初舞台 「あと一ヶ月の恋」

 四谷に言われて演技を行う事になった大志は稽古衣装に着替えて舞台の上に立った。演劇座の練習ホールは200人程入れる映画館程度の大きさである。大志はテレビドラマには出ているが、舞台にも映画にも出演した事がなかった。初めて見る舞台からの客席にまだ観客が入っていないにも関わらず、生で自分の演技を見られる事を想像すると言いようも無い高揚感を覚えた。

「ドラマの撮影とは違うでしょ」

 四谷が舞台袖から台本を手にして現れ、興奮気味の大志に無表情で話しかけてきた。

「テレビから舞台に来る人は皆んな驚くんです。演劇は生で観客の評価を受ける事が出来る。そこに喜びを感じたらもう辞められなくなる」

 渡された台本は二ヶ月後に講演を控えた四谷演劇オリジナル脚本「あと一ヶ月の恋」この物語は第二次世界大戦末期の日本が舞台で、特攻隊に選ばれた1人の青年蒲田智也の特攻が決まって死を覚悟してから出会った女性との恋の物語である。

「君には蒲田の友達の和泉を演じてもらいます」

 大志はまさか急に役を渡されるとは思っておらず慌てて台本をめくり和泉のセリフを心で読み始めた。

 空軍に配属されている和泉と蒲田は尋常小学校以来の同級生で一番の親友だった。和泉には将来を約束した許嫁がおり、和泉も一緒になるのを楽しみにしていた。しかし、上官で独身の小林にその事を妬まれ、志願兵で構成されるはずの特攻隊に強制的に手を上げさせられる。和泉の幸せを願う蒲田は小林の執務室に乗り込み和泉の代わりに特攻隊員に志願する。自分の幸せの為に笑って死へと向かえる蒲田を嘆きながらも感謝すると言う役だった。


 台本を一通り読み終えた大志は重要な役にも関わらず内心ホッとした。自分が得意とする感情的な演技、オーバーアクションとも言われる演技が如何なく発揮できる役だった。

(これなら二ヶ月もあれば出来る。いやセリフを覚えてしまえば直ぐにでも出来る)

 テレビドラマでは台本が前日に来る事もある。それを考えれば出来上がっている台本に、自分に合った役で、事もなくデビュー出来ると安堵した。


 四谷組と言われる四谷脚本の物語に必ず出てくる俳優が脇を固め、主演には若手No.1の演技派と言われる佐田昌輝さだまさきが起用されていた。

しかし、練習をするのに佐田の姿がどこにもない。

初期配置に付き、佐田の到着を待っていると、

「今日は大志の演技を見る為に集まってもらったけど、昌輝はスケジュール合わなかったから、いる程でやってもらいます」

 ここにいる全員が初舞台の大志の為に集まったのだった。

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