魔法がかかる、トクベツな夜

 遠くから聞こえてくる、祭囃子の太鼓の音色。暗闇に浮かぶ、屋台の明かり。そして今夜だけ特別に……そう言って大人たちから渡される、いつもより多めのお小遣い。



 太陽がだいぶ傾いて、少しだけ吹く風が涼しくなる夕方の轍。従兄と二人、日課のひとつであるさくらの散歩をしながら、今晩はトクベツであることを確認する。

「今日だよね、隣町で花火大会があるのって」

「そうだよー」

 この辺りでは近い部類に入る、隣町の花火大会。小学校に上がる前から、なんだかんだ毎年連れて行ってもらっているものだ。


「花火の音で泣かないでよー?」

 従兄のその言葉に、少しだけムッとした。まだ小学校に上がる前のおぼろげな記憶。初めて連れて行ってもらった隣町の花火大会は、私の地元じゃありえない近さで打ち上げられているし、その音も大きさも地元の物とは比じゃなくて。弟が生まれる前の話だから、お母さんに必死で捕まって『こわいー!!』って大泣きした記憶がある。だけど、同い年の従兄に未だにそのことをからかわれるのは、あまりいい気分はしない。

「……いつの話よ、去年だって泣いてないし」

「ははっ、そーでした」

 ……そっちは今でも怖い話の後に一人でトイレに行けなくなるの、私知ってるんだからな。言ったら絶対喧嘩になるから黙ってるけど。


 散歩を終えて家に戻ると、おばあちゃんから『準備したら家出るからねぇ』と声をかけられた。夜ごはんは屋台の物を食べたいから、私と従兄、従兄のおねえちゃんは、今は無し。一度準備のために泊っている客間に行けば、お母さんと弟はご飯を食べ終えてお風呂の準備をしている最中だった。

「あ、お母さん。準備できたら花火大会、行ってくる」

「そっか、今日だったっけか。お小遣い、渡しておくね」

 そう言ってお母さんから本日の軍資金が手渡される。それをすぐに自分の財布にしまって、こっちにいる間はあまり使わないショルダーバッグに突っ込んだ。

「お母さんたちは行かないんだよね?」

「うん。まだきっと、大きな花火は怖くて泣いちゃうと思うからね」

 そりゃそうだよな、と思った。弟の年齢は、泣き叫んだあの頃の私よりもまだ下だ。

「お土産、買ってくるからねー!」

 うりゃうりゃー!って言いながら弟のひっぺたを両手で挟んでムニムニと揉めば、弟は楽しそうに声を上げて笑っていた。


「はい。おばあちゃんからも、お小遣い!」

 そう言っておばあちゃんからも軍資金をもらった私は、いつもじゃ絶対に持つことのない金額が財布に入っていてちょっとだけ無敵モードになっている。それぞれ準備が終わってから、おばあちゃんの車に乗り込んだ。おばあちゃんの運転で、従兄と従兄のおねえちゃんと私の三人は隣町の花火大会へと向かう。会場が近くなるほどに増えてくる車の数に比例してワクワクも増していく。

「着いたら何する?」

 従兄のおねえちゃんの問いに、食い気味で従兄が答える。

「今年も金魚すくい、勝負しよう」

 その言葉に去年の金魚すくいを思い出す。確か去年は私も従兄も上手くすくえなくて、おねえちゃんが一人、無双していたんだった。

「私は、宝石すくいもやりたいし、あと、弟にお土産も買う」

「そうだね、それもやろ」

 その会話を運転しながら聞いていたおばあちゃんは、孫たちに向かって『無駄遣いはしないようにね』と忘れずに釘を刺していた。


「あ!金魚すくい、発見!」

 従兄はそういうと真っ先にその屋台へと向かった。おばあちゃんと従兄のおねえちゃんと私、三人揃ってその後を追いかける。

「あんまり一人で先に行くと迷子になるからね!」

「……はーい……」

 おばあちゃんにお小言を言われて少しだけ拗ねた従兄は、それでもやっぱり目の前のワクワクには勝てないもので。

「1回やりまーす!」

「はいよ」

 お金とポイを交換して、小さな器を受け取って。狙うは小さな、赤い金魚。ポイを構えて、ゆっくり金魚に悟られないよう狙いを定めて。

「おりゃ!」

 掛け声とともにすくい上げると、今年はなんとか1匹。小さな器の中に泳いでいた。

「あ、すごーい!!」

 後ろから一連の流れを見ていた私は声を上げる。その横で同じように見ていた従兄のおねえちゃんも『お、やるじゃん』と言った。

「でも? 負けませんけど?」

 そう言っておねえちゃんもお金とポイを交換して、小さな器を受け取った。そしてあれよあれよと気が付けば4匹が器の中に泳いでいて。

「手加減なしかよ、姉貴……!」

「うわぁお、流石だ……」

「ふふ、見た? 華麗なポイ捌き」

 その横で、私も挑戦だけしたくなって、あまり得意ではないけれどお金とポイを交換した。小さな器を受け取って、狙うは最初からその一匹。凄くきれいな白色の金魚。

「えいっ!」

 ……狙った金魚はなんとかすくえて、小さな器の中に泳いでいた。


 一通り屋台を見て回ったところ、残念ながら今年は宝石すくいの屋台は無かった。そのことに少しだけ落ち込んだけど、代わりに縁日バルーンのお店を見つけて2回分、買うことにした。くじ引きで貰える大きさの変わるそれを引けば、残念ながらどちらも小さいサイズの賞だったけど、抱きつき型のウサギと弟用に剣型の物を貰う。

「あと、わたあめ買う」

 私はそう言って、わたあめ屋さんでヒーローのわたあめ袋に入ったわたあめを買う。これで自分の分のお土産も、弟の分もお土産もばっちり!


「焼きそばと、たこ焼きと、あとフランクフルト!」

 もう少しで花火の打ち上げが始まる。見る場所も無事に確保できたので、花火を見ながら食べるものの買い出しをしようと、従兄が花火を見ながら食べたいものを言っていく。おばあちゃんが呆れ顔で『そんなに食べれないでしょう』と言うけれど、恐らく従兄は聞かないと思う。っていうか、現に走り出しそうな格好でうずうずしている。

「じゃあ、一人一つずつ買って、みんなで分けよ」

 おねえちゃんが呆れ顔でそう言うけれど、従兄は『えー、オレ、あとかき氷とクレープも食べたい!』と言って、もうじゃあとりあえず今言ったやつ一個ずつ買って分けよう、ということになった。無事に買い出しも終わって、いよいよ花火も打ちあがり始める。


「次は、商店街の~……」

 花火のクレジットが読み上げられて、一つずつ大きな光の玉が空へと打ちあがっていく。“ドーンッ!!”と打ちあがるその大きさに、やっぱり最初は少しだけ怖くて、だけど地元では見られない光景にいつしか見入っている自分がいて。カラフルな色ではじけるもの、一色で大きく大きくはじけるもの、しだれ柳のように流れ落ちてくるもの、はじけた時の形がキャラクターを模したもの。いろいろなタイプのものがそれぞれ空を彩って、やがて音楽に合わせてのシンクロ打ち上げや、怒涛の連発打ち上げも終わって、最後の締めくくりはまるでカウントダウンをするかのように一つ、また一つと打ちあがっていって。

「――……以上を持ちまして、今年度花火大会は終了となります」

 そのアナウンスをもって、非日常の魔法もゆっくり解けていく。


 帰りの車中は、行きとは違い打って変わって静かだった。……従兄が寝落ちしたせいだ。

「ただいまー」

 家に着いて車の中で叩き起こされた従兄は若干不機嫌になりながら、先に寝室に戻っていった。きっと従兄はもう、あのまま寝る。で、明日、従兄のおねえちゃんに『風呂ぐらいは入れバカ。汚い!!』って言われるんだ。

 そんな従兄らを横目に、自分も先に荷物を置こうと客間に行けば、既に先に寝入っているお母さんと弟。その枕元にお土産を置いて、小さな声で『ただいま』と言う。

「いつになったら一緒に見に行けるかなー……」

 弟が一緒に行くことを、今はまだうまく想像できないけど。きっと、絶対楽しい事だけは間違いない。


 私はまだまだ花火の余韻を引きずって眠れそうになかったので、従兄のおねえちゃんにゲームの通信対戦を挑みに居間に戻っていった。

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