イベントの無い、午前中
居間から見える太陽はまだ少し低めの位置にあって、これからどんどん高くなっていく。まだ比較的涼しいこの時間に、おばあちゃんは先ほど畑へと向かっていて、今日は私のお母さんと小さい弟も『おばあちゃんのお手伝い』という名目の土遊びをしに一緒に畑へ向かった。従兄のおねえちゃんは今日もテニス部の部活らしい。中学生って、大変だなって思った。
「今度は何育ててるの?」
「えー、ナイショ」
「……ふーん」
うつ伏せの体制でゴロゴロしながら、従兄は今朝からずっとゲームに勤しんでいる。私も横に並んでゲーム画面をのぞき込んでいたけれど、見ているだけのゲームはさっぱり面白くない。
今年発売されたばかりのゲームは、同年代の間でものすごく流行っていて、ゲーム好きの従兄も当たり前のように持っていた。私は、というとゲームはもちろん好きだけど、親がゲームには何故か厳しいことも手伝って、従兄ほどは熱中していない。そしてその新作ゲームも買ってもらってはいなかった。だからそれも手伝って、余計に面白くない。
……つまんな。私も畑について行けばよかった。
ゲームに集中している従兄はビックリするほど静かになる。どれくらい静かになるかというと、居間へ顔を覗かせたおばあちゃんが『あれ? あの子、どこ行ったの?』と私に尋ねてきて、私がおばあちゃんの死角になっている箇所を指で指すと『え!? そこにいるの!?』と言うくらいには静かになる。その後決まって『返事くらい自分でしなさい!』と呆れられるまでがセットだ。
ふぅ、とため息を一つついて私は立ち上がった。従兄は特段何も言わなかった。私はそのままゲームに熱中する従兄を居間に放っておいて、遊びに来ている間、寝室として貸してもらっている客間に戻った。
客間へ戻ると、自分がこちらへ来る時に持ってきた荷物をひっくり返す。少ないながら持ってきたゲーム。宿題のドリル、日記、プリント類。読書課題の本が五冊ほど。それから今年から始めた通信教材。……とりあえず宿題と通信教材、今日の分、やっちゃうか。
居間だと従兄がゲームをしているのが羨ましくなることが目に見えていたから、そのまま客間のテーブルを借りて宿題と通信教材を始める。勉強は別に嫌いじゃなかった。まぁ、かといって好きかと聞かれたら好きじゃないんだけど。暇つぶしにはなるから、そう思ってドリルを中心に解いていく。
――カリカリ、カリカリ
自分の文字を書く音だけが客間に響いている。程よく静かなその空間は、集中するにはもってこいの場所だ。だけど、その音もやがてピタッと止まる。……自分で言うのもなんだけど、集中力は割かしある方だとよく言われる。それも手伝ってか、問題集を『今日はここまで』と決めたラインまで解き進めるのは、あまり時間がかからない方だった。……つまるところ、今日の分はもう終わってしまった、のである。
……いや。マジでつまんな。
私がびっくりするくらい真面目に夏休みの計画通りに宿題が進むのは、毎年こういう時間がかなりあるからだったりする。というかむしろ、初日に立てた計画以上の速さで終わって、地元に帰ってからは本当にすることが無いのがむしろ困るのだ。だって夏休みの後半なんてみんな終わらない宿題に頭を抱えているから、遊びに誘ったとて断られる方が多い。そうして地元でも時間を持て余す私の遊び相手と言えば、小さい弟くらいだった。
終わった宿題や通信教材を片付けて、引きっぱなしの布団へと転がった。少しひんやりして気持ちのいいタオルケットにくるまって、一緒に居ないと眠れないから、と持ってきている小さめのくまのぬいぐるみを手元に引き寄せる。眠たい訳じゃないので、目はしっかりと見開かれたままだ。
持ってきた本を読んでも良いのだけれど、このペースで読み始めたら、恐らく今日の夕方には一冊読み終えてしまう。まだこちらにいる期間は長い。既に一冊読み終えていることを考えても、ドリルの進み具合的にまだ本には手を付けない方が良い気がしている。……絶対あとで従兄の宿題タイムが来るから。
従兄の宿題に合わせて一緒に宿題の類をしてあげる必要は、本当はきっと無いと思う。だけど毎年おばあちゃんは決まって私に『あの子と一緒に宿題やってあげてね』と言う。今年に限っては、おばちゃんにも言われた。どうやら去年の夏の終わりは、本当に大変だったらしい。だから今年は少しでも、というのが大人たちの意見なんだと思う。……でも大人の目を盗んですぐにゲームをする従兄は、正直絶対に懲りていない。っていうか、既にその大変さを忘れているんだろう。
……うーん……、つまんない!!
しびれを切らして布団から飛び起きる。一度台所に向かって、冷蔵庫から麦茶を拝借する。それから居間へ顔を覗かせると、従兄は私が客間へ向かった時の体制から何一つ変わらない体制でそのままゲームをしていた。その様子を見て、ダメだこりゃ、と思い、一人玄関へ向かう。靴を履いて牛舎の方へ向かった、さくらを撫でまわすためだ。
――ジャラ、ジャラ、ジャラ
私の足音を聞きつけたさくらが繋がれた鎖を引きずりながら、私の元にやってくる。餌のお皿を見るとまた水が空だったので、静かに水を足してやる。一生懸命水を飲んでいるさくらの邪魔をしないよう、その様子を眺めていると、しばらく一心不乱に飲んでやがて満足したのか、さくらが私の方にちょっかいを出してくる。
「さくらだけだー、私の相手してくれるの」
ぐりぐりと頭を撫でまわすと、気持ちよさそうに目を細めるさくら。もう、めちゃくちゃカワイイ。お手だけは覚えているから言わずとも片手を持ち上げてくるから、その手を掴んで肉球をぷにぷにする。
「あんれぇ? 二人で遊んでないの?」
後ろから声をかけられて、振り返るとおばあちゃんがいた。畑仕事から戻ってきたようで、その手にはたくさんの枝豆が抱えられている。今日のおやつは枝豆決定だ!と私は内心嬉しくなる。私のお母さんと小さい弟は、私に話しかけているおばあちゃんの後ろを通って先に家の中へと戻っていった。
「……今日はずーっとゲームしてるよ」
私がそう言うとおばあちゃんは“あぁ……”という顔をしていた。
「ほんとに、あの子は……」
そう言いながら家の中へ入っていく。少し経つと入れ替わりで今度はしおれた顔をした従兄がこっちにやってきた。
「またゲーム取られた……」
しょんぼり、そういう表現がぴったりな落ち込み具合で私の横に来てさくらを撫でまわす従兄。だけど今日に限っては同情できない。……当たり前だ、朝7時には既にゲームを始めていた。で、今もう12時過ぎだぞ。
「……午後は宿題。少しやったら?」
自分でも少しびっくりするくらい冷たい声が出た。でもたぶん、これくらい言わないと従兄は聞かない。
「……ん、そーする。天気、写していい?」
「……またぁ? いいけどさー……」
傷心モードの従兄を突き放せるほど、私は冷たい人間になれず、しばらくしょんぼりしている従兄と二人、さくらを無心に撫でまわしていた。
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