暑くても、もふもふは正義
「あ゛つ゛ー……」
窓の外を見れば容赦なく日差しが照り付けている、真夏の昼下がり。居間に一緒に居る同い年の従兄は、暑さでへばっていた。彼がいつも息をするようにやっているゲームは、既に午前中にあまりにもやりすぎていたことと、今は従妹の私が遊びに来ているんだから、という理由から、おばあちゃんに先ほど取り上げられていた。
従兄がへばっているその横で、どちらかというと比較的暑さに強い私は『まぁ、夏なんてこんなものでしょ』と思いながら、干からびかけている従兄をぼーっと見ていた。……強制的にゲームできないんだし、こういう時に宿題を少しでも進めておけばいいのに、なんて思いながら(ちなみに私は今日の分の宿題はもう終わっている。ちゃんとペース配分を考えないと後半、従兄の宿題に付き合えなくなるのだ)。
どんなに『暑い』と喚いたところで、この家の周りにあるのは畑や田んぼばかり。どちらかというと山岳地帯に近いここは、近所に子どもの足で行けるプールなんてものは、残念ながら無い。唯一、子どもだけで行ける距離圏内にあるのはこの家の裏にある、従兄たちが通っている小学校のプールくらいだ。学校のプールは夏休み中、解放されているものの、それは通っている児童に対しての解放だ。だから地元の違う、よそ者の私はそこには行けない。前に一度『私の事は良いから行ってきなよ』って従兄に言ったら、『オレ、そこまで泳げないから行ってもあんまり楽しくない』と言われた。
従兄が干からびて全然動かないので、一人時間を持て余した私は一言、従兄に声をかけた。
「ちょっと、さくら、撫でまわしに行ってくるー」
「……さくらもへばってると思うよー……」
“さくら”は従兄たちが飼っている雑種犬だ。見た目的には柴犬にかなり近い。私の自宅は賃貸マンションなので、どんなに駄々をこねようが犬なんて絶対に飼えない。だからさくらと遊べるこの時期は、実は結構楽しみで仕方がなかったりする。
「さーくーらー」
表に出て、かつて牛を飼育していた名残の牛舎小屋の方へと向かう。その手前に屋根が付いている広いスペース(夜はおじちゃんとおばちゃんの車、あとは田植えのトラクターなんかが置いてある。日中はおじちゃんもおばちゃんも仕事でいないから、かなり広いスペースが空いているのだ)の柱に、さくらの鎖は繋がれている。この暑さでへばっている、という従兄の勘は当たっていた。それでも人懐こい性格のさくらは、名前を呼びながら近づけば、ゆるゆると撫でられに来てくれる。
「……さくら。これは暑すぎると思うよ……」
撫でられにこちらへと来た、へばりかけのさくらの身体には、生え変わり途中の冬毛がたくさん残っていた。餌のトレーを見ればとっくに水が乾いていたので、そこに水を足してやる。さくらが必死に水を飲んでいる間、さくらの邪魔をしないように隣にしゃがみ込んで、さくらの身体を撫でまわす。
「……今年も結構、抜けますねぇ……」
そう。毎年さくらはこの時期、必ずといって良いほど冬毛が残っている。そしてその毛はうまく引っ張るとスルッと気持ちよく、ちょっとずつの塊で抜ける。
「……」
……そして、私の悪い癖が発動する。いい方向に働けば問題は無いが、こういう時に発動されてしまう“集中力”ほど、よろしくないものは無いと思う。
「おーい……って、わぁ!! 毛!!!」
体感時間ではあっという間だったけど、実際どのくらい経っていたのだろう。従兄のその声に我に返った私は周りを見て“やっべ……!”と焦る。もうそこら中、さくらの毛玉が地面や宙を舞っている状態だった。
「やばい!! 片付けないとおばあちゃんに怒られるー!!」
そう言って焦って片付け始める私と、それを見てなんだかんだ手伝ってくれる従兄。二人で何とかばれない程度には毛を回収して、おばあちゃんが抜いた雑草をまとめている大きなゴミ袋にバレないようにこっそり捨てた。
「ごめん、ごめん。集中しすぎちゃった」
私が謝ると、従兄は『でも、さくら的には涼しくなったと思うし、いいんじゃない?』と笑っていた。
「おばあちゃんが『暑いだろうから、二人ともちゃんと麦茶飲みなさいよー』ってさ」
その言葉に、ようやく自分が、かなり喉が渇いていることに気が付いた。
……でも、あと、もうちょっとだけ。
「……もう少しだけ撫でたら、飲みに行く」
こういう時に変な頑固さのある私は、大人からすると扱いにくいところがあるんだと思う。水分補給一つにしても、声をかけたところで素直に「はい」と一言言って飲みに行けばいいものの、いつも『まだいい』だの『あとちょっと』だの。だけど同い年の従兄はそれを知ってか知らずか、ただ私に付き合ってくれるから。
「じゃ、オレも。もう少し、さくらと戯れてから飲みに行こ」
そうしてまた二人。時間を忘れて水分補給をしないから、おばあちゃんに怒られて。
――だけど全然反省しない、悪ガキ二人。
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