【前編】一番星に、出会う前

 とても素敵なお話しを読んだ。始まりの3行で心を掴まれてしまったその話は、真っ黒な空一面に輝く大小様々に散りばめられた、壮大な星空をテーマとしたお話しだった。元々宇宙とかに興味は無かったけれど、そのお話は大好きなファンタジーの要素も満載で、空想の中に浮かぶその景色は私だけの宝物だった。


 ――……だけどその夏、私のその空想の景色は、あっさりと塗り替えられる


 ******


 今日も窓から見える外の景色は相変わらず。遠く高く澄み渡る青い空に大きな白い入道雲、ダメ押しとばかりに黄色く輝くヒマワリの黄色。遊ぶにはうってつけの夏休み日和。


 ……とはいえ、遊んでばかりだと溜まっていく一方の宿題に、『流石に手を付けないとやばいんじゃないか』という私の訴えがようやく従兄に届いた結果、今日の午後は従兄と二人、居間で夏休みのドリルを進めることになった(何度も言うけど私は別に、宿題はしっかりと計画通り終わる。従兄がどうしたって終わらないんだ)。


 今日はおばあちゃんが少し遠くの畑仕事に行くと言って、帰りに農協に顔を出すから遅くなると言っていた。従兄のお姉ちゃんは今日も部活。私のお母さんと弟は畑仕事に行くおばあちゃんにくっついて行った。……つまるところ、この家に今いるのは私と従兄の二人だけ(だから午前中、従兄はゲームし放題だった)。


 今日みたいな大人のいない日は、簡単なお昼ご飯を自分たちでササッと作って食べるのがお決まりで、最近のブームはキンキンに冷えたお水で作るお茶漬けだ。暑い中食べる、ひんやりとしたお茶漬けはとても美味しくて、向こうに帰ってからも一人でやろうかな、なんて秘かに考えていたりする。


 キッチンのテーブルで二人並んでそれを食べ、流しにお茶碗を突っ込んでから居間へと移動し、宿題のドリルに手をつける。私は見開きのページのはじまりから順番に解いていくタイプだけれど、従兄は自分の得意な単元から飛ばし飛ばしやっていくタイプ。だから二人で並んで解いていても、単元も違ければ教科も違う。


 集中してドリルに取り組んでいるけれど、やっぱりどうしたって話はしたくなる。だから問題を解きながら、そういえば、と従兄に聞いてみた。

「読書感想文、今年どうするか決めた?」

「ぜーんぜん」

「え、間に合うの?」

「わかんない。大丈夫だと思うけど」

 ……まったく。本当に毎年これを繰り返してるんだから、ある意味すごいとは思うけど。……でも絶対、マネしたくはない!!


「そっちは? 決めたの?」

「私? えっとね、今3冊くらい候補があって、その中から決めようと思ってる」

「……そんなに読むの……?」

「だって面白いじゃん!」

「……本、そんなに面白い……?」

 そんな会話をしつつ、それでも何とか手を止めずにドリルを進めていく。今日の目標、5ページ以上。そうすれば明日はサボったって大丈夫だから。


 カリカリ、とえんぴつが紙の上をすべる音。時折書き間違えて、消しゴムで線を消す音。『あ、間違えた』などの独り言。そうして赤鉛筆で丸付けをして、間違えたところは赤で書き直して……。

「おっけ! 終わった!!」

 そう私が言うと、従兄が集中力をとうに切らした声で言う。

「おれ、まだー……」

 そう言いながら従兄が開いているページは、始めたところから全然進んでいなかった。

「え、全然進んでないじゃん」

「……待って、もう少し頑張る」

「仕方ないなー……」

 そう言って私は、一度自分が泊っている客間に行って、持ってきている荷物の中から本を取って居間へと戻る。こちらに遊びに来る時に、『移動時間が長いから』と旅のお供に本を買ってもらうのが夏休みの楽しみの一つ。選ぶ本は感想文候補としても考えているから、そろそろ読んでおこうかな。


 従兄が『終わんないー……』と嘆きながらドリルに向かっている横で、私は本のページをめくる。目に入ってきた最初の3行。その本はたったその3行だけで一気に私を物語の世界へと引き込んだ。


 目で追うのは活字の羅列。だけど頭の中に広がるのは、壮大な黒く広い世界に無数に広がる煌めきを放つ星々の姿。そんな宇宙を舞台に生き生きと活躍する登場人物たち。一度読み始めたら最後、ページを捲る手が止まらない。

「――……ぃ」

 何か聞こえた気がした、けど。頭の中のスクリーンはずっとその物語を上映し続けている。私は一度こうなると、なかなか自分では現実の世界に戻ってこられなくなる。最後まで読み終えるか、あるいは――

「ぉーぃ……、おーい!!」

「ん? なに?」

「『なに?』じゃないよ……。ドリル。終わったよー」

「あ、ごめん!」

 こうやって外から強めに引き戻されないと、自分の世界から戻ることが出来ないんだ。


「めっちゃ集中してたね……。その本、そんなに面白かったの?」

 従兄が首をかしげながら聞いてくる。その問いかけに、今の今まで目の前に広がっていた物語を反駁はんばくして、『面白い!』と即答した。

「いろんな星座とか、惑星が出てくるんだけどさー……」


 ******


 無時宿題も終わって午後もひとしきり遊んだ後、夕方にはさくらの散歩に出た。そこで従兄が遠くに一番星を見つけて、それを見た私はお昼に読んでいた本を思い出して、ふと思った。


「そう言えば、星。私、こっちでちゃんと見たこと無いかも」

「え、じゃあ、今日見てみる?」

「んー、どうしよう。ゲームもしたい」

「ははっ。じゃ、どっちもやろうよ」



 ――……その日の夜。さくらの散歩のときに話した通り、欲張ってどちらも、とゲーム片手に外に出て見た夜空がとてもキレイで印象的で。以来私は、夜に外に出るときには必ず空を見上げる癖が付いたのは、また別のお話し、だったりする。


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