったんだ。


「……そろそろゲームしない?」

「……私、もう少し見てるからいい」

「おっけー、じゃ、私とタイマンで勝負ね」

「え、姉貴と2人かよ……。絶対負けるじゃん……」

「なに、じゃ、やらなくていいの」

「ゴメンナサイ、ヤリタイデス」

「ったく……」


 横で従兄たちが一足先にゲームを始める。夜空に少し不釣り合いな電子音、加えて従兄たちの話声。その音をどこか遠くに感じながら、私は膝に抱えたくまにだけ聞こえるように小さく囁いた。



 ――プラネタリウムもきれいだけど、ホンモノはもっとすごいんだね

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