茜色の空、遠くに見える一番星

 茜色に染まった夕焼け空を見上げながら、一日を振り返りつつ、今夜は何をしようかな、なんて考える。歩きながら視界に映った、赤く染まった轍がどこかほんの少しだけ物悲しい空気感で、珍しくなんだかセンチメンタルになっていたところに、大量発生したカナブンの頭突きを食らったのも、今では良い思い出だ。



「じゃ、行ってきまーす」

「あ、待って!私も行くー!」

 遊び疲れて少し休憩をした後、暗くなる前にこの家のアイドル犬・さくらのお散歩をするのが、子どもらの仕事のひとつ。日が落ちてきて風が少しだけ涼しくなるこの時間帯のお散歩は、日中の殺人的な日差しと違って体力消耗が激しいことも無くて、ゆったりのんびりできる。


 周りを見渡して、人影が見当たらないことを良いことに、私も従兄もさくらのリードから手を放しっぱなし。さくらは大人しくて頭も良いので、後ろに飼い主が付いてきているかをちゃんと確認する子だし、名前を呼べば自分たちの元に必ず戻ってくるし。万が一他の家のワンコの散歩に遭遇しそうでも、遮るものが全くないこの辺りはかなり遠くでもお互いがわかるので、気が付いた時にリードをしっかり持っていれば喧嘩を起こすことも無い。

 

「今日のかくれんぼ、楽しかったー」

「……相変わらず隠れるのも見つけるのも、上手いよねー……」

「だけど私、足遅いから缶蹴りだと速攻負ける……」

「むしろオレ、そこで勝つしかないもん」

 従兄と二人、先に行くさくらを追いかけながら、先程まで白熱していた遊びを振り返る。おばあちゃんの家は、今は使われていない牛舎をはじめ、牛舎の二階(玉ねぎなどの野菜や、冬になると鮭なんかを吊るして干してある)、古いお風呂場(今は別にお風呂があるので、古い方には梅干を漬けている樽が置いてある)、おばあちゃんが使用する乗用車1台と軽トラが2台(おじさんとおばさんもそれぞれで車を持っているので、大人が家にいるときほど隠れる場所が増える)、さらには家の裏に蔵もあるので隠れる場所には困らない。だからというか、結構な頻度でかくれんぼや缶蹴りは、よくする遊びのひとつだ。


「夜、どうしようか?」

「あのゲームの通信、しようよ」

「いいよー」

 ごはん後にすることも擦り合わせつつ、のんびりと轍を歩く。たぶん従兄は夜ごはんを食べた後、おばあちゃんから『宿題を先にやりなさい』って、例の如く言われるんだろうけど。それならそれで、たまには先にゲームしながら待っていようかな。昨日貸してもらったゲーム、すっごく面白かったし。


「どうしようか、この先のコース」

「んー、犬めぐり、は?」

「りょーかーい」

 さくらの散歩コースは大まかに分けて三種類ある。近所を短めに回るコース、少し遠回りをするコース、そして通る道に飼い犬の多い犬めぐりコース。私と従兄が二人でさくらの散歩に行くときは、特に何かを決めているわけでは無いけれど、短めに回るコースはあまり行かずに、遠回りをするコースか犬めぐりコースを選ぶことが多い。今から行こうとしている犬めぐりコースは、犬が増える道に入る前にさくらのリードを掴む必要があるので、一度さくらをこちらに呼び戻す。


「おーい、さくらー!」

 従兄の声に反応して、その場で立ち止まってこちらを振り返るさくら。従兄がそのまましゃがみ込んで手招きをしながら『さくらー』ともう一度名前を呼べば、こちらに向かって戻ってくる。

「さくら、ほんといい子」

「でしょ」

 堪らずに戻ってきたさくらの頭を撫でまわせば、さくらの目が気持ちよさそうに細まった。従兄はその隙にさくらのリードを掴んでいる。

「ほい。じゃ、行きましょ」

「おっけー、行こー!」

 轍を抜けて、整備された道に出て。たまに聞こえる他の家の子たちの鳴き声に、さくらもまた、返事をするかのように小さく鳴く。その光景が、さくらたちが本当に会話をしているように感じられて、私は好きでこの散歩コースを選んでしまう。


「だいぶ薄暗くなってきたね」

「そうだね」

 そんなに時間をかけているつもりはないけれど、気が付けば辺りはだんだんと暗くなっていく。まだ目が慣れて歩けるうちは明るい、そう錯覚してしまうくらいには、この辺りは本当に外灯が無い。暗くなったら最後、懐中電灯が無いと出歩くのがかなり難しいほどだ。

「あ、星だー」

「え、どこ」

「あっち」

 従兄が指さした先を見てみると、空は茜色からだいぶ暗くなっていた。そこに明るく光る星を見つけて、今日も一日が終わっていくなーと思う。

「そう言えば、星。私、こっちでちゃんと見たこと無いかも」

「え、じゃあ、今日見てみる?」

「んー、どうしよう。ゲームもしたい」

「ははっ。じゃ、どっちもやろうよ」

 従兄が笑ってそう言うから、たまには欲張っても良いかなって。



 ――……その日の夜。さくらの散歩のときに話した通り、欲張ってどちらも、とゲーム片手に外に出て見た夜空がとてもキレイで印象的で。以来私は、夜に外に出るときには必ず空を見上げる癖が付いたのは、また別のお話し、だったりする。

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