【後編】負けず嫌いも、ほどほどに

 目の前には緑の山。隣に座る従兄は、余裕綽々の笑顔で私に言う。

「……オレ、負ける気しないよ?」

 ふんっ、その威勢のよさ、根こそぎへし折ってやるんだから。

「いいよ、本気で勝負ね?」

「はいはい、そしたら二人とも、準備は良い? 」

 挑発をし合っている小学生二人に対して、“また始まったよ……”と言いたげに、ため息交じりで取り仕切る従兄のおねえちゃん。

「よーい……スタート!!」


 ――後に従兄は大人になった際に、私の弟に語ったらしい。

『キミのおねえちゃん。マジで凄かったんだから』と。



 ******



 午前中いっぱいをお手伝いに費やした私と従兄は二人、遊ぶ内容を特に決めずにさくらの頭を撫でていた。

「午後、どーするー?」

「何しようねー」

 ほとんど条件反射のような、どちらともなく口をついて出る言葉。


 従兄がお昼ご飯後にゲームに直行しなかったのは、ほとんどキセキに近いと思う。それにいつもなら『宿題やっちゃいなさい』が口癖のおばあちゃんからも、今日ばかりはお手伝いをしたからか特段言われることは無かった。

「せっかくたくさん時間あるんだけどなー……」

「まぁ、そういう時に限って楽しいことってあんまり思いつかないんだよね……」

「あと大体、人足りない」

「たしかに」

 去年までは、従兄のおねえちゃんも常にここにいるのが当たり前で、だからもう少し遊びの幅もあったと思う。だけど今年はどうしたって二人の時間が長くて、小学生の頭では遊びの幅は、どう頑張っても狭かった。


「んー……、この辺散歩にでも行ってみる?」

 従兄が不意にそう言った。具体的な遊びの内容ではないことが珍しい、と思いつつ、やることも特段思いつかない私は乗ることにした。

「そしたらさぁ、あっちの方あんまり歩いたこと無いから行ってみたいかも」

 そうして二人して一度部屋に戻って帽子を取ってくると、特段目的地も定めずに家の敷地から外へと歩き出した。


「あれ、こっちってあんまり来たこと無かったっけ?」

「私はあんまりない」

「『回覧板持って行け』って言われると、たまに来るんだけどなー……」

「……かいらんばん、って、何?」

「なんか、回すやつ」

「ふーん……?」

 聞きなれない単語を耳にして頭に“?”を浮かべつつ、従兄と二人、杉林の中を歩いていく。まだまだ暑い時間帯だけど、杉林の中は夏の昼下がりにもかかわらず少しだけ薄暗くて、風が通ると少し涼しく感じられた。


「この先行くと『猫屋敷』なんだ。めっちゃ猫居るんだよ」

「へー! 初めて知った!」

 いつも遊んでいる庭から大したことのない距離ではあるけれど、初めて通る道は少しだけ怖くて、だけどとってもワクワクする。途中、少し大きい水たまりがあって落ちないようにドキドキしたり、雑草の生え方からして人の手が入っていないと分かる、絶対に歩くところでは無いところを通ったり。そうして歩きにくいところを、さらに奥へ奥へ進んでいくけれど、その冒険も一瞬にして終わり告げる。……あー、なるほど。この道につながるのか。


 開けた視界の先、見渡す限り青々とした田んぼが、それはそれはどこまでも見通せる気がするくらいに広がっていた。そしてその奥にはアニメの中でしか見ないような入道雲が、どーんっ!とそこにあった。

「なんか、夏、って感じ」

「わかる」

 語彙力なんて持ち合わせていない二人、それでも夏特有の景色に少しだけ意識をとられていた。少しだけ先に意識が戻った従兄が聞いてくる。

「次、どっち行く?」

「んー、遠回りしつつ、学校の方行くとかは?」

「いいよー」

 お手伝いの時にたくさんいたアマガエルの他にも、まだまだこの辺は虫も多くて、トンボや蝶々がそこかしこに飛んでいる。そんな光景を眺めながら二人でかなり遠回りをして(と言っても遮るものが本当にない。つまり一帯に広がる田んぼを見ながら轍を歩くだけ、だ)ぐるっと一周して家に戻ってきた。


 とはいえ、なんだかんだ、散歩で結構時間を使ったらしい。らしい、と言うのは、家に戻って二人して速攻『麦茶!』と言いながら駆け込んだ台所で、従兄のおねえちゃんがちょうどごはんを食べ始めるところだったからだ。

「あ、おかえりなさい!」

「あ、姉貴。おかえりー」

「うん、ただいま」

 ドタドタと駆け込んできた二人に対して、おばあちゃんは『お、ちょうどいいところで帰ってきたねぇ』と言って笑って、それから大きなザルに山盛りの枝豆を盛って食卓に置いた。

「はい。あんたたち、三人のおやつ分」

「えー! こんなにたくさんー! やったー!!」

 枝豆がもう、めちゃくちゃ大好きな私は、その量でもうテンションが上がる一方で。枝豆のザルが目の前に置かれている席にルンルンで着く。そんな私の様子を見て、横の席に座りながら従兄がニヤリ、と口角を上げた。

「……普通に食べても面白くないし、早食い競争、しない?」


「え、競争?」

「うん、競争」

 その言葉を聞いた私は一瞬にして『早ければ早いほど、好きなだけ枝豆が食べられる!』と思って、従兄の言葉を快諾した。……ちなみに従兄のおねえちゃんは『私やんない』と言って、自分が食べる分だけ枝豆をお皿に取り分けて、『あとは二人で食べちゃって』と言ってこっちにザルを戻してきた(曰く『そこまで好きじゃない』らしい)。

「……でも私、枝豆食べるの、めちゃくちゃ早いよ?」

 後追いのように口から出た言葉に関しては、従兄を煽るつもりは本当に無かった。ただ、私からしたら常々両親から言われていたことを言ったつもりだった。だけどその言葉が従兄を刺激したらしい。


 隣に座る従兄は、余裕綽々の笑顔で私に言った。

「……オレ、負ける気しないよ?」

 その笑顔にまんまと乗せられて、勝負事となると途端に顔を出す私の“負けず嫌い”の面。……ふんっ、その威勢のよさ、根こそぎへし折ってやるんだから。

「いいよ、本気で勝負ね?」

 挑発をし合っている小学生二人に対して、“始まったよ……”と言いたげに、ため息交じりで取り仕切る従兄のおねえちゃん。

「はいはい、そしたら二人とも、準備は良い?」

「いつでもおっけー!」

「私もー!」

 そして従兄のおねえちゃんが合図を出す。

「よーい……スタート!!」


 そこからはもう、怒涛の勢いで、二人で枝豆を食べていった。……ウソだ。従兄よりも恐らく1.3~1.5倍速で、私は枝豆を食べていた。

「え、めっちゃ早くない!?」

 従兄のおねえちゃんが思わず突っ込んでくる。一応、と言ってちゃんと空になっているか、枝豆の殻を確認していたけど『全部ちゃんと空だ……』と目がテンになっている。

「この間、テレビで見た。枝豆、早く食べるコツ」

 咀嚼して飲み込んで、合間合間で短く返す。もともと頬の内側にため込んで一気に食べるのが好きな私は、普段は行儀が悪いと怒られるから絶対にやらないけれど、ここぞとばかりに頬に枝豆を詰め込んでいく。その様子を見て『すご……。ハムスターみたい……』と従兄のおねえちゃんが小さく呟いたのが聞こえた。


 元々、枝豆が本当に好きな私は、だけど大体相手は大人だから早く食べないと無くなってしまう、と言うのが当たり前だった。しかも相手は基本、お酒を飲んでいる酔っ払いのお父さんだ、遠慮なんてしたら負けだ。そんな時、たまたま見ていたテレビでタレントさんが『枝豆の早食いが得意で!』と言って、凄い速さで食べるのを見た。こういう時の物覚えって、何故か無駄に良いものだ。気が付けば私もそのスタイルで枝豆を食べるようになっていて、『おまえ、父さんの分無くなっちゃうだろー!』と言って、お父さんと二人、枝豆の取り合いが日常茶飯事だった。


 従兄も決して食べるスピードが遅い方ではない。ただ、恐らく私のスピードが予想の範囲を超えていたんだろう。必死に食べていて、全然会話に入ってこなかった。そうして二人、目の前の緑の山を減らしていって、気が付けば山は完全に無くなっていた。

「はい、しゅーりょー……」

 従兄のおねえちゃんが一応、取り仕切ってくれる。だけど結果は、誰がどう見ても圧倒的な差をつけて私だった。横で従兄も『まじか……』という顔をしている。

「だから言ったじゃん、私、早いよって」

「……なんか悔しいから、何個差だったのか、数えたい」

 従兄の申し出で食べた枝豆の殻の個数を数えてみた。数え終わって口に出した数、私の方が従兄の倍以上と言う結果になったことで、この戦いは幕を閉じた。……のだけれど。



 この日以降、何年間にもわたって従兄たちの間では、私の枝豆を食べる驚異的な早さと、その圧倒的な個数がしばらく『伝説』として語られることになってしまった。

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