夏の匂い

CHOPI

宿題って、進まない

 遠くで“チリーン”という涼しげな音が聞こえてくる。

 ……あぁ、風鈴の音か。

 その音が、いつかの夏を思い出させる。



「ほら、宿題は? 今日の分は終わったんかい?」

 淡々と宿題を済ませる私の横では、同い年の従兄が真面目な顔をしてゲームに集中している。そんな従兄のおばあちゃんに対する返事は『あとでー』と心ここにあらずだった。そんな私たちの様子を、ため息をつきつつ見ていたおばあちゃんは『また後で聞きに来るからねぇ』と言い、私たち二人を居間に残して台所の方へと行ってしまった。恐らくお昼ご飯の準備をするか、畑弄りへ行くかのどっちかだろう。


「……よし。今日の分は私終わり」

「おつかれー」

 従兄の方に視線をやると、問題の従兄の視線は相変わらずゲーム画面しか映していない。

「やらないの?宿題」

「んー、あとでやるよー」

 この従兄の『後でやる』は信用ならないところがある。こと、宿題に至っては特に。たぶんだけど午後になれば従兄のおねえちゃんも含めて三人で、今度は外で遊ぶはずだ。だって毎回この従兄姉弟は私が遊びに来ると『光合成のお時間です!』って言って外に飛び出していくのだ。で、毎日そんな遊び方をするから、夏休みが終わる頃には日焼けしているのが当たり前だったりする。


「一言日記、書いてる?」

「あ、書いてない。天気だけ書かせてー」

「……いいけど。私こっち来たの、24日だからね。それ前は天気違うから」

「だいじょーぶ、そもそもその日からだから、夏休み」

 毎年懲りないなぁ、なんて呆れてしまう。こっちの夏休みは気候的な問題なのか、私の地元の夏休みに比べると遅く始まって早く終わる。だから一言日記の天気は私のを参考にすればごまかせる、と言われたのはいつの頃だっただろう。


「あー……ゲーム飽きたー……」

 そう言って従兄がようやくゲームから手を放す。私は親から『ゲームは一日一時間まで』と決められているのを律義に守っているから、朝から三時間だの四時間だのゲームをしている従兄に対して少し羨ましさを覚える。……でも、宿題進捗だけは羨ましくない。いつも最終日に大騒ぎしていることは、私が地元へ帰った後電話でおばあちゃんが報告してくるから知っていたりする。


「そろそろ宿題、やっちゃえば?」

「その前にアイスー」

「……私も食べる」

 まだやる気が出ないんだろう。一日一つまで、と決められているアイスを食べると言い出して、それを聞いた私も少し休憩しようかなと思った。二人で居間から台所に行くとおばあちゃんの姿は無かった。この時間だし、畑かな、と思う。

「スイカバーだ、食べよ」

「私、サクレにする」

 ガサゴソ、冷凍庫を漁って二人でアイスを選んで居間に戻る。従兄のおねえちゃんは今年から中学生になった。だから入部したテニス部の練習があるからと朝出て行って、まだ部活から帰ってこない。


 アイスを食べながら、居間にある大きな窓から外を眺める。おばあちゃんが趣味でやっている畑は、野菜はもちろんだけど、色とりどりの花も咲いていて、この時期はとても賑やかだ。中でも私のお気に入りは背の高い大きなヒマワリで、その花をここで見るたびに『夏休みだー!』って気持ちになる。


 時計をちらっと見上げると、お昼までもう少し、といった微妙な時間。地元にいるときってもっと時間の流れが速いと思うのに、こっちは不思議と穏やかな時間の流れに感じられる。午後はもしかしたら従兄たちが宿題を終わらすまでヒマかもしれない。読書課題と感想文のために、その時間は本を読むのもありかもしれない、なんて思う。


「今日の夜は花火やろう」

 アイスを食べながら従兄が話を振ってくる。その言葉に数日前、おばあちゃんと従兄と買い物に行ったとき、少し大きめの花火パックを買ってもらったことを思い出した。確か今回のは手持ちだけじゃなく、吹き出し花火とか打ち上げ花火も入ったちょっと豪華なやつだった。

「あ、うん。やりたい。スイカの種虫、いっぱい来るかな」

「来るだろうねー。また燃やす?」

 だいぶ物騒な話をしている自覚はあるけど、夏の夜、光に集まってくる虫はあまり得意にはなれない。手持ち花火で近くに寄ってくる虫を殺すのが鉄板だったり。


「でも、花火やるなら宿題やっとかないと。怒られちゃうんじゃない」

「確かにー……三ページだけでもやるかぁ……」

 従兄はそう言ってそそくさとアイスを食べきった。『やりたくねぇー……』なんてぼやきつつ、ようやくドリルを開いて鉛筆を走らせ始める。私はその邪魔をしないように、食べ終わったアイスのごみを二人分まとめてゴミ箱に入れると、一度寝室へ戻って本を持ち、居間に戻ってきて従兄の横で本を読み始める。私もゲームがしたかったけど、ようやく宿題スイッチが入った従兄の横でやるのは酷なので、仕方が無いから付き合ってあげよう、そんな感じ。


 文章を目で追っている途中、何気なくまた窓の外へと目をやった。畑の奥、杉林の上の方に大きな入道雲があった。地元へ帰るまで、まだまだ日数はある。


 私の夏休みは、始まったばかりだ。

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