ノン・ブレーキは、台車も遊びも
どんなに昨日、全力で遊んだとして。どんなにその日一日の体力を使い切った、とはいえ。寝て起きれば全てまっさら、HPフル回復。
そして今日も走り出す。自分の電池が空っぽになるまで。
「ひーまーでーすーねー」
朝ごはんを食べ終えて始まる、恒例の『今日は何しようか会議』。従兄にしては珍しく、今日はゲームを触る前に私に話題を振ってきた。とはいえ私もすぐに思いつくほど、頭の中に遊びのアイデアをストックしているわけじゃない。んー、何しよう。
とりあえず居間での作戦会議。窓の外を眺めれば、本日も快晴、夏真っ盛り。元気よく伸びていくひまわりや、他の色とりどりの花々を眺めながら、どうしたものかと考える。ここまで晴れているのに室内で遊ぶのはつまらない。だから室内でやれることは除外するとして。……んー……。
そんな私の視界の隅に不意に入ってきた、おばあちゃんが家の近くの畑をいじる際によく使う『手押しの台車』。……あれは……遊べる……!
「ね、あの台車でさ、『ジェットコースターごっこ』しない?」
従兄が頭の上に『?』を浮かべていることが明白だったので、私は従兄の腕を引っ張って玄関へ行き、二人で靴を履いて表に出た。おばあちゃんは今日、遠い方の畑をいじりに軽トラで先ほど出かけたばかりなので、台車は午前中空いている。なので、その台車を私は引っ張り出して、従兄と二人、庭の畑の奥の緩い坂のテッペンに向かう。軽く土で汚れた部分を手で払うと従兄に言った。
「はい、ここ乗って。手、危ないから体育座りが良いと思う」
「え、これに?」
「そ」
おばあちゃんの家は、家の前にゆるく下る坂道になっている箇所がある。ありがたいことにその坂道はテッペン部分に当たる箇所からちょうど、砂利道からコンクリートへと鋪装され家の前へ伸びているため、お客さんが来る以外その坂道は遊び放題だ。まぁ、かなり緩い坂なので、自転車で降りようとそこまで勢いづく訳でもないんだけども。
しかしながら、私は経験上、知っていた。どんなに緩い坂でもある程度の体重と初速度の勢い、そして最も重要な『ノン・ブレーキ』。これらが揃うと、とてつもなく面白くなることを(同時にそれは危険を伴う。そのことも一応、知っていた)。
従兄もここまでくると何となくやることは察したんだろう、台車に大人しく座る。それを見て私は後ろからその台車をゆっくり前に押し出した。従兄を乗せた台車は、最初はゆっくりだったが、やがて勢いづいて家の前の広くなっているところに滑り落ちるころにはそこそこのスピードになる。
「どーおー?」
見ているこっちからしたら、もう少し強めに押し出したほうが面白いかもしれない。……なんて考えていると、従兄が台車から降りて『これ以外と怖いかもー!』と返してくる。
「途中止めらんないから、意外と怖い」
台車を引っ張りながら戻ってくる従兄。……ほぅ。なるほど……。
「そしたら座るより、立った方が面白いかな?」
「あ、キックボード形式ならもっとイケるかも」
「それだ!」
聞くや否や、『じゃ、次私!』と言って台車を従兄から借りる。砂利道とコンクリートの境目ギリギリのところに台車を先程、従兄が座った時とは逆向きの持ち手が自身の前に来るようにセットして。勢いよく蹴りだして、坂道を滑り出す。
勢いよく変わっていく景色。思いの外小さい車輪は、ダイレクトに台車に乗っている私に振動を伝えてくる。そして見ている時とは違い、直に感じるスピードに少しだけ感じる恐怖と、それを上回る楽しさ。ブレーキなんてあるわけがないからこそ、止まれない緊張感。そしてつけすぎた勢いのまま、坂道の最後の最後、ほんの少しだけあった段差に台車ごと躓いた。
「わぁっ!!」
投げ出される身体、少しの浮遊感。そして叩きつけられる感覚。
「……いってー……」
「大丈夫!?」
従兄が大慌てでこちらに走ってくる。打ち付けた膝からは少しだけ血が滲んでいたけれど、まぁ、言っちゃえばそれくらい。
「ん、全然大丈夫」
そう答えると従兄は少し安心したような顔をして、それから『危ないから止めとく?』と聞いてくる。
従兄は男の子だけどめちゃくちゃ優しい子だと、周りの大人たちはよく言う。だから遊びも男の子特有の無鉄砲さは持ち合わせているけれど、私が女の子だからか危ないことを無理強いするような子では無い(例えば従兄本人は、私たちがおばあちゃんの家に遊びに向かう日、到着時間を伝えると家の二階の窓から一階の屋根の上に出て、そこで私たちが来るのを待っていて、見えた瞬間両手を上げて『久しぶりー!』なんて叫んでいたりする)。
一方、普段は『大人しく良い子』と周りの大人たちに言われる私は、というと、それは『大人』の前だけで。同い年で、しかも肉親の『従兄』の前となれば年相応、あるいはそれ以上のワガママが顔を出す(加えて負けず嫌いの性格だから、誰かが出来るなら自分も出来る、と考える節もある)。さらに『遊び』となれば、女の子とはいえ割かし無鉄砲さを兼ね備えている私は、擦り傷どころじゃ止める理由になんてならないくらいには、活発な部類に入る。遊んで服を汚して帰るのは当たり前で、やりすぎると服やズボンが破けることもままあった。
こうなると私を止められるのは従兄だけ、という状況になるのだけれど、如何せん従兄は大人も言う通りとにかく『優しい』。そして私は擦り傷なんかじゃ『懲りない』わけで。
「……ねぇ」
私は従兄に向かって、より魅力的な提案をする。
「これさ」
――二人乗り、してみたくない?
……どうあがいても、従兄も所詮は『おとこのこ』である。危ない橋は、同時にとても魅力的に映るものだ。
「……二人乗り?」
「うん。今の乗り方で、一人が前にかがんで乗る。もう一人が後ろで立って乗る」
それを聞いた従兄の目が僅かに輝いた。ここにいるのは二人だけ。そこにストッパー、なんていなくなる。
「いいね、やってみよ!」
そうして二人、コンクリートの緩い坂を駆け上って、身長が少しだけ低い私が前、後ろに従兄で体制を構える。
「……行くよ」
「全力で蹴ってね!!」
「よっしゃ!!」
その言葉と共に走り出す視界。どんどん勢いづく台車。二回目でもやっぱり感じる少しの恐怖と、それを上回る高揚感。走る視界のスピードはさっきより早くて、ドキドキが止まらない。一回目の台車のスピードよりもだいぶ速いのだろう、従兄は『結構速い!』なんて言いつつケラケラ笑っている。
――ガタンッ!!
先ほど私が躓いた段差。やっぱりそこで同じように台車ごと躓いて、二人そろってコンクリートに叩きつけられる。運の悪いことにその様子をたまたま、私のお母さんに見つかってしまった。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄ってくるお母さんの腕には、私の小さい弟も抱えられていて。これから散歩にでも出かける所だったのかもしれない。
「いってー……」
従兄が呻きながら起き上がって、自分の身体を確認する。どうやら従兄は肘を擦りむいた様で、『あーあ、肘やっちゃった……』なんてボヤいている。私も同じく転んだ際についた砂などを叩きながら起き上がると、さっき擦りむいた膝の出血が酷くなっていた。
「あ、さっきと同じとこ擦っちゃった」
血が出ている箇所を『見てー、めっちゃ血出てる』なんて、ケラケラ笑いながら従兄に見せている私。そんな私の様子を見て『あんたは!全く!』と私のお母さんは弟を抱いたまま、私たち二人に玄関まで付いてくるように言って、家の奥から救急箱を出してくる。
「はい! もう大きいんだから、自分たちで消毒して、絆創膏貼って!」
“危ないから、あの台車で遊ぶの止めなさいよ!”というと、今度こそ弟の散歩のために家を出ていくお母さん。横の従兄は少しだけ気まずそうで、私は従兄に謝った。
「……ごめんね。私のせいで、なんか嫌な空気になっちゃった」
「……ううん、大丈夫」
そう言って従兄は私のお母さんのお小言の手前、『やっぱり、止めておけばよかったね』なんて、少し眉を下げて困ったように笑いながら言う。
「……えー。でも、楽しかったじゃん」
なんて、ぶーたれた文句を言う私は、まだまだ子ども。だけどその言葉に、従兄も小声で本音を返してくる。それは、例えどんなに『優しい』子でも、同い年の『おとこのこ』の言葉。
――うん。俺も楽しかった
結局、懲りずに二人。大人の目を盗んで、同じことしてまた怒られて。流石にしょげて二人、他に誰もいない従兄の寝室に移動して。横並びに座って、だけど伏せていた顔を上げてお互いの様子を伺い見れば、どちらからともなく口角が上がり初めて。
――……反省しても、後悔はしない
さて、次は何して、遊ぼうか?
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